56・騒音対策
「なんですかこれ」
我が家を購入した際のおまけについてきた畑。
そこに悪霊に取り憑かれたニンジンみたいなのがポコポコ生えています。
こんな不吉そうなもの、植えた覚えも種を撒いた覚えもありません。
「あら、知らないの?」
「残念ながら存じません」
「マンドレイクよ。霊草の一種ね。薬草より呪いに近いものだけど……ああ、双子くん達、迂闊に抜いたら駄目よ?」
「えっ?」
「そうなの?」
今にもどれか引っこ抜こうと吟味していた双子の手が止まりました。
「人の顔みたいな部分あるでしょ? 引き抜くとね、そこが絶叫するの。断末魔の叫びみたいな金切り声をね」
「それだけなら別にいいんじゃないの」
「そう思うわよね。無理もないわ。ところがねギルハちゃん、その金切り声を聞くと人や獣は死んじゃうのよ。魔物でもアウトかな」
どこが霊草なんですか。罠じゃないですか。何故そんな天然の事故死みたいなものがうちの畑に。
我が家に巣くっていた死霊の群れといい、これもサロメの影響なんじゃないですか?
これまでの人生を振り返ると、きっとまたトラブルがそのうちやって来るのは覚悟してましたが、まさか生えてくるとは。
手を変え品を変え厄介事が起きますねクソが。
「これについては私は関係ないわね。土地の問題じゃない?」
「よろしくないものが勝手に集まったり生えてきたりするから値段も安かったんだろ。もしかしたら、以前の持ち主がこれにやられてたりするのかもな」
「う~ん、どうしましょうかね」
放置してもいいですが何かの弾みで抜けたら大変です。野生の獣がそれを食べようとして抜くことも無いとはいえません。
「マンドレイクなら、確かかなりの高値で売れるはすだぞ」
リューヤがとても興味深いことを言いました。
「そうなんですか?」
「滅多に見つかるものでもないし、栽培も難しいときてるからな。ギルドで安酒飲みながらダラダラしてたら、知り合いの魔術師のおっさんにさ、もし見つけたら是非教えてくれって言われたことがある。霊薬の材料として一級品なんだと」
「その件はどうなったの?」
「それから少し経って、財布の中身が心もとなくなってきて、仕方なく魔物退治の依頼受けたんだがよ。その最中、たまたま見つけてな。あとで教えてやったら、その依頼よりも金貰えた」
「でもその魔術師も、どうやって引き抜いたんだろうね」
ギルハの疑問ももっともです。
「昔は犬の尻尾にマンドレイクの葉っぱを縛りつけてその場を離れ、その犬に引き抜かせる手法が一般的だったらしいな。当然犬は死ぬ」
「ひどいね」
「残酷だね」
「まあその魔術師のおっさんはゴーレムにやらせたみたいだが。そのほうが安全だしな」
「急に犬に走られたら命取りになりますものね。ゴーレムを作れるなら、それに任せたほうが不慮の事故も起きそうにないでしょう」
そこで我々はどうしたかというと。
私が畑ごと結界で覆い、沈黙の魔法を使いました。
あとは無音の世界と化した畑からマンドレイクを一本残らず引き抜きます。
「────────!!」
ブルブル震えて絶叫してますが何も聞こえません。
唯一にして最大の脅威が失われた今、もはやこれはただの不恰好なニンジンです。
こうして数分もかからず、うちの畑の不法居住者は一つ残らず排除されました。
後はザル一杯のこれをどうするかです。
売るか、薬の材料にするか。
「媚薬とか痛み止めとか、滋養強壮の薬になるらしいぜ。俺はその辺よくわからん。害になる薬の製法ならそこそこわかるが」
「でも私、そんなもの作ったことないし、作り方も知りませんよ」
「「知らなーい」」
「悪いけど、そういった細かい作業はさっぱりね」
「あ、作れるよ」
ギルハが挙手しました。
「えっ、本当なのギルハちゃん?」
「むしろこれが本業なんでね。人を操るのは副業に近いよ。兄貴が「そのスキルを腐らす気か」ってあまりにしつこいから、やってたけどさ」
お兄さんの気持ちもわかりますけどね。針一本につき一人操れるとか破格ですよ。
にしても薬師とは。
道理で武器とか持ってないし体もあまり鍛えてないはずです。
「だったら俺にも作り方教えてくれよ。代わりに俺も違法なブツの作り方教えるからさ」
「違法って……」
ギルハが私のほうを横目で見ました。
つられてリューヤもこちらを見ます。
「実際に使うかどうかはともかく、作り方くらいは聞いておいて損はないですよ。実際に使うかどうかは別としてね。実際に、ね」
まばたきしないで真顔で繰り返し言うことにより、多少は大目に見てやるけど大っぴらに使うんじゃねーぞという因果を含ませておきます。
違法素材のオンパレードみたいな粉薬を気安く振り撒かれたらたまったものではありませんからね。
幸い(何が幸いなのか自分でもよくわからなくなりつつありますが)、リューヤは馬鹿ではないし自制もあるので大丈夫とは思いますが、ギルハがどうなのか未知数です。
厄介事は内にも潜んでいるのです。
「なら早速やろうか」
「でもこれだけじゃ不十分かな。他にも薬草とか必要になるよ。それに器具も無いし」
「なぁに金ならある。ベーンウェル行って買ってこようぜ。お前もなんか欲しいのあるか?」
「それならブーツを新しいのにしたいな」
「任せとけ」
段々やる気が出てきたのかリューヤに活気が宿りました。いいことです。
法に触れそうなのが玉に瑕ですが。
そこはまあ、最悪、バレなければ取り返しはつきます。
「晩御飯までに帰ってくるんですよ」
二人は片手を振りながら町のほうへと駆けていきました。元気の塊ですね。
さて、私はサロメと共にこの畑をちょっと調べますか。
自宅の目と鼻の先に頻繁にマンドレイクが生えるのも困りますからね。




