6・コンビ結成
「あのさ、これも何かの縁だし、俺と組まないか」
「いいですよ」
「そーだよな、昨日会ったばかりの奴に急にンなこと言われえぇっ!?」
村長の家で一泊することになった、その翌日。
酒場でさもしい朝食をとっていた私の即答を受けて盗賊少年が逆に面食らいました。昨夜の閃光の仕返しです。
「どうしたの?」
麦粥をスプーンですくいながら意地悪く聞いてみました。
「い、いや、あんたがそれでいいならそれでいいよ」
文体が少しおかしなことになってますね。
「一人でやれることには限りがありますからね。あなたは私が見た感じ、何でもそつなくこなせて、しかも良識もあるように思えました。仲間として最適……とまでいかなくても、その手前くらいには位置するのではないでしょうか」
「そこは最適でいいだろ……。でもよ、手際はともかく良識がありそうってさ、そこまで俺を評価するのも無用心じゃないか? いやまあ、こっちから誘っておいておかしな話だが」
「フフッ」
「なんだよ」
「いい人を装って他人をあざむこうとする方は、そんなことをわざわざ言いませんよ」
少年は押し黙りました。私の勝ちです。
こうして私とリューヤはコンビを組んで、護衛の依頼、ダンジョンの探索、魔物退治などの仕事を次々と達成しました。
活躍の度合いとしては、私と彼は半々ぐらいだったと思います。
けれど、それで周りからチヤホヤされるのは性に合わないと彼が言うので、ほとんど私の成果にしていました(報酬は公平に分けましたが)。
そのため一部の冒険者からは「赤毛女の尻尾」などと揶揄されたりしましたが、当の本人である彼はどこ吹く風という具合に涼しい顔をしていたものです。
時には、素行の悪い冒険者まがいのチンピラにしつこく絡まれることも何度かありましたが、その手の輩はよそでも騒動を起こして王都にいられなくなるみたいで、だいたい数日経たずに行方をくらませました。
まあ、中には私が裏でぶちのめして追い出したのもいますが。
恐らく似たようなことをリューヤもやってたのではないかと思います。あの子はあっさり気味に見えて意外と執念深い性格ですからね。
そうして、嫉妬や嘲りを無視したり潰したりしつつ実績を積み重ねていくうちに、聖女をやらないかとお声がかかったわけです。
……ホント、やめとけばよかった。
聖女なんて……やるものじゃ……ないわ…………
◆◆◆
「──おい、起きなよお嬢ちゃん」
聞き慣れない声に急かされて、意識が戻ってきました。
馬車に揺さぶられながら、呑気に会話しつつ過去を振り返っているうちに、寝落ちしていたみたいです。
「信じられんが、クソ緑どもがちょっかいかけてきたみたいでな。寝てる場合じゃないぞ」
頭頂の寂しいおじさんはそう言うと手槍を片手に馬車の外に出ていきました。
リューヤは既にいません。
私達二人とおじさんの他にもう一人いた若い女性も見当たらないです。
私も、愛用の杖を持ち、おじさんの後を追いました。
「遅いぜクリ……ク、クレア」
リューヤが、とっさに捻り出した偽名で私を呼びました。ギリギリでしたね。
素性をバレないようにしていたのに本名を出したらアホですもの。
「あら、主役は遅れてやってくるものでしょう?」
私が外に出た時、馬車はぐるりと囲まれていました。
人間の子供とどっこいどっこいの背丈。緑の肌。不潔そうな腰布一丁の姿。棍棒や短剣、へし折れた長剣等の武器。
雑魚魔物の代名詞、小鬼です。
一対一で勝つことができたら冒険者として最低限の力があるとみなされる、初心者の力試しにピッタリの相手としても有名な魔物だったりします。これに一人で勝てないなら冒険者やめろという意味でもありますが。
「……なんだい、十匹以上いるよ。壁聖女様はサボッていらっしゃるのかねぇ? 全く、神殿で不自由なく暮らしてんだから、結界くらいきちんと張れっての」
若い女性が細身剣──レイピアを構えて、私の不手際に文句をつけてきました。マジで敬われてないんですね、私って。
こうやって遠慮のない生の声を聞くと、この国を守るための道具として見られていたんだなと、改めて痛感します。
「さっさと片付けようぜ。馬が怯えて先に進めねえよ」
「黒髪の兄ちゃんの言う通りだな。数がいようがたかがゴブリンだ。ちゃっちゃと狩るとしよう」
さっきまで朗らかに笑っていた薄毛のおじさんが怖い顔つきになりました。
魔物に囲まれたというのに誰一人として尻込みしてはいません。馬車を操る御者ですら短めの剣を持って馬を守っています。
いちいち魔物に臆しているようでは旅など出来ませんからね。行商人ですらそれなりに戦える者が少なくないのがこの世の中です。
「じゃあお先!」
若い女性が一番近くにいたゴブリンに駆け出し、勢いそのままにレイピアで頭を突き刺しました。
「ギゲェッ……!」
片目を貫いた巨大な針はそのまま止まることなく後頭部を突き抜けていきます。手慣れたやり口ですね。
ゴブリンは避ける間もなく絶命しました。しぶとくないのが彼らの唯一の美点です。
「ギギィッ!」
「ギガッ!」
一瞬で仲間が一匹減らされたことをようやく理解したゴブリン達がギーギーわめき散らし、こちらに襲いかかろうとします。
しかし、理解するまでのほんの数秒が、致命的な隙でした。
ヒュンヒュンと、風を切る音。
「グエッ!」
「ギヒイッ!」
額や喉に短剣が命中した何匹ものゴブリンが崩れ落ちていきます。
リューヤが『隠匿』していたナイフを素早く解放したのだと、私だけはわかりました。
特殊な空間に保管していたアイテムを高速で取り出すことで凶悪な飛び道具にする──彼の得意技です。慣れないうちは精度も悪かったそうですが、修練の甲斐もあり、今ではほぼ百発百中とのこと。
他にも、一度に大量の同じものを取り出すことで、威力や効果を増大させることも可能だったりします。
そう、私の初仕事の際に、彼が悪霊退治に用いたのがこの方法でした。昼間のうちに大量に隠匿していた陽光を一気に全て放出するという、力技で押し流すようなやり口だったのです。
「やるなぁ兄ちゃん!」
ゴブリンの胸部を手槍で刺しながら、毛髪に愛想を尽かされたおじさんが楽しげにリューヤを褒めました。こちらも手慣れたものです。
「私も負けてられませんね」
『防壁』に比べて効果範囲が大きく劣る『円盾』の魔法を、杖の先っぽに重ねがけします。
本来は手元に発生させることで小回りの効く防御ができる守護魔法なのですが、私はこのやり方が気に入っていました。
「てぇい」
跳ねるように近づいてきたゴブリンに、杖を横殴りで一振り。
ぱぁん
緑の小鬼の頭部が、腐れかけの果実のようにはじけました。
長い棒の先端に作り出した円盾をぶつけることで、能動的に反動ダメージを与える。
それが私の考案した『ハエたたき』です。
向こうが来ないならこちらから行けばよい、ぶつかれば同じこと。そんなシンプルな理論から生み出された戦術です。
最初は円盾一つだけでしたが、それだと吹っ飛ばすだけで大した痛手を与えられなかったので、重ねることにしたらこれが大正解。面白いくらい消し飛ぶようになりました。
「てやっ」
二匹目の胴をぱぁん。
「えいやっ」
三匹目の左肩辺りをぱぁん。
「ほいさっ」
びっくりして腰を抜かしてる四匹目の頭に振り下ろしてそのままお腹の辺りまでぱぁん。
とまあそんな感じで「昔よくやったなー」と懐かしさに浸りながら小鬼割りしてたらリューヤ以外の三人に思いっきり引かれていました。
──と、思わぬ魔物退治を挟みましたが、その後は特に何事もなく、国境近くの小さな宿場町まで着くことができました。
あの境目を越えれば、このエターニアから、隣国であるコロッセイアへと足を踏み入れることがかなうのです。
御者のおじさんやかつてはフサフサだったであろう手槍のおじさん、レイピア使いの女性と別れ、情報収集に励みます。
その結果、産まれた時からずっとここに住んでいるというお婆さんから、使われなくなった山道があると教えてもらえました。
そんなわけで、次回からは登山編が始まります。乞うご期待。