60・謎肉の由来
私の名前はクリスティラ。
ダメ親と同じ冒険者の道を歩んだ僧侶クリスティラ。
護国の祈りを日々捧げる聖女クリスティラ。
裏切りと悲しみによって大いなる奈落の誘いに乗った暗黒騎士クリスティラ。
素性を隠して多様な依頼をこなす呪い師クレア。
いくつもの顔を華麗に軽やかに使い分ける私。
そんな私を蔑ろにした祖国が、派手に横倒しになる日が近づきつつある喜び。
私を追いやった者達に、どんな顔を見せてあげようか。
怒れる僧侶? 哀れむ聖女? 嘲笑する暗黒騎士? どうでも良さげな呪い師?
なかなか悩ましいですね。
それはそうと、私にはある懸念があります。
「あなたって結局何なの?」
──目玉と触手まみれな肉塊である、これが何なのか一向にわからないという懸念が。
「哲学か?」
「キレキレの返しだなおい」
この地獄のじゃがいもから繰り出された知的な切り返しに、リューヤが思わず唸りました。
「そういう小難しい屁理屈をこね合う話じゃなくて、素性とか種族とか聞いてるの。存在理由とか聞いてないの。それも分かるならそれに越したことはないけど……」
「我は我がわからない。長い年月眠っていた中で忘却した」
「そんなことあります?」
ちょんちょん
「ん?」
肩をつつかれたのでそちらを見ると、サロメが自分の顔を指差していました。ありました。
「じゃあもう終わりじゃないですか」
真実への糸口が消えました。
「まあそのうち何かのはずみでわかるわよ。わからなかったらそのままでいいでしょ。誰が困る訳でなし」
「何かあった時の対策が取れないのは、不安っちゃ不安だが……そこは問題ないだろ。何故なら俺達には聖女と魔神がいる。ちょっとやそっとの異常事態ではびくともしないさ」
「ちょっとやそっとじゃなかったら?」
「その時考えればいい」
「……そうですか」
もはや無計画に近いものがありますが、慎重派なリューヤでさえここまでお手上げならば、その結論を受け入れるしかないですね。
こうして謎肉ことバーゲンは警戒はしても実質的にほぼ放置となりました。基本ほっといていいけど、明らかな異変が一目で見て取れたなら即座に私やサロメに知らせると。
それとリューヤの『隠匿』ですが、何度か試したのですがまるで効きませんでした。
つまりバーゲンは、生物であることは間違いないようです。我々とは異なるロジックで動いていそうですが。脳や心臓あるんでしょうか。怪しいものがあります。
あと二足歩行するし、ものを掴むときも二本の腕を生やして使うんですよね。全身の触手の意味とはいったい。飾り?
あらゆる方向が見えてるようなので、無数の目玉は、どれも機能しているみたいですが。
サロメもそうですが、他人にその姿を見せることは厳禁です。
獣人だとでも適当に偽れば、角が生えてるだけのサロメはまだ誤魔化せるのですが(魔族だと偽るのはリスク高し)、バーゲンについてはどうしようもありません。類似した種族が皆無なので。
ただ、あまりにも不気味な姿を逆手にとって、これは魔法生物だと言い張るのも一つの手です。
頭のおかしい錬金術師が造り出した何かだと言えば納得してもらえるのではないでしょうか。
いずれにしても、できるだけ人目につかせるのは控えましょう。
山あり谷あり、順調なのかそうではないのか判断に困るスローライフの日々。
まだ本格的な暑さには遠い、夏の手前。
「お久し振りでございます。皆様」
ガルダン家の老執事、ローゼスさんが我が家に来ました。きっとポーションの件ですね。久しぶりのまともな来訪者です。
私とリューヤだけで対応し、残りは暇を潰してもらっています。
「品質に問題なし。文句無しの一級品。喜んで取り扱いさせてもらうと、ご当主様はおっしゃられております」
「そうですか。それはよかった。直に契約について話し合いに伺いますね。ところで、実はあるものを作りまして……」
「これは……!?」
「言うまでもなく、他言無用でお願いしますね」
そう、無垢なる黄金です。
せっかくなのですからこれも一本持ち帰っていただいて、マダムの反応を待つとしましょう。
そういう流れで、ポーションの在庫七割がたと、無垢金の延べ棒をローゼスさんに持ち帰っていただくことになりました。
老体にはしんどいかなと思いましたが、馬車でここまで来たらしいので、積み込むのはこちらでやっときました。
乗せるだけ乗せときましたから、降ろすのは屋敷の若い使用人さんにでも頼んで下さいな。
無垢なる黄金は特殊な金とはいえ、金は金です。
オリハルコンと違い加工にはさほど苦労もしないでしょう。武器にするのは強度の面からやめておくべきですが、装飾や、柄や鞘などに用いるなら問題もありません。
割と自由度高いので買い手も多いんじゃないでしょうか。これを加工してパーツにした武具が、後に聖剣とか聖なる鎧とか言われたりして。
「この杖もそうなるかもしれませんね」
いつまでも生首のまま杖に備え付けているのも可哀想なので、町の業者さんに剥製にしてもらったバーゲストの頭。
その内側に無垢金の塊を忍ばせておきました。これで防御魔法による破壊にも、より一層の増強が見込めるはずです。
「言ってることおかしくないか?」
「いいえ別に?」
盾や壁は武器ですから。




