65・不燃の王女
「ん~? まちがったかな……」と首を捻りながら探究心と好奇心に突き動かされて他人の腕をいじくり回し──もとい治療していくお時間の始まりです。
出だしから盛大に事故りはしましたが、まだ巻き返せる範疇だったので事なきを得ました。
スィラシーシア様は笑って済ましてくれましたがナーゼリサさんは憤怒の化身と化しました。そこまで怒らんでも……と言いたかったけどグッと飲み込むのが大人です。
「やはり浄化魔法は駄目ですね。肉体のほうにまで影響してしまいます」
「やはりって言いましたね、今。こうなるとわかっていながら……実行したんですか……?」
厳しい追及がきました。
眼鏡の奥の赤い瞳が危険な光を灯しています。
「確信はありませんでした。だから試したのです。これで大丈夫だったなら即解決ですからね。じっけ……治療の一環です」
「じっけ?」
「ただの言い間違いですよ。さて、では次の手を考えましょう」
これ以上分が悪くなる前にナーゼリサさんからの追及を強引に打ち切って、新たな治療を行います。
「ちょっと待って。どのような品揃えなのか、よければ先に聞かせてほしいのだけど」
腕にヒビが入ったにもかかわらず、スィラシーシア様は平然としていました。
痛みを感じている様子もまるでありません。それが石化ゆえなのか生来のものなのかは謎です。吸血鬼だから後者っぽいですけどね。
「何をされるかわからないのは不安ですか?」
「わたくしは至って平気なのだけど、リサの忍耐がね……。たかがヒビ一つくらいでそこまで沸騰しなくてもいいのに」
それを聞いたナーゼリサさんがすっくと立ち上がりました。
「たかが等と……! そのようにおっしゃらないで下さい! 姫様の麗しきお体に、わずかでも傷が残ろうものなら……それは、それこそは祖国リュルドガルにとっての…………大いなる損失に、国民の嘆きに他なりません! 許されざる事ですぅうう!!」
言いながら自分の言葉でどんどん昂ってしまったのか、興奮して演説を始めました。
元はと言えばあなたを庇って呪いを受けたのが始まりでしょうに。一体どの口で言ってるのでしょうか。
「よく言うぜ。だいたいよ、その姫さん、あんたの尻拭いで石化したようなもんだろ」
「んぐぅっ!」
雷に打たれたようにナーゼリサさんがのけ反りました。
「リューヤ!」
「あ、やべ。ついうっかり」
「なんでそうポロッと喋るのあなたは!」
「悪気はなかった」
「悪気あるなしの問題じゃないの。確かにそりゃね、どの口で言ってんだとは私も思いましたよ。でも、至極本当のことだからって、何でもベラベラ言っていい訳ではないんですよ!」
「ぐはぁあああっ!!」
ナーゼリサさんが白木の杭でも打ち込まれたかのように胸元を両手で押さえ、真下に崩れ落ちるように倒れました。死んだかな?
「あー、綺麗にトドメ刺したよー」
「クリスさんも酷いことするねー」
「あら、ついうっかり。でも悪気はなかったんですよ?」
「……似た者同士ね。あなた達って」
呆れたようにサロメがそう言い、ギルハがとても力強く、首を縦に振りました。
白目剥いてるナーゼリサさんをソファーに寝かせ、静かになったところで治療再開します。
「浄化が無理なら、聖なる炎も……まあ駄目ですよね。いっそ結界で腕を覆ってしまうのも……」
「その、聖なる炎というのは、どのようなやり方なの?」
「不浄なものに浴びせて焼き払うような感じになりますね。でもさっきの浄化魔法が駄目ならこれも無理ですよ。もっと威力ありますもの」
「──いえ、それで構わないわ」
「えっ?」
「問題はない、と言っているの。その方法でお願いするわ」
「でも、確実に呪いもろとも焼かれますよ?」
「そこは私が何とかしましょう。私のスキルでね。あなたはあなたのやるべき事を丁寧に行ってくれたら、それでいいわ」
そこまで言うならそうしましょう。厄介な方の意識が戻らないうちにね。
「……本当に無事ですね」
「でしょう?」
多少のためらいはあったものの、言質取ったのでまあいいやとばかりに『明炎』を浴びせているのですが、本当に無事です。
焼かれているのは呪いだけ。
白く固かった肌がじわじわと青みがかっていきます。
「ん」
「どうしました? 熱いですか?」
「いえ、そうではなくて……ああ、やはり気のせいではないわね。腕の感覚が戻ってきたわ」
「本当ですか?」
「まだ微々たるものだけれど、それでもこれは大きな前進よ。これなら最初からあなたの力を借りるべきだった。あなたを探して依頼したリサが正しかったわ。英断ね」
「なら彼女の意識が戻ったら、褒めてあげるとよろしいですよ。泣いて喜ぶんじゃないですか?」
「当然そうしたいのだけど、感極まってまた気絶されたら困るわね。くすくすっ」
「フフ、それは確かに」
そうやって朗らかに会話している間にも、呪いは刻一刻と弱まり、なまめかしい青銅の肌がその輝きを取り戻していきます。
そうして、聖なる炎で炙り続けること、およそ十分。
呪いは完全に焼き払われ、スィラシーシア様の右腕は白いシミ一つ残らず、完治しました。
「見事ね。本物の聖女がもたらす奇跡……とくと拝見させてもらったわ」
「いや別に奇跡ってレベルでは」
守護結界とかなら、まあ、そのくらいは言われてもいいかなとは思いますが、でもこの魔法は高位の僧侶や神官ならほぼ誰でも使えますからね。
「あなたには、後ほど、然るべき報酬を贈らないといけないわね」
「別に、このくらいでお代はいりませんよ。どうせ二十日ほどで治る見込みだったのでしょう? それより、一つ気になった事があるので、そちらへの返答を報酬にしてもらえれば」
「あら、なにかしら?」
「王女様のスキルって『燃えなくなる』のではなく……『燃え尽きさせる』ものなんじゃないですか?」
「……なぜ、そう思ったの?」
「私がさっき使った魔法は、一度浴びせれば不浄が無くなるまでしばらく持続するものなんですよ。でも、何故か瞬時に効力が弱まったので、やむ無くかけ続けることになりました」
「…………」
スィラシーシア様は黙って私の話を聞いています。リューヤ達も同様に静まり返ってます。
「つまり、何かしらの理由で炎が即座に消されてることになります。単なる火や熱の無効ならそんなことは起きませんからね。それが推測の理由です」
「う~ん……」
おっと。
ナーゼリサさんがお目覚めのようです。
「ん、時間切れですね」
この女性のことです。
「いくら恩人といえど……余計な詮索はつつしんでいただきたい!」とか吠えるに決まってますからね。これまでの経緯でそれがよくわかりました。
「あ…………ああっ! ひ、姫様、その腕はもしや……元通り治られたのですか!?」
「その通りよ。聖女様のお力でね。それと……」
私に向けて、王女様がウインクしながら、
「正解よ」
と言いました。
ナーゼリサさんは意味がわからずきょとんとしていましたが、すぐに王女様の右腕を抱きしめて大喜びを始めたのでした──




