55・試し斬り
こうして計五本のオリハルコン製武器が完成しました。
華美とは無縁の実用性しかない見た目になりましたが、畢竟、剣なんて斬ったり刺したりできればそれでいいのです。細かい装飾や手間を加えたいならそれは各々がやればいいだけの事なので。
さて。
次にやることがあります。
そう──
「──試し斬りの時間だぞーー!!」
「「わーい!!」」
ひと気の無い森に、私達三人の声が響きました。
「わーい」
「ギルハ、無理してあいつらのテンションに付き合わなくていいんだぞ。人には人のやる気がある」
「あなたはあなたで歳のわりに辛気臭いわねぇ」
サロメの言う通りです。
高揚してもいい時には素直にやったらいいんですよ。その若さで常に斜に構えてどうするんですか。たまにはノりなさいって。
酒を除いて自制が効きすぎる相棒への不満はそのくらいにするとして、かくして用意したのはご覧の品々。
木材。
岩。
鉄の盾。
ゴブリン。
装甲クワガタ。
木材は適当な木を伐採して入手。
岩は村からちょっと離れた川辺にあった
ものを、リューヤの『隠匿』でしまい込みました。本当に便利ですねこのスキル。
鉄の盾は粗悪品らしく持ち手がすぐ取れて使い物にならないものを、捨て値で購入。
ゴブリンは森の奥のそんな広くない洞窟で捕獲。
装甲クワガタはゴブリン集めの帰り道にたまたま遭遇して捕獲。
悪くない品揃えですね。
「どれからやります?」
「やりますも何もお前、剣使えないだろ。刃筋を立たせるとか踏み込みの仕方とかわかるか?」
「何事も慣れですよ慣れ」
無造作に置かれた木材のひとつに近づき、オリハルコンの魔剣を抜きます。まだ飾りは無いままですがいずれ髑髏の魔石をくっつけてあげますからね、ふふ。
「ちゃあっ!」
すぱっ
赤銅色の刃はするりと木材に潜り込み、そのまま下まで通り抜けました。
あまりの手応えの無さに、危うく前につんのめりかけた程です。
「えっ、こんなにすんなり!?」
驚きです。
上段から振り下ろした一撃は、沈み込むように抵抗なく木材を真っ二つにしました。
実に本当に驚きです。
腕のいい剣士や戦士が、獲物があっさり斬れた時にバターやチーズに例えたりしますが、これはそれ以上ではないでしょうか。オリハルコンって凄い。
うっかり壊せる程度のものだと思って、実はそこまで期待してなかったけどごめんなさい。
やっぱり幻の金属なだけあります。
「こっちでも試しますか」
岩に接近して今度は横殴りみたいな一閃。杖ばかり使ってましたからついこうなるんですよね。もっと力の抜き方を学ばないと。
それで岩ですが、やはり木材とは違い抵抗らしきものを感じたものの、やはり上下に分かれました。
「ふっ、バターですね」
「何言ってんだお前」
今の一連の流れから推測すらできない、理解力のとぼしい坊やは無視しましょう。浅い斬り刺ししかできない短小ばかり使ってるからこれを理解できないんですよ。
「岩の切り口滑らか~」
「こっちの木も滑らか~」
双子が断面を触ってるのを見て私も撫でてみましたが、カンナをかけたようにつるっつるでした。
「……オリハルコンのノコギリとかあったら、便利そうですね」
「ンなもん使うのなんて工芸の神くらいしかいねーよ」
「突っ込みはさておき、リューヤくん、あなたもそれ試したら?」
「そうすっか」
サロメに促され、リューヤが短剣を逆手に構えました。
その持ち方するってことはゴブリンで試すんですかね。
「ほら行け」
予想通り、リューヤはゴブリンどものそばに行くと、その内の一匹を足だけ解放しました。
そのゴブリンは、仲間のことなど知るかとばかりに一目散に森の方向へと逃げていきます。
リューヤが追います。
跳ねるような走りですぐさま追いつき、追い越しがてら、ゴブリンの首へと刃をきらめかせます。
小柄な魔物は、自分の首を冷たい金属が通り抜ける感触にその足が止まり、
「ギ、ギゲェ……?」
数歩後ずさってから、頭部がずり落ちました。時間差の死です。
その死に顔は、何が何やらわけがわからないという風に、間が抜けていました。
「恐ろしいほどの鋭さだな。こんなもの使ってたら、世の中の武器のほぼ全てがナマクラに思えてきそうだ」
「別にいいんじゃなくて?」
サロメが楽しげに言いました。
「どうせそれ一本あれば現役退くまでやっていけるでしょ。刃こぼれしたとか折れたとか、まずないんじゃない?」
「まあそれはそうでは……」
その声は歓声に遮られました。
「うわぁ、やばいくらいクワガタがスパスパいくよこれ!」
「クワガタがやばいくらい細切れになったよこれ!」
「凄いや……全然力を入れてないのに、盾が穴だらけになってる。感触も、鉄じゃなくて泥の盾に突き込んでるみたいだよ」
少年達もその桁外れの切れ味と刺し味に舌を巻いているようですね。感動と驚きの声が飛び交っています。
「文句のつけようがない戦力増強ね」
「のんびり生きていくだけだから、そんな増強いらないんですけどね……何ですかその顔」
「そう上手くいくかしら」
これまでを振り返ってみなさいなと言いたげに、サロメがいやらしく笑いました。
「また何か起きるってか?」
「あなたはどう思う? 何事もない平穏で退屈な日常がこれからずっと彼女に、赤毛のお嬢様に訪れると、信じることができる?」
「ハハッ、ないない」
「あはははは!」
笑うリューヤとサロメについ怒りが込み上げてきましたが、しかし、その怒りの鉄槌をブンブン振り回すまでには至りませんでした。
自分でも「ないな」と思っていたからです。悲しいことに。
ないのは認めるからできるだけ長いスパンにしてほしい。大いなる奈落にそう願う私でした。




