36・丸投げ
「ここがそのお屋敷なの?」
「歴史ありそうな建物だねー」
「別に来なくてもよかったんですよ?」
私とリューヤだけでよかったのに、何故かついてきたピオとミオ。
リューヤの周りをくるくる回りながら歴史ある屋敷──ガルダン家を眺めています。
「来たものは仕方ない。大人しくしててくれよ?」
無駄な気もしますが一応リューヤが釘を刺しています。刺さってもすぐ抜けそうですが。
「呪い師見習いアルファ、了解♪」
「呪い師見習いベータ、了解♪」
仮面の双子がおどけながら敬礼して返事をしました。どうも釘が刺さってる感じではないですけど、もういいです。やらかしたら罰しましょう。
アルファがピオ(翼の模様ついた仮面)でベータがミオ(鎖の模様ついた仮面)となっています。
今回だけしか使わない本当にどうでもいい説明なので、記憶するだけ脳味噌のスペースの無駄遣いですね。後で綺麗サッパリ忘れましょう。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」
白髪頭の執事さん(ローゼスという名前でしたね確か)に案内され、以前にも来た応接間へ向かいます。
「──奥様、呪い師ティアラ様と助手の方々をお連れしました」
「そう。ご苦労様、ローゼス」
老執事さんは一礼してから応接間を出ていきました。やっぱり名前合ってましたね。
正解したことを喜び、心の中で軽めのガッツポーズしました。
見事な装飾が彫られた椅子に座るのは、この屋敷の主でありガルダン家の当主、魅惑の未亡人ウィレードラ・ガルダンさんです。
……なのですが。
(なんでしょうね、この艶かしい雰囲気)
心なしか、以前会った時よりもエロさが増してるような、色気がさらに強まった気がします。以前といってもまだ一週間も経過してないのですが、どうしたのでしょうか。
……まあ、どうしたもこうしたも、その理由は私の後ろにいる覗き屋から既に聞いていますがね。
義理の息子という若いツバメと一つ屋根の下で背徳の関係になり、もて余し気味だった熟れた身体を肉欲で満たされたが故のことでしょう。要するに男に抱かれて女としての魅力が増したのだと考えてよろしいかと存じます。
なので息子であり彼氏でもあるシュレアさんの方も、多少は凛々しくなってんじゃないですかね。
あの感じでは多少そうなっても焼け石に水な気もしますが……。
「やらしい人だね、ピオ」
「グッとくるよね、ミオ」
私の背後で、女主人を見た感想をぼそぼそと小声で双子が語りあっています。
何がどこにグッとくるのか聞いてみたくもありますがストレートな下ネタかもしれないので遠慮したい気持ちも半々。この美少年達の口からそんな露骨な生々しい事を聞きたくもないし、ここは好奇心を抑えてやめとくのが正解でしょうね。
「何がグッとくるんだ?」
そこにリューヤまでもが声をひそめて参戦しましたのはいいですが何ハッキリ聞いちゃってるのあなた。私の乙女的な葛藤を一瞬でゴミにするとか人の心とかないんか。
「もぉ、リューヤったらぁ」
「そんなコト、聞かないでよぉ」
あいにくと背中や後頭部に目玉がついてないので見えませんが、双子が体をくねらせてるだろうなというのはわかります。声が普段よりも甘ったるくなってますからね。大人しくしてろと言われたのもう忘れたのかしら。
けど、彼らも女性にそういう目を向けるんですね。リューヤへの反応見た限りでは異性より同性が好みなのだと思ってましたがこれは驚きです。
「男にしか興味ないかと思ってたぜ」
「男にしか、じゃなくて」
「男にも、だよ」
クスクス笑う双子に、リューヤは「どっちもかぁ……」と、どこか感心したように言いました。声にこそ出しませんが私も同じ気持ちでした。
「……つまり、我がガルダン家を通じて、ポーションの販売を行いたいと、そういう要件でよろしいかしら?」
「ええ」
「呪い師がそのような商売に手を出すとは初耳ですわね」
「真っ当な、日の当たる側の仕事のほうが、安定した収入が期待できますのでね。呪いをかけたり解いたりなどの依頼は不定期すぎますから」
弟子が増えて何かと物入りになってきたのですよと言うと、当主さんは「そういう事ですか」と頷きました。
嘘ではないです。
勝手に付いてきたこの双子の他にも、我が家でお留守番させているとんでもない居候がまだ控えていますからね。流石の当主さんでもアレと対面したら骨の髄から震え上がるんじゃないでしょうか。
「わかりました。その提案、引き受けましょう」
「「やったね!」」
パチリという音がしたところから察するに、双子がハイタッチでもしたのでしょう。
リューヤが「……だから余計なことすんなって……」と言いましたが、このくらいは別に目くじら立てるほどでもないですよ。
できれば私も混ざってハイタッチしたかったですもの。
断られる可能性もあるかと思ってましたが、やはり彼女としても、息子の命の恩人の頼み事は無下に出来なかったようです。
私の提案そのものにも特に怪しげな点がなく、しかも、ポーションという割りと貴重な道具を取り扱いできれば、ガルダン家としても商売の幅が広がると見越したのも、OKを出した理由でしょう。
義理人情だけで首を縦に振るのは優しいだけの阿呆ですからね。甘さにつけ込んだり、あるいはそれが当たり前だと調子に乗る者が、世の中に多いこと多いこと。私に守られておきながら『壁聖女』などと揶揄してた連中はみんな酷い目に合えばいいのにな。
「ただし、その前にこちらでもポーションの効能や安全性を調べさせて貰いますが、よろしくて?」
「全く構いません。当然のことですからね。それくらいのチェックもやらないほうが、こちらとしても取引相手として不安です」
「ウフフ、それもそうね」
「ふふふっ」
面白さなど一切無い話でしたが笑い合いました。抜け目ない者同士、これからも仲良くやりましょうの笑いです。
「何だろ。不気味で、嫌な笑い方だね」
「含みがありそうで怖いね。キモいね」
「やめろ、鬼に聞こえるぞ。脳天叩き潰されたくなけりゃ馬鹿正直に喋らず黙ってろ」
聞こえていたので契約書交わして屋敷を出た後に順番に頭をどつきました。
不気味だのキモいだの鬼だの言いやがって。二十一歳の乙女に向かってなんて言い草だ。
……それはともかく、商売の話もうまく進みましたし、いよいよスローライフの土台が固まりつつある予感がしてきました──というところで今回はここまで。




