5・二人の出会い
馬鹿王子と馬鹿令嬢のおトイレ事情はほっとくとして、まだ面倒なことになっていないうちにできるだけ遠くに行きましょう。
移動方法は徒歩か馬車かの二択です。
前者ならタダで道を選びながら進められて、後者なら金はかかりますが楽して街道をのんびりと進みます。
「どっちがいいでしょうね」
「途中まで馬車で、国境が近づいてきたら徒歩に移行して、荒れた山道とか掻き分けてこっそり他国に侵入したらいい。もし止められるとしたら国境だからな」
「なるほど」
「それまではさっき買った衣服でコスプレやるのは止めてくれ。兵隊が集まりかねない」
「こすぷれ?」
聞き慣れない単語ですね。職業変更のことでしょうか。
「……とにかく止めろってことだ」
そうなりました。
「おたくら、その若さで旅慣れてるってことはもしかして……いや、もしかしなくても冒険者だね」
「ええ、まあそうですね。まだ駆け出しを卒業したくらいですけど」
「ちょっと遠くに行こうかなと。ここは平和すぎて稼ぎに向いてないんで」
「そうかい。確かになぁ。結界に守られてるからろくに魔物の騒動も起きないだろうし、食いっぱぐれる者も少なくねぇもんなぁ。実はさ、俺も昔は冒険者やっててね。あれはもう、二十年くらい前になるか……」
乗り合い馬車で同席した頭の薄いおじさんと、素性が明らかにならない程度に嘘を交えながら退屈しのぎに話していました。
ですが、やっと一人前になって間もないのは、あながち嘘でもありません。
◆◆◆
もさっとした赤毛とちょっと眠たげな赤い瞳が魅力的な美少女僧侶だった私が、初仕事となる悪霊を鎮める依頼を受けたのが今から四年前──十七歳の時でした。
墓地にさまよう何体もの悪霊たちが、村のほうまで流れてこないうちにどうか退治なり浄化なりしてほしいという依頼。
新人僧侶が受けるにしては少し手に余る内容でしたが、他に受ける人もいなかったので私が立候補しました。
なぜ守護結界が張られているのにそんなことが起きたのかですが、この頃の国内は聖女がいない空白の時期だったからです。
当代の聖女がかなりのお年で、結界を張るための力は全盛期に比べすっかり衰え、ついに職を退くことになりました。
そのため、新たな聖女が現れるまで、神殿は結界の維持に全力を注がざるを得なくなったのです。聖別された水晶や石碑などを各地に配置することで結界の効果が弱まるのを緩やかにしていたと聞きました。
しかし、それはあくまでも一時しのぎに過ぎません。
聖女がいなければ、守護の力が落ちていくのはどうしても止められないのが実情です。
そうなれば、綻びの数も増え、穴も大きくなるわけで。
一般の方々は不安を感じていたようですが、厄介事を解決する厄介者である我々冒険者にとって、これはありがたい事態でした。
私のような新人にさえ仕事が回ってくるほどギルドは慌ただしく活気づいていたのです。世の中が危なっかしくなると景気が良くなるとは、冒険者とはつくづく因果なものだと思わざるを得ません。
「……なあ、僧侶のお姉さん。一人かい」
「一人といえば一人ですね」
「奇遇だな。俺もそうなんだよ」
依頼をギルドで引き受け、数日かけて件の村へと着くと、既に先客がいました。
目つきのよろしくない少年です。髪も瞳も真っ黒でした。
武器の類いは身につけておらず、装備は、薄い革鎧と短めのマントくらいのもの。
魔法の使い手にも、筋骨隆々とした大男にも見えません。どこにでもいる普通の体格です。これでどうやってここまで来れたのでしょう。
「あんたも悪霊退治の依頼を受けたクチか?」
「『あんたも』ということは、あなたもそうなの?」
「まあね」
少年が不敵に笑いました。
これが、私とリューヤの出会いです。
ちなみに彼は彼で、杖持った若い女の子が一人でよく来れたものだと思ってたとか。頼りなさげなのはお互い様だったようですね。
かろうじて存在する酒場で三級品の果実酒をちびちび飲みながら、私と彼は日が落ちるまで時間を潰していました。
成人してないうちから酒を飲むのは町や都であまりいい顔をされませんけど、こうした田舎ではいちいち釘を刺す者もいません。
ましてや果実酒ですからね。ほとんど水みたいなものです。
「盗賊なのにこの依頼を受けたの?」
「どうやって悪霊どもを祓うのかって言いたいんだろ? ま、そこは奥の手ってやつがあってね」
まだ幼さの残る十三歳の少年が、不敵な笑みを見せてきました。
「自信満々ですね。となると、この依頼は早い者勝ちになるのかしら」
「それでもいーし、折半でも構わないぜ?」
「あなたの話が真実かどうかによりますね。結局あなたが駄目だったら私の総取りになりますもの」
「僧侶のくせに儲けにうるさいねぇ」
「それくらいじゃないと一人でやってけませんよ」
「そっか、一人じゃそうだよな……」
盗賊少年は急に難しい顔になって考え込み始めました。この一件が片付いたらどこかのパーティにでも入れてもらおうかと悩んでるのかもしれない。そんな様子でした。
「薄暗くなってきましたね」
そろそろ頃合いと判断し、木のグラスに残っている出来の悪い果実酒を飲み干し、杖を手にして酒場を出ました。
今から行けば、墓場に着く頃には実体のない方々が総出でお出迎えしてくれるでしょう。
「なあ、僧侶の姉さん」
「どうしました?」
「さっきの話なんだが…………いや、後にするわ」
「?」
何の話でしょう。報酬についての話し合いとか?
折半がどうこう言ってたし、きっとそれだろうと私は勝手に思い込んでいました。
「いますね」
「ああ。ぼんやりとした青白いのが、三……いや四体いるな」
「一人二体ずつ祓いますか?」
「ま、そいつが妥当かな」
物陰に潜んでの相談も終わったところで、私達は二手に分かれました。
さあ、初仕事の始まりです。
「……ええっと…………死したる者に安らぎを。地上にて迷うことなく、穏やかに眠りたまえ……」
慣れない浄化の言葉を唱えると、それまで敵意と恨みをこちらに向けていた悪霊たちが、とまどい、大人しくなっていきます。
厳しい形相から険が抜けて、それが微笑みへと変わり、そして、気泡が弾けるように消えました。未練から解放されたのです。
これで駄目なら光の矢でも撃ち込むしかありませんでしたが、上手くいってめでたしめでたし。
「あの坊やは──」
どうなったのかなと思っていた、その途中で、まばゆい光が瞬時に墓地を照らしました。
「くっ……!」
月明かりが多少あったとはいえ、それでもかなり暗いことに変わりはありません。
その暗さに目が慣れかけていた矢先にこの輝きです。普段より倍増しでやられ、視界が全く効かなくなりました。
「あー、悪りい悪りい。一声かけておくべきだったな。すまんな僧侶の姉さん」
少しは申し訳なさそうな雰囲気を宿した犯人の声がしました。あの小僧です。
「これが、奥の手ですか」
何も見えないので声の聞こえた方向に語りかけます。
「なかなか派手な一発だったろ?」
「ええ、おかげ様で帰る道すらまるでわからなくなるくらいにね。……再起の光よ」
自然に治るのを待つのも面倒なので、不具を癒せる魔法を瞳にかけることにします。
「やっと目隠しから解放されました」
ぱっちりお目目で辺りを見渡すと、夜の墓地にいるのは私と盗賊少年だけでした。悪霊の姿は影も形もありません。元から無いようなものでしたが。
先ほどの強烈な光を浴びて消し飛ばされたのでしょう。
「さ、やる事済んだわけだし、あのしみったれた酒場に戻ろうぜ。お粗末な果実酒で乾杯といこう。いや、その前に村長のとこ行って、寝泊まりできる場所を融通してもらうか」
踵を返して村へと戻る少年の後を追いながら私は、得体の知れない底知れなさと無邪気さを彼に感じていました──
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