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ごめんなさいね、もう聖女やってられないんですよ   作者: まんぼうしおから
第一章・聖女をやめて新天地へ

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4・転職しますか

「あばよ婆さん。もうこのボロ屋に戻ってくるかどうかわからんから、部屋に残した物は勝手にしてくれ」


「ふん、そのボロ屋に二年近く居座ってたのは、どこのどいつかね。どうせ置いてくのも価値のないガラクタばかりだろうし、期待出来そうにないね。……けどまあ、捨てるのも勿体ないから、餞別代わりに頂いとこうかね」


「あーそうかい。達者でな」


「ヘマやってそこの姉さんに尻拭いさせないよう、頑張るんだね」



 こうしてリューヤは古巣を後にしました。


 後で聞いたのですが、持っていかなかった品物は、


『石投げ猿の毛皮』(ボロボロ)

『錆びた包丁』(刃こぼれもしてる)

『酒瓶いくつか』(中身などあるわけもなく)


 こんな感じだそうです。あのお婆さんにぬか喜びさせるためのラインナップとしか思えませんね。



「これからどうするんだ? 一応、必要な物からあまり使えそうにない物まで、あらかた『隠匿』したけどさ」


「そうですね。水と食べ物を仕入れましょう。たくさんね。あなたがいればどれだけ買い込んでも問題ありませんから」


「酒もな」


「……程々にしなさいよ?」


「わーってるよ」


 彼のこの言葉は半分は正しくて半分は嘘です。わかってはいてもついつい飲みたくなるのが酒ですからね。


 ところで、リューヤが言っていた『隠匿』ですが、これは彼の持つ極めて珍しいスキルの一つです。


 世の中には保管系のスキルがいくつもあると言われています。

 明らかに収まりきらない量の物品を箱や壺などにしまい込むことができる『大量収納』のスキル。

 入れ物の中身を共有できる『同一保管』のスキル。

 壊れた物品を入れておくと勝手に直る『自然修復』のスキル。

 どれも笑ってしまうくらい便利なスキルばかりで、このいずれかを持っている人物は、例外なく商業の世界でのしあがれるでしょう。


 では、リューヤの『隠匿』はどのような性能なのか。

 それは、自分の手元というか周囲に存在する特殊な空間に物品をいくらでも引きずり込めるという、これまた異様なものです。

 しかも、しまわれている物品は劣化しません。

 果物はいつまでもみずみずしく、肉や魚は腐ることもなく、温かいスープも冷めることなく熱を保ち続けます。だからどれだけ食糧を買い込んでも構わないと私は言ったのです。

 欠点があるとするなら、リューヤの体格と比べてあまりにも大きいものは無理なところですが、これはもう欠点というか、無理やり駄目なところを探してるに等しいですね。


「市場行くか。あそこならたいていの物は揃う」


「装備品もちょっと見たいですね」


「新しい杖やローブでも買うのか? なら俺も自分用のものを買い換えるかな」


「いえ、新たな職にふさわしいものを見つけようと思って」


「?」


 聖女はもうこりごりです。今度はできるだけ真逆の職業を選ぶことにしましょう。

 そう、その職業とは──





「暗黒騎士です」


「ンな職業ねーよ」


 リューヤが一刀のもとに切り捨てようとしてきましたが、それは読めていたので防ぎます。


「書物で読みました。──大いなる奈落の加護を受けし、暗黒の騎士。その者が大陸を闇に包もうとした時、三人の英雄が立ち上がり、その悪しき野望を粉砕したと」


「うろ覚えだけどよ、なんちゃらサーガ……だっけ、それ」


「『デルタソード・サーガ』ですね」


「おとぎ話だよな」


「そうとも言えません。三人の英雄がいたことだけは確かですから」


「やっぱおとぎ話だろ」


「聖女である私が第二の暗黒騎士になるなんて、なんという皮肉でしょうね……」


「おい」


 理屈ではこちらが不利なので会話を終わらせて追撃を防ぎます。



「これなんてどうでしょうか」


「聞かないとわからんなら言っても無駄だろ」


 水や食べ物、薬草などを買い込み、次に向かった武具店で私は理想的な品を物色していました。

 そこで目に飛び込んできたのがこの角つき兜です。

 金属の突起がついてるのではなく、マジの角が二本くっついています。曲がりくねった形状からして羊のものでしょうか。

 角の中はくり貫かれてるのか重量はさほどなく、兜そのものも薄い鉄板と布でできているので、長時間かぶっていても疲れなさそうです。防御力はお察しですけど。


「その格好でその被り物したら邪教の神官にしか見えねーんだよ」


「それはマズイですね。私は神職の類いにはもう二度とならないと決めましたから」


「それ以前に危険人物すぎるわ。田舎とか行ったら不吉をもたらす怪人扱いされて袋叩きにされるぞ」


「わかりました。違和感を無くせばいいのですね」



 柄の辺りに骸骨のついた剣と真っ黒なマントをさらに探してきました。これならタチの悪い神の下働きではなく、奈落の御子として申し分ない見た目でしょう。

 なお、骸骨剣はリューヤの見立てでは普通の出来のどこにでも売ってる片手武器らしいです。

 マントはあまりいい布が使われてない雑に染められた安いマントでした。これは私でもわかりました。


「まさか悪化するとはな」


 観念するかと思ったのに、まだ気に入らないのですか。リューヤは変なところで意固地ですね。酒でも飲ませたら従順になるかしら?


「これ以上どうしろとおっしゃるの?」


「その姿を見て世間はどう対応してくれると思う?」


「恐るべき暗黒騎士の再来だと、恐れ敬うと睨んでいますが」


「お前がそう思うならもうそれでいいよ」


 やっと論破できました。



「本当に買うのかい?」


 私が暗黒騎士の正装一式をカウンターに持っていくと、モジャモジャ髭の店主さんがなぜか胡乱な目をして聞いてきました。


「売り物として置いていたのではないのですか?」


「そりゃそうだが、倉庫の肥やしにしとくよりはマシかと思って置いといただけなんだが……世の中わからんもんだ」


「この世には必要とされてないものなど一つもない……そういう事ですよ」


 つい慈愛に満ちた発言をしてしまいました。困ったものです。

 やはり私は根っからの聖女なのでしょうね。


「実に素晴らしい言葉だが、こんなことで言うべきもんじゃないと思うね」


 どこか歯切れの悪いことを言いながら、髭店主さんはお釣りを計算していました。



 私の後にリューヤも小物やベルトなどを購入し、これで買い忘れが特にないことを確認すると、二人で店を出て、そのままこの王都から出ることにしました。

 追っ手も来なければ騒ぎにもなっていないので、まだ余裕はありそうです。


(今頃あのお二人はどうしているでしょうね。わめき疲れてへたり込んでるか、それとも恨みに歯ぎしりしているか)


「ふふっ」


「どうした急に」


「いえ、何でもないです。そんなことより夢のスローライフ目指さないと」


 あることを思い出し、つい笑いがこぼれてしまいました。


 あの部屋には、()()()()()()()が無かったことを。

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