59・傾く祖国
エターニア王国。
私の祖国であり、私をさんざん利用するだけして追い出した忌まわしき連中の巣窟です。
なぜ今更あの国について語るのかと言うと、ついに破綻の兆しが見えてきたからに他なりません。
俗に言う『ざまぁ』というやつです。
真実の愛を見つけた許嫁から婚約破棄されただの、役にたってないと勘違いされて冒険者パーティを追放されただの、有用なスキル無しだから勘当されただのと、聞くだけで最低なエピソードがゴロゴロしてるこの世の中。そのまま希望なき人生を歩む者がいる一方で、まさかの(あるいは必然的な)逆転劇が始まる者もいます。
私はどうやら後者のようですね。
「……とまあ、そんな感じで、呑気こいてた奴らのケツに火が付いたらしい。来るべき日が来たというこったな」
「それは朗報ね」
皆で昼食のサンドイッチを食べながら、リューヤが町で聞いてきた噂を話題にしていました。
噂とはいっても、こちらのギルドに所属してる盗賊繋がりで耳にした情報らしく、その信憑性はかなり高いとのこと。
「気前よく枚数をはずんだからな。色々と教えてもらったよ」
枚数とは情報料のことです。こんなこと説明するまでもないですが一応。
気前よくと言いましたから、銀貨や銅貨ではなく、キラキラした一番いいやつを渡したのかもしれません。だとしたらかなりの太っ腹です。情報屋さんの口も軽くなるというものでしょう。
やはり金銭は力です。
「あの方はどうなりました?」
名前を出すとせっかくの昼ご飯がマズくなりそうなのでぼかしました。
「全ての責任を負わされて、ついに継承権を剥奪されたってよ。近いうちに僻地の牢獄塔に幽閉されるらしいぞ。もう何もかも終わりだな、その馬鹿王子は。いや、もう王子ですらないか。女の色香に騙されてお前を追放したのが運のつきだ、ははっ」
「仕方ありませんね。身勝手なわがままで国の礎を叩き割って捨てるような振る舞いをすれば、そうなって然るべきです」
後悔してもしきれないと思いますが、幽閉の身では他にやれることもないはずなので、時間を贅沢に使って存分に後悔していただきましょう。
あなたと、あの愚かな伯爵令嬢の分まで、私は自由気ままに生きてあげますからね。
「ふふふ、んふふっふふ」
くぐもった笑いが風に乗って虚空に流れていきます。いやー気分いいわホント。
「やめてよその笑い。食欲失せちゃう」
「ギルハちゃんは繊細ねぇ」
「慣れればどってことないさ。まあ慣れても気持ち悪いことに変わりないが……」
「それって耐性ついただけだね~」
「つまり毒みたいなものだね~」
「やめとけ二人とも。あまりストレートに喋ると叩き潰されるぞ」
「こいつら……」
お望み通りに杖を振り下ろして三頭身に圧縮してあげてもいいのですが、今日の素晴らしいニュースに免じて不問に伏しましょう。
「君はこの国の者ではないのか」
この世のモノではなさそうな肉塊が話しかけてきました。
──ところで、この肉塊ですが、名前がないとやはり不便なので色々考えた結果、バーゲンと名付けられました。
本人(人?)も気に入ったようで何よりです。正体は謎のままですが。
彼だけはサンドイッチではなく水を飲んでいます。飲んでるというか浸ってると言ったほうが正しいかもしれません。
「色々ありましてね。クソみたいないちゃもんつけられてクソ腹立たしくなったから出国したのです」
「飯時にやめてよその言い回し」
ギルハだけでなく双子もこれには多少嫌な顔をしていました。
サロメはいつものサロメです。魔神はこのくらいで狼狽えません。気にせず食べかけのサンドイッチに胡椒を振りかけています。
「そうですね。ついうっかり」
「まあ慣れるさ。諦観とも言うが」
諦めたらそこで終わりだと思いますがこの件に関しては諦めてもらえると助かります。私の口は不意に悪化しますので。
「──むぐむぐ……それで、神殿もてんやわんやなのね?」
パンと肉とレタスとチーズを咀嚼しながら話を続けます。
ただ挟んだだけなのにこんなにお手軽で美味しいからサンドイッチは最高ですね。
「代わりの聖女は馬車でどっかに消えたし、前の聖女も行方不明のまま。各地の聖なる柱で結界を維持するのももう限界らしい。既に魔物による被害が地方で何件も起きてるそうだ。スタンピードで大きな被害が出るのも時間の問題かもな」
「ごきゅごきゅ」
ワインを飲んで喉を潤します。
いつもは昼間から飲んだりしないのですが、今日は気分いいので。
「楽しそうだな。……ま、それでだ、これは驚きなんだが……お前への罵倒をまだほざいてる奴がいるらしい。それもかなりの数」
「もう部外者なのに?」
つくづく嫌われてますね私って。
「これは前聖女の怠慢と未熟さが招いた結果でもあると、そんな意見が少なからずあるみたいだな」
「どこまで恩知らずなのかしらね」
「推測だが、お前に怒りの矛先を向けることで神殿や王宮への不平不満を和らげるために、世間にお前の悪評を広めている……俺はそう睨んでる」
「そりゃ酷いね」
「悪質だね」
「人間社会の汚い上澄みって、責任逃れに関してだけはとびきり優秀なのね」
「誰かのせいにするのが一番楽なんでしょ」
「その付け焼き刃でもどうしようもならなくなってきたが故の、第三王子の廃嫡なんでしょうね……」
王族だろうと切り捨てられる時は一瞬。
世の無情を感じます。同情は一切しませんけどね。死ぬまで閉じ込められてろ!
そうこうしている内にさらに一週間ほど経過して。
エターニアで内紛が起きました。
「やるにしても早すぎません? 先走りすぎでは?」
「俺もそう思う。これは、きっと外患の手が入ってるに違いない。このコロッセイアが最も怪しいが、よその国も十分に疑わしい。落ち目の相手を叩くのは基本だからな」
国の実権握ってる奴らがごっそり高転びしたら、一回くらい見物に行ってもいいかもしれないですね。
その時が楽しみです。むふふ。




