57・邪悪なじゃがいも
「おかえりなさい。早かったですね」
「ダラダラ買い物するのは性に合わなうおっ!?」
「どうしたのリューうわあっ!?」
今後の薬草霊草の加工作業に用いる材料や道具を買い揃えてきた、リューヤとギルハ。
にも関わらず手ぶらなのはリューヤが『隠匿』で全てしまい込んでるからです。
散歩帰りにしか見えないそんな二人が、戻ってくるや否や目玉が飛び出そうなくらい驚愕しました。
「なんだそれ」
リューヤが指差したもの。
それは、人の頭ほどの大きさの、よくわからない何かでした。
「こっちが聞きたいですね」
私としてもそう答えるしかありません。本当にわからないんだもの。何コレ?
「どっからこんな邪悪なじゃがいも拾ってきた」
「それについて今から説明するから、適当に座りなさい」
事の発端は、私がサロメと共に畑におかしなものや気配がないか探っていた時でした。
ふと、何かをサロメが察知しました。
「──何かが埋まってるわ」
「何かとは?」
「わからない。生き物とも金属とも岩ともつかない。魔物かもしれないし違うかもしれない。何なの一体……?」
このままでは話が進まないので掘ってみることにしました。
まだ何も植えてないし種蒔きもしていませんからね。マンドレイクも全て抜いてあります。穴を空けても別に構いません。
どこまでも掘り進め……とまでは言いませんが、五メートルは掘ったでしょうか。
リューヤがいれば掘った土をすぐさま隠匿できましたが、言うまでもなく買い物に出掛けています。
そこでサロメが、我々が掘った後の土に魔法でかりそめの命を与え、土人形を造り出しました。
後はその土人形達に穴を掘らせ、その土を材料にしてさらに土人形を作り──
──そうして発掘したのが、我が家のテーブルの上で皿に盛られているこれです。
「懐かしいわね。私もあなた達と出会った頃はこうだったわ」
「ええっ」
それを聞いたギルハが大口を開けて仰天しました。
まあそうなりますよね。事情を知らないと意味不明ですもの。
そのサロメの後輩に当たるこれですが、一言で言うと、『目玉と触手がたくさんある肉塊』です。
「……………………あの」
「聞きたいことがあるのはわかるけど、さっきも言ったように、私達もわけが分からないわ」
「いや、そうじゃなくて、でもそれも気にはなるけど……」
ギルハがまじまじとその肉塊をみたあと、こう言いました。
「食べるの?」
「食べませんよこんなの!」
「……コホン。失礼しました。つい声を荒げてしまい申し訳ないです」
「いや、今のはギルハが悪いよ~」
「いくらなんでもその質問はないよ~」
「ごめんなさい。でも皿に乗せるのもどうかと思うよ」
「そこはまあ、こちらの悪ノリですね。誤解させたのは謝ります。でも食べるわけないでしょ」
「でも南の国では気持ち悪いもの食べるとか言うし……大きな虫とか」
「あはは、どーいう意味かな?」
「聞き捨てならないね? ははっ」
まずいですね。
食文化の違いは信仰の違いの次くらいに険悪化を招きやすいんですよ。冒険者やってた頃よく見ましたもの。
肉揚げにレモン汁かけるかけないで殴り合いの喧嘩をする大人が実在するなんてそれまで想像すらしませんでした。
いつも能天気な双子の目が笑ってません。あの時の大人げない大人たちと同じ目です。
我が家を舞台に戦争が始まるのでしょうか。
やるなら外でやってほしいですね。どうなろうと骨は拾ってあげますから。
「……で、どうするんだこれ。俺としては、遠い山奥にでも穴掘って埋めるべきだと思うんだが……」
「それは無責任すぎません?」
「だいたいなんで俺達が責任感じなきゃならないんだよ」
「掘り出してしまった手前、少しはね」
「埋め返したらいいんじゃないのかな。後は最初から見なかったことにして」
「私もギルハちゃんと同じことを提言したのだけど、こんなのが下にいる畑とかおちおち野菜や薬草も作れないってぼやくのよ」
「じゃあ逆に聞きますけど、そんな畑の野菜とか食べたいですか?」
これは効いたようです。
全員黙りました。
「じゃあもう燃やすかこのまま手元に置くかだぞ。これが燃えればの話だが」
「やめたまえ」
「いうぇ!?」
言葉にならない呻きが、誰かの口から漏れました。私か、別の誰か、あるいは複数人か。
肉塊がおもむろに二本の足を生やすと立ち上がり、喋りだしました。
『──!!???』
居間に激震が走り──とかそんな呑気なこと考えてる場合じゃないんですが!?
「のわぁ!?」
「喋ゃべべべべべ!?」
「立ったたたたた!?」
双子も激しく動揺しています。
ギルハは椅子から転がり落ちました。
まともな生き物ではないにせよ、それならそれで逆に知能がそれなりにあって動いたり意志疎通できたりするかも……とか少しは思いましたが、こんなのは想定外です。
「なんだこれ、何なんだこれ」
冷静沈着で底意地の悪いリューヤすら肉塊を指差して目を見開いています。
「我を燃やすとか、そのようなことはやめたまえ。いいね?」
「お、思ったより、理知的なのね」
「左様」
「左様って……」
真っ先に困惑から立ち直ったのはやはりサロメでした。魔神なだけはあります。
あちらのペースに呑まれてはいますが、このくらいなら大丈夫でしょう。
なんにせよ友好的な会話ができるなら、そんなのを火にくべるのは流石に鬼ですね。
話を聞くだけ聞いて、どうするか決めましょう。
…………これは内緒ですが、さっきびっくりした時に、少し……ほんのわずかですが…………数滴ほどだと思いますが、も、漏れたのは内緒です。これは墓まで持っていきます。




