47・幻の金属
昨日買ってきたばかりの、長方形のテーブル。
長い一辺の前に家主の私が座り。
短い一辺の前に王女様が犬猿の仲の相手と向かい合う形で座り。
それぞれの従者は、それぞれの背後に直立して控えています。
私の右側には、袖無しの稽古服とゆったりしたズボンに膝下まであるブーツをはいた、ユーロペラ様。
私の左側には、簡素な黒いドレスの上から白のマントをまとう、スィラシーシア様。
ユーロペラ様のお付きの方は、リマさん。
物心ついた時くらいから仕えていたそうで、年齢もユーロペラ様と同い年、十八歳の女性騎士だそう。栗色のクセっ毛が実年齢より何歳か若く見せてますね。
鉄の肩当てと胸当て、それに籠手という、ほどほどの軽装です。
スィラシーシア様のお付きの方は、ナーゼリサさん。
こちらは主より三歳ほど年下です。スィラシーシア様が十九歳だというので、なら彼女は十六歳ですね。黒髪ショートの眼鏡さんです。
いいとこのお嬢様が普段着ているような衣服の上から、真っ黒いローブを羽織っています。
王女様二人はさっきまで言い合っていましたが今は静かになってくれました。
まだ本格的にやり合うほど荒れてはいませんが、時折剣呑な雰囲気になるので、いつ始まってもおかしくない不安を孕んでいます。
こちらから離れたところにあるテーブルでは、四人と一体がワイワイ騒いでいます。まだ私を使った賭けのことで揉めてる模様。
楽しそうでいいですねそっちは。
私は何もしてないのに針のむしろに座らされてる気分です。この方々の態度いかんでスローライフ終わりかねないので。
また根なし草生活が始まるかも、という覚悟はしておきましょう。
覚悟は絶望を吹き飛ばしますからね。それにも限界ありますけど他にできることなんて皆無です。
「つまらない言い争いなどしても、時間の無駄ですわね」
やっと用件を切り出してくれるようです。
「単刀直入に言いましょう。あなた、オリハルコン──という名前を聞いたことはあるかしら?」
「……いや、ないですね。無学なもので」
人なのか土地なのか物なのかすらピンときません。
「幻の金属。この世の果てよりも遠き地からもたらされたとされる、無類の固さと軽さを併せ持つが故に至高石とも呼ばれた物質よ」
「そんなものが実在するのですか」
「それを用いて造られた武器が、たった二つだけ現存しているわ。一つは聖教国の至宝、聖剣エデン。もう一つは魔族の王国、天魔国の歴代魔王のみが所持を許される魔槍、パンデモニウム」
「未使用なものはないんですか」
「原石っつーのか鉱石っつーのか、元々のまっさらなオリハルコンはもうこの世にないんじゃないかって、学者や魔術師といった頭でっかちな連中はそう結論づけてんだよ」
するりとユーロペラ様が話を引き継ぎました。
仲悪いにしては不自然さや変なズレもなかったですね。もしかして、喧嘩するほど~とやらでしょうか。
スィラシーシア様も、何か皮肉くらい言うかと思ったら、黙って引き継がれてるし。
どこでどう知り合ったかは全く謎ですけど、案外いいコンビなのでは? 地位もどっこいどっこいですし。
それで話の核心ですが、ここまで言われればこの後の展開はもうわかりますよね。
「ところがね」
スィラシーシア様が左手人差し指を一本、スッと立てました。
「見つかった──と」
左右双方にいる王女達が、ほぼ同時にこくりと頷きます。
そうでしょうそうでしょう。
これで見つかってないなら、なんでこんな前フリでもない話をしたんだって事になりますからね。
「しかしまた、なぜそんな極秘の話を私に? 鍛冶などできませんし錬金術もまるで知りませんよ?」
私は冒険者やってた野良僧侶が聖女から暗黒騎士にクラスチェンジして呪い師のふりをしてるだけなんですから。
何か変なクスリでもやってるのかと疑われそうですけど真実です。
やれることなんてポーション作りくらいですよ。
それなら文句無しの天下一品ですけどね、ムフフ。
「そこは心配なさらなくて結構。わたくしが依頼したいのは、封印の解呪なのよ」
「私もさ」
「まあ、お聞きしましょう」
そうして、余計なものをふんだんに挟み込んだクソマズサンドイッチみたいな説明タイムが始まりました。
王女様たちの無駄な罵り合いなんか食えたもんじゃねえと全て抜き取って要点だけかい摘まむと、
・ユーロペラ王女はかつて武者修行のさなか、偶然『夜の国』に迷い込み、そこでスィラシーシア王女と出会った
・こちらも偶然、スィラシーシア王女は退屈な王宮を抜け出ていた
・二人は見事なまでに水と油の存在である
・ユーロペラ「ケッ、なんだかんだ世話になったからうちに来たら世話返ししてやるよ」
・一年後
・スィラシーシア「お久しぶりですわね、ガサツな王女さん。あの約束、まさかお忘れではありませんよね?」
・暇潰しに廃坑探索
・スィラシーシア王女、何かを感じ取り、巧妙に隠されていた通路を発見
・ユーロペラ王女、行く手を塞ぐ門を拳で破壊
・大人が一抱えできるサイズのオリハルコンを崇める一団と遭遇
・一団は、王女たちを生贄にしようと嬉々として襲いかかるが撃退され、リーダー格の神官が己の命と引き換えにオリハルコンに呪縛をかける
・迂闊に触ると命に関わるレベルの呪い
・でもオリハルコン欲しい
・一旦解散
・ユーロペラ「抜け駆けするなよ」
・スィラシーシア「そちらこそ」
──こんな具合です。
「思いっきり抜け駆けしてませんか」
私がそう問うと、二人は目線をテーブルのほうにそらしました。人並みに後ろめたさはあるようです。
貴族はこういう時に耳が腐りそうなくらい嫌らしい開き直りするものだと思っていただけに、そのバツの悪そうな態度に、なんか好感が持てました。
しかし抜け駆けは抜け駆けです。
お二方の罪の意識はどうでもいいとして、そうですか。
どんな危ない企みの片棒を担がされるのかと冷や冷やしてましたが、それなら了解してもいいでしょう。
それでも騙されてる可能性もなくはないです。
なので、そうなった場合、私が死んだりしたらサロメにこの国と夜の国を焼き払ってもらうよう頼んでおきますか。転ばぬ先の皆殺しです。
嘘がないとしても、全て滞りなく終わった後で口封じされるかもしれませんしね。
真面目に語っても世迷い事と相手にされないような中身ではありますが(だからこそ初見の私に教えてるのでしょう)。
さあ、今後どうなるかは、この方々の誠実さにかかっています。




