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ごめんなさいね、もう聖女やってられないんですよ   作者: まんぼうしおから
第一章・聖女をやめて新天地へ

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43・因縁の決着

「わかりませんね」


 クリスティラは腰を落とすと、炎獣の杖と名付けた愛用の得物を槍のように持ち、どっしりと構えた。

 なぎ払ったり振り下ろしたりと多様な使い方をするのではなく、突きに特化した構えだ。

 先端に付いている魔獣の頭が、濁った暗い瞳でダスティアを睨み付けていた。


「何の事かしら?」


「あなたの事ですよ、聖女ダスティア」


「わたくし? わたくしの何がわからないというの?」


 ダスティアは握りしめた鉄の拳を後方に引き、前方に生身の腕を軽く突きだす。


 …………何か怪しい。


 クリスティラはそう感じ取っていた。

 盾も籠手も武器も持たぬ左腕のほうをこれ見よがしに突き出している。

 それはいい。

 いかつい右腕を思いっきり後ろに引いて力を込めているのだ。ならもう一方の腕で敵の攻撃を捌かねばならないのだから、自ずとそのような形にならざるを得ない。

 しかし、その構えが素人のそれとなると話は違う。

 無論、接近戦をしたことも一度や二度ではないとはいえ、クリスティラは体術だの拳闘だのにさして詳しくはない。そんな彼女ですら一目瞭然なほど、ダスティアの左手は、五指を軽く開いたまま前方へと伸ばしているだけなのだ。

 どうか叩き潰してくれと言わんばかりの、隙だらけな左手を。


 おかしい。

 やはりおかしい。

 かつて不慮の事故で右腕をメチャメチャにされた者が、そんな無謀なことをやれるものなのか。しかもその張本人である自分に対して。


 意味不明なまでのダスティアの度胸の良さに、クリスティラはどうにも拭えない違和感を覚えていた。


「何をどうしたら、私とまともにやりあえるようになったのかです」


 向こうの興味を引きそうな話を振りながら、ある()()()をクリスティラは密かに試みた。

 仮にバレても別に問題はない。罠ではなく、嫌な予感に対する自衛策──転ばぬ先の杖に過ぎないからだ。


(どうせバレないとは思いますけどね)


「それは先程も言ったでしょう? そこにいる葬送の巫女から譲ってもらった、『神の聖水』で喉を潤したからよ。ねえ?」


「その通りです」


 観戦するだけで手出しするそぶりなど一切見せない喪服の女性が、ぽつりと言った。


「偉大なるヌァカタ神は、腕や手に関連した苦難を受けた者にこそ、慈悲と祝福をお与えになるのです。ましてやダスティア様は、高貴な血筋にして、聖女として選ばれしお方。他を圧倒する劇的な力を得ても、至極妥当というもの」


「今回の件が決着したら、あなた達の……スワ教団といったかしら? エターニアでも活動できるように色々と手を打ってあげるわ。楽しみになさい」


「あぁ、なんと有り難いお言葉でしょうか。その寛大なご厚意に、まことに感謝いたします、聖女ダスティア様」


 何の感情も抑揚も込められていない、棒読みの感謝が垂れ流される。

 しかしダスティアはそれに気づくこともない。本意を読み取れるほど彼女は人の態度に敏感でもなければ(さと)くもない。

 好意や敬意を浴びることしか頭になく、それが当たり前の日常だった。

 そのため、自分に対する悪口や苦言への耐性が全くといっていいほど、ない。

 だから、ささいな皮肉でも間をおかず沸騰するのだ。絶えず褒められることしか望まないのだ。取るに足らない初歩の神聖魔法が使えるだけで持て囃されて、結界の聖女などという高望みに手が届くと慢心したのだ。


「話の腰を折るようで申し訳ないですが、その感謝はするだけ無駄ですよ。飲み薬とオモチャに頼る世間知らずのお馬鹿さんが勝てるほど、私は弱くもなければ甘くもないのでね」


「なっ、何ですって……よくも!」


 ダスティアがまたもあっさり煮えたぎる。

 やはりダスティアはダスティアであった。強くなろうが速くなろうが、その本質は、煽り一発で吹き飛ぶ紙切れのような理性しか持ち合わせていないのである。

 せっかくの力もこれじゃ持ち腐れでしょうね、とクリスティラは内心で呆れ返っていた。


「…………」


 葬送の巫女と呼ばれた女性は、我関せずとばかりに無言のままだ。

 黒いベールで隠しているので素顔を見ることはかなわないが、多分最初からずっと変わらず無表情なんじゃないかなと、クリスティラは予測していた。


「死んでしまいなさい! この脂身!」


 身も蓋もない内容の金切り声を上げながらダスティアが駆ける。

 この罵倒には正直かなりピキッときていたようだが、クリスティラは冷静さを崩さずに敵の突撃に応じた。

 策も技も何もない、ただ勢い良く走って殴りかかるだけ。それがダスティアのやり方だ。馬鹿の一つ覚えとも言う。

 子供の喧嘩とやってることは変わりない。威力や速力は段違いだが。


「あら?」


 ダスティアの鉄腕に刻まれていた、妙に角ばった文字らしき無数の模様が淡く光り、練気……いや、聖なる力らしきものがみなぎるのをクリスティラは感知した。

 淡い光は鉄腕に絡み付くようにうねり、ぐるぐると激しく渦を巻く。


(アレは……壊せないかもしれませんね)


 杖の先端にかけてある『円盾』は今のところ五枚。

 かよわい令嬢一人潰すには過分すぎるが、あの拳を破壊するのは難しいかもしれないとクリスティラは睨んでいた。


「食らええぇ!」



バキィン!



 五枚のうち、直撃を受けた一枚が容易く割れた。

 円盾を壊されたのは、クリスティラにとって実に久々の出来事である。


(岩石竜をぶっ叩いた時以来ね)


 ──余談ではあるが、その時に閃いたのがあの竜叩きである。

 なお試金石として使われた岩石竜は粉々になった。



 こうして一方が劣勢になったかに見えた聖女同士の激突だったが、もう一方もただでは済まなかった。


「チッ、弱まりましたわね」


 ダスティアが鉄腕をチラリと見る。

 激しくまとわりついていた光の渦、その勢いが少し緩やかなものになっていた。


「フンッ!」


 気合いと共にダスティアが鉄の拳を握りしめると、再び、光の渦が激しさを増していった。

 同時に、クリスティラも円盾を補充していた。

 双方軽い消耗で済んだ、いわゆる痛み分けである。


「どうしました、まだ始まったばかりですよ? もう疲れ果てましたか? 情けないですね」


「そんなわけないに決まってるでしょう! わたくしは常に絶好調なのよ! あなたの首をねじ切りたくて仕方ない、今は特にね!」


 ダスティアがまた安い挑発に乗ってさっきのように襲いかかり、一騎討ちが再開される。


 弱まる光の渦、割れる円盾。


 強まる光の渦、新たな円盾。


 同じことの繰り返しが何度も続く。どちらも打開できずに一進一退の攻防が続く。


 ──と、思われていた。


「そりゃあ!」


 クリスティラの大振りが横に払われた。

 だがダスティアとの距離は離れており、杖の先っぽにいるバーゲストの鼻面さえかすりもしない。


「おほほほ、お馬鹿さん! 間合いも分からな……」


どぼっ!


「ぶはあっ!!? おっ、おぼぼお~~~~っ!!」


 腹部に強烈な打撃を受け、たまらずダスティアの体が「く」の字に曲がった。

 飛んできた円盾が命中したのだ。


「やったぁ!」


 少女のような可愛らしい声で、無邪気に喜ぶクリスティラ。


 空振りと見せかけて、五枚ある円盾の一番外側にあるものを瞬時に切り離す。

 切り離された円盾に、隣合っていた円盾を叩きつける形となり、反動で飛ばされていくという寸法だ。

 リューヤに見せた際に「野球のノックみたいだな」と言われたのを機に、クリスティラは(意味はわからないが)この技を『ノック』と名付けた。

 これまでのやり取りでダスティアの動きを読み切ってからの、見事な一撃だった。

 近づきすぎていれば杖そのものを警戒されるし、離れすぎていれば避ける余裕が生まれる。丁度いい距離はどのくらいかを、小競り合いの中で探っていたのだ。


 痛みに悶絶しながらダスティアが胃の中身を吐き出す。(動きやすさを優先してある作りの)華美な衣装が、ワインと菓子と胃液の混ぜ物にまみれていく。


「あっぐ、おぶぉ、こんな、こんなぁ」


 汚れる。

 汚れていく。

 美しいわたくしが汚れていく。


 またしても。

 またしてもこんな目に。


 第三王子・フールトン様の私室に閉じ込められた、あの時。

 腕の痛みにさいなまれながら、利き腕ではない無事なほうの腕を使い、家具の陰で用を足そうとしたが、どうしても上手くいかなかった。片腕では無理がありすぎた。

 恥を忍んでフールトン様に助力を頼んだが、時すでに遅かった。

 何度も頼み込んでようやく願いを聞き届け、渋々近寄ってきたあの方の前で、限界を迎えたわたくしは、何もかもぶちまけた。慌てふためき、もんどり打って倒れた。その時にぐしゃぐしゃになった右腕を強打し、のたうち回った。ドレスも髪も肌も、自らの出したものにまみれた。

 部屋に張られた結界が解除されるまで、わたくしは地獄を味わっていた。


 その地獄が、また。


「あらあら? 食あたりですか、聖女様?」


「おっ、おのれっ、ブタぁっ」


 涙ながらにダスティアが怨敵を睨み付ける。息も絶え絶えに。


「知ってます? 豚って意外とキレイ好きなんですよ。実家が畜産を営んでいた冒険者仲間がいましてね、その人から聞きました。つまり、私が豚なら、あなたは豚以下の汚ならしい存在ってことですね」


「うがあぁっ!」


 怒りのままにダスティアが左手をクリスティラへと突き出す。

 中指の指輪にはめられていた魔石がきらめき、光線が一直線にクリスティラの胸元へ──


「やっぱりね」


 クリスティラはあらかじめ左手にかけておいた『鏡盾』をかかげ、謎めいた光線を反射する。

 反射された光線は元来たルートをそのまま戻り、ダスティアの左手へと帰宅した。


「あうっ!?」


 爆発音。

 弾け飛ぶ指。

 焼け焦げる手。


「あ、あ、あ……………………あっぎゃああああああああっっ!!!」


 一呼吸置いて、自分の左手がどうなったのか確認し、理解した後……ダスティアは絶叫した。人生最大の絶叫だった。



「このタイミングで撃ってどうするんですか。まあ、不意を突こうとしても無駄だったでしょうけど……それにしたって雑すぎますよ。苦し紛れにやるものじゃないですね」


 戦意喪失どころではなくなったダスティアを見て、因果応報という言葉がこれほど似合う人もいないなと思う、クリスティラであった。

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