37・私にとっての本命
大いなる奈落に仕えし我々暗黒騎士の一団に足りないもの、それは社交性です。
この発言を聞くと大半は「純真なお前と皮肉屋小僧は冒険者稼業やってたんだから、外面の良さなんて自然と身に付いてるだろう?」等と疑問を返してきますが、それがそうでもありません。
綺麗な世界と薄汚れた世界とでは、正しい振る舞いや物言いにも、大小様々な差異があるのです。困ったことに。
筆を手に取り羊皮紙に走らせる者と、剣を手に取り敵の体に斬りつける者。両者を同じテーブルに向かい合わせて語らせようものなら、ほぼ間違いなく、話が噛み合わず苦笑いに終始するか、途中で苛立ちが限界になりどちらか一方(もしくは両方)が席を立ちそのままお開きとなるはずです。業界が違うと吸ってる空気も種族すらも違うとばかりにね。
もう少しわかりやすく言うと、商売人同士の常識もとい暗黙の了解なんか荒事専門職にわかんねーよってことです。殴り合いに勝った方の言い分が通るとかならシンプルでいいのに。
「持つべきものは人脈だな」
「それに尽きますね」
「魔物や悪党じゃなくて世間様を相手にすると、それをつくづく痛感するよ。はぁ……」
「冒険者もそれなりに人付き合いが必須だけど、やはり個人の力が一番重要視されますからね。揉め事を嫌う八方美人は逆に軽んじられますもの。そこが利益を何より重んじる商売人とは違うところです」
「どちらにせよ馬鹿は生き残れないけどさ」
「自分が馬鹿だとわかってない馬鹿はね」
自覚のあるお馬鹿さんは与えられた仕事しかできないしやらないので、調子に乗って泥沼にハマることも向上心に突き動かされて飛翔することもなく、日々を怠惰に過ごすのみです。それがいいのか悪いのか私には結論が出せませんが、楽しくはない人生でしょうね。
そう、神殿に抱えられてた頃の私みたいに。
「きっと魔神様がお待ちかねですから、寄り道せずに帰りましょうか」
「ずっと一人にしておくのも不安で仕方がないからな。さっさと帰ろう」
「人とか襲ってたり~♪」
「人とか食べてたり~♪」
「「人間大好き~~♪♪」」
「不吉な歌やめろ」
「まあまあ、歌くらい許しなさいな。こんな晴れた日ですもの、即興で口ずさみたくもなるでしょ」
「歌うのが問題じゃなくて歌詞が問題なんだよ」
「予言じゃあるまいし気にしない気にしない。さあ、おうちにレッツゴーですよ」
「浮かれてんな……」
契約も今のところ滞りなく終わりましたし、検査も済めば、後はどのくらい売れてどのくらい儲かるかのみです。
二日前、ポーションを新しい切り口で作った時には、こんな希望の未来が待ってるだなんて思いもよりませんでした。
期待に胸を目一杯膨らませながら、春の終わりの暖かな日差しの元、私は三馬鹿と共にロロ村の自宅まで戻ることにしました。ああ足取りが軽い。
──ベーンウェルの特産である、ベーン豚。
それの串焼きを露店で買い込み、熱いままのやつをまとめてリューヤに隠匿させました。サロメへのお土産です。
手ぶらで帰るのも味気ないと双子がぼやいたのに私とリューヤが乗っかった形になります。
「うまうま」
「もぐもぐ」
我が家まで待ちきれなくなったらしく、双子は帰路につきながら串焼きを頬張って幸せそうにしています。
私も一本いただきたかったのですが、この角兜を着けてるとそれもままならず、渋々諦めました。暗黒騎士が買い食いしながら歩くのもあまりカッコよくありませんから、やめて正解でしょう。
食べたかったですけどね。
どうせ私のことをジロジロと見る人なんてろくにいないだろうから、角兜外して串焼きを貪ろうかどうしようか三度ほど悩んだけどいまいち一歩踏み出せず、気がついたら昼過ぎとなり、自宅が見えてきていました。
「お帰りー」
およそ考えうる中で最悪の展開が手ぐすね引いて今か今かと待ち構えていました。
「……聞きたくないけど、聞かないといけませんよね。……サロメさん、その残骸と化した方々は、一体、どこのどなたなのかしら……?」
魔神と共に出迎えてくれた男女の屍。
それを指差して、何が起きたのか、双子の歌がマジの予言と化してしまったのか……まずはサロメの言い分を聞くことにします。
「えっとね……」
血だらけ(ほぼ返り血でしょうね)の魔神が話す経緯は驚くべきものでした。
大人しく待ってたら外から何者かの殺意が感じられた。
どうもこの家のすぐそばに潜んでる様子だ。殺すのは容易いが誰を狙ったかわからないのもまずいと思い、外壁に背をよせてる何者かのそばに一足飛び瞬間移動。びっくりしたところをすかさず首を掴む。
そこにいたのは二十代の浅黒い男性。
もう一方の手で男性の持っていた剣を掴み、そのまま小枝みたいに刃の部分を握り潰すと、男性は恐怖にさいなまれて脱力した。
「ここに来た名前と理由教えて」と男性の首をやんわり絞めながら聞いた直後に、何処かから矢が飛んできて頭に命中。もう一人いたらしい。
二人いるならこちらはいいかな。
そう判断してさっさと男性の首を引きちぎり、弓使いの元へ向かうことにした。
頭部から生えた矢もそのままに、首無し死体から吹き出る血飛沫を浴びつつ、ある呪いを自らにかける。
また次の矢が来た。今度は胸だ。
しかし飛燕の一撃は当たることなく、いや、それどころかグルリと急反転して、元来たルートを速度そのままに戻っていく。先程使った『矢返し』の呪術によるものである。
矢が飛んできた方向──少し離れた場所の森から悲鳴があがった。女性のものだった。
トンと地を蹴り瞬間移動で森へ。
敵意などを辿ると弓使いはあっさり見つかった。
自分の頭にあるのと同じのが、茶髪を三つ編みにした二十代の女性の、右の乳房に刺さっている。人間にとってそれは重傷だ。
どこの誰かと、目的は何かと聞いても無視するから矢を掴んでグリグリ動かしたら泣きながら答えてくれた。やはり暴力は正義。
自分の名はミレシャ。剣士の男性はガーハス。
エターニア王国を守護する聖女として選ばれた伯爵令嬢ダスティアの依頼で、逐電した元聖女クリスティラの捜索と始末を依頼された。
「それはわかったけど、何故ここだと思ったの?」とのサロメの問いに、弓使いミレシャは胸の痛みに耐えながら「導き手の力だ」と返し、ある物を差し出したのだという。
「……それが何を隠そう、これなのよね。じゃじゃじゃじゃーーん!」
長く美しい黒髪の中から取り出したのは、青い石に紐がついた、簡素なペンダントだった。
「それが、その、導き手なのですか?」
「たぶん」
「たぶんって……肝心要な部分をボヤけさせるのは駄目じゃないですか。もっとハッキリと……」
「でも、あの状況でとっさに罠を張れるとも思えないし、本当のことを吐いたんだと思うけどねぇ」
だとしたら面倒ですね。
ただ、私個人ではなく、私の用いた力──結界のほうに反応したのなら、やりようはあります。
しかしここにきて馬鹿令嬢の刺客とは。しかもそれが、あの狼使いが言っていた二人とはね。
地面に並べられた、首が胴体から分離した男女の遺体を私はまじまじと見つめました。ミレシャという弓使いにも、洗いざらい喋らせた後にガーハスという剣士と同じ末路を辿らせたそうです。首をギュッとして。
「それでサロメの姉さん、他には何を聞き出したんだ?」
「そりゃ当然、他の追っ手についてに決まってるじゃない。ふふん、聞いて驚きなさい。これは予想外よ」
「はよ言えー」
「すぐ言えー」
今回ばかりは双子の言い分のほうが正しいですね。
「こいつらは功を焦った先走り。偵察だけで済ませるつもりが欲が出てこの様よ。で、この後にね、本命がくるらしいの。護衛も兼ねた腕利きを何名も連れてね、うふふふ」
「本命ですか?」
「そ、本命よ」
どういう意味でしょう。
悩んでいるとサロメが悪辣そうな笑みを見せ、こう言いました。
「ふふっ、それはね……あなたにとって諸悪の根源であり、決着をつけねばならない相手──伯爵令嬢にして現聖女、ダスティアよ」




