54・案ずるより産むが易し
・前回のあらすじ
オリハルコンを溶かして流し込んで冷やして固めた。
口が災いしたリューヤがささやかな被害を被ったものの、特に問題なくオリハルコンは鋳型ごとキンキンに冷えました。
「ねえミオ、僕の目には凍ってるように見えるんだけど」
「そうだねピオ、僕の目にも霜がついてるように見えるよ」
冷えたというか凍てついたというか。
「やり過ぎちゃったかな」
やっぱりサロメはサロメでした。
最後の最後で加減を誤るところが実にサロメです。マジサロメ。
「やり過ぎにも見えるけど……どうだろう。あの熱さからいって、このくらいしないと効果薄だった気もするけど」
助け船出すのやめなさいギルハ。
懲りずにまた調子に乗るでしょうが。
「金属だから、急激な温度変化はまずいんだがな……」
「そうなの?」
「ああ」
よく知ってますねそんなこと。
リューヤって、変なところで博識だったりするんですよね。
どこで得た知識なんでしょうか。
「普通の金属ならば、あなたの懸念が当てはまるでしょうね。でもこれは、普通じゃない。オリハルコンだもの。大丈夫ですよリューヤ」
「俺はそこまで楽天的になれないよクリス。それ言ったら、熱して冷やした張本人だって普通じゃないだろ」
「気にしない気にしない。私は人生を開き直って大雑把に生きるからあなたもそうしなさいな」
「ンな性分じゃねぇから無理だ」
それならそれでいいです。
慎重派は一人くらいいたほうが安全ですからね。
みんな適当だと、どこまでも間違った道を突き進んで奈落の底にまっしぐらとなりかねません。歯止めになる冷静沈着な人がいたら破滅を回避するきっかけが生まれるでしょう。
……大いなる奈落に従う暗黒騎士たる私にとっては、その末路はむしろ光栄な気も……でも彼らを巻き込むのは……
「おい、どうしたんだ? ボサッとしてないで、念願の品を見ようじゃないか」
「あ、ああ、そうですね。ちょっと忠誠心と友愛の狭間で揺れ動いてました」
「はぁ?」
「何でもないです。それより武器の出来映えを確かめないと」
何をとぼけたことを……とかうるさいこと言われそうなので先手を打ちました。
「いいから鋳型を開けましょう。ほら」
強く固まってくれてるといいですね。
「……………………うん、いいぞ。悪くない。こんな雑なやり方でできるものかと思ったが…………できてるわ、これ」
「細かいザラつきや突起がありますね。何でしょう」
「バリだ」
「バリ?」
「その長い突起はな、型の中に素材を流し込むための穴で固まったやつだ」
「ああ、はいはい、確かに細長い棒のような形状ですね」
「ザラつきは鋳型の隙間からはみ出たやつだな。急ごしらえで作ったもんだし、そこは仕方ないさ。問題はどう削るかだが……」
ゴミみたいですけど、これだって立派なオリハルコンに変わりないですからね。
何も考えずゴリゴリ削ったらヤスリのほうが先に音を上げてしまいそう。
「そこは私に任せなさい」
「おお、削れる削れる。削れるぞクリス」
適当な板に『防壁』を重ねがけして、そこにオリハルコン製の武器をゴリゴリ擦り付ける。
削れた破片や粉は全て回収してひとまとめにしてから、また溶かして固める。
ひねりも何もない単なる力技ですが、現時点ではこれがベストでしょう。他にやり方わかんないし。
「それが終わったらオリハルコンの板を砥ぎ石にでもして切れ味を出しましょうか」
「世界一贅沢な砥ぎ石だな」
面白半分にオリハルコンを扱ってるこの光景をナーゼリサさんが見たら憤死するかも。
「僕やったことないんだけど」
「じゃあ僕達が教えたげる~」
「手取り足取り教えたげる~」
「ありがと。助かるよ」
ギルハはあの双子に任せましょうか。長剣もレイピアも似たようなものでしょうからね。
──昼から始めたこの鍛冶作業も、気がつけばもう夕方となりました。
全ての工程を終え、我々の前に現れたものは。
『おお……』
複数の感嘆が重なりました。
全員集合した居間のテーブルの上に並べられた、赤銅色に輝く五本の刃。
短剣。
ロングソード。
ロングソード。
レイピア。
魔剣。
余計なものなど不要とばかりに、無駄を削ぎ落とされた至高の芸術品のような存在感を放っています。
複雑な鋳型を作るのが面倒なだけでしたがね。これもまた怪我の功名です。
「何から何まで素人仕事にしては、よくやったのではないでしょうか」
「色々とトラブルもあったが……こうして完成品が並んでるのを見ると、感無量だな」
あなたの場合、そのトラブルは自業自得によるものも混ざってますがね。
「……不思議な感触だな。初めて持つのに、まるで長年使い込んでいた手触りだ」
「重さはあるのに、負担が全然ないね」
「剣というより、腕の延長みたいだね」
「軽っ! なにこれ、羽毛!?」
男性陣が各々の剣を手にして、その不可解さにびっくりしています。
どれ、では私も、手に取ってみますか。
「わぁ……」
これは凄い。
私の手を通して、聖なる力が剣の先端まで流れていく感覚。
力の集束。
荒れ狂う神の怒りをこの中に押し込め、ひとしずくの涙に圧縮したような。
よくわからないですけどそんな感じです。喩えも適当です。
剣とか使ったことないし。
でもこれから暗黒騎士としてスローライフを目指すのなら、ある程度は剣も嗜んでおかないといけませんね。
「そう思いません?」
示し合わせたかのように全員が急に黙りました。




