3・リューヤが仲間になりました(二年ぶり二度目)
「リューヤ、リューヤったら。起きて。起きなさい。私ですよ。ほら、起きなさいってば」
金銭欲や名誉欲をくすぐることで、社会に馴染めない方々を世の中のために上手く使い潰すための施設──冒険者ギルドの隅で、自発的に潰れていた元相棒を揺さぶります。
これで起きないなら椅子を引いて床に落とすしかありませんが果たしてどうなるか。
「……あぁ、だりぃ……」
「また昼間からお酒を……って、こんな薄めたのを飲んでるんですか? ゴクッ…………これ、ほとんど水みたいなものじゃない」
こんなのでどうやって酔えるの……?
「……だってよ、しゃーないだろ。ガバガバ飲めるほど、金ねーんだもんよ…………ん、んぁ~~」
目付きの鋭い(今は死んだ魚みたいですが)黒目黒髪の少年が、現状をボヤキながら伸びをしました。
名は、リューヤ。
歳は十七。私の四つ下です。
職業は盗賊。
といっても山賊や野盗の親戚ではありません。この場合の盗賊とは他人の物を奪う犯罪者ではなく、裏社会やダンジョンなどで必要な技能の使い手という意味です。
鍵開け、忍び込み、毒物やナイフの使い方、穏やかじゃない交渉術、斥候役、変装、追跡術……。
……あれ?
犯罪者では?
……ま、まあ、それはそうと、言葉のイメージがちょっとよろしくないためか、最近では『スカウト』という呼び方が使われ始めているようです。
発端は大陸中央にある聖教国とのこと。
やはり信心深い地域では名称も荒っぽいものは好まれないのでしょうね。
言い方を変えても根本的な解決にはなってない気がしますが……何にせよ、一人いると便利な人材なのは間違いありません。「便利」という言葉の意味をどう捉えるかは人それぞれですけど。
リューヤの技量ですが、細かいことに不慣れな私から見ても、盗賊として一流だったと思います。
特に近接戦やナイフの腕前ときたら、生まれ持ったいくつかの特異なスキルと相まって、恐るべき成果を上げていました。
それがこの自堕落な生活の日々で、どこまでなまくらになったのかはわかりませんが、以前より研ぎ澄まされてることはないと断言できます。
だってこれですよ?
この様ですよ?
やる気の欠片もない毎日を送っていたに違いないじゃないですか。
酒浸りにならなかったのは褒めてもいいですが、それは自制が効いたのではなく金がなかったからに過ぎませんしね。評価してあげるべきではないです。
ブランクあるのは私も同様ですけど、それにしてもこれは酷い。
こんなの連れていっても国外に逃げるための手助けではなく足手まといになりかねませんね。起こしておいてアレですが、また寝かせてあげましょうか。お尋ね者になるのは私一人で充分です。
「……相変わらず口うるさい女だな、クリス。それに、その格好、なんだか昔を思い出すぜ」
やっと目に光が戻ってきましたね。
「昔って、たった二年前じゃありませんか」
「昔は昔だ」
「そういうのは後にして。あまりモタモタしないでさっさと本題に入りたいの。いいですか?」
「なんだよ藪から棒に。服だけじゃなく、杖にカバンにブーツまで懐かしいので揃えやがってよ。まさか聖女でもクビになってこっちの道に復帰するってか? ハハハッ」
「話が早いですね。では行きましょう」
私は返事を待たずに彼の腕を引きました。
「待て待て待て」
「そういう困惑は後にして。あまりモタモタしないでさっさと旅に出たいの。いいですか?」
「本気なのか? 本当にクビになったのか?」
「そういう質問も後にして。あまりモタモタしないでさっさと準備を整えてほしいの。いいですか?」
「わかった。わかったから、そのループ口調やめてくれ。久しぶりに喰らったがやっぱり圧が凄すぎる」
「素直でよろしい」
こうして私は、感動の再会を経て、リューヤを再び仲間にしました。
「……という事です」
「……………………」
リューヤの寝泊まりしている安宿に向かう最中、私はこれまでの経緯を、神殿生活の愚痴をふんだんに交えながら語りました。
「ちゃんと聞いてました?」
「聞いてたから絶句してたんだろうが」
相槌とか全くないから聞き流されてるのかなと思いましたが違ったみたいです。
「上流階級への暴力に暴言、さらには監禁。そんな重犯罪やらかした輩がよそに逃げる片棒担げと言われて、世間話感覚で受け答えできるわけねーだろが……!」
だんまりから一変、胸ぐら掴んできそうな勢いでまくし立ててきました。
「身長伸びましたね」
「急に話を曲げるな」
「いや、こうして久しぶりに二人で歩いてて、違和感があったものだから。以前は目線が同じくらいだったのに……体格は成長したんですね」
「まるで中身は変わらずといいたげだな」
「そう聞こえました?」
「聞こえましたよ聖女さま」
「もう聖女ではないですよ。ただの美女僧侶クリスティラです」
「ケツデカ僧侶の間違いだろ」
バシイッ
「あだっ!」
生意気な小僧の頭に私の杖が襲いかかりました。
「あたた……」
頭をさするリューヤ。
「頭蓋骨がへこんだかと思ったぜ」
「余計な言動をすれば相応の罰を受けるものです」
「お寺の座禅じゃねえんだぞ……」
よく意味のわからないことをリューヤが呟きました。
この子は時々こうした不可解な内容を漏らすのです。まあほとんど無駄なたわ言なので気にするまでもないのですが。
そうして和やかに話に華を咲かせていると、リューヤの本拠地に到着しました。
なかなかに年期の入ったボロさです。小綺麗な廃屋とでも呼ぶべきでしょうか。住もうと思えば住めますよ、お薦めはしませんがね、という感じです。
「本当にここなの?」
「そうだよ」
「人のことを重犯罪者だの何だの言っておいて、あなたこそ後ろめたいことをしでかしたのではないですか?」
「なんでやねん」
「でなきゃこんな潰れかけの……」
「大きなお世話だね」
横合いからしわがれた声が入ってきました。
目を向けるとそこには、くしゃくしゃの顔の真ん中に長い鼻を生やしたお婆さんが一人。
薄汚れたケープ等の衣服も含め、安宿に負けず劣らずの年期が入った見た目をしています。奥深い森に潜む人食いの妖婆だと言われたら誰も疑わないでしょう。
「ビリジア婆さんだ。ここの宿の女将でな、とにかくケチで有名だ」
怪しいものがありましたが人間だったようです。
「ケチは余計だね、クソ坊主」
「クソこそ余計だ」
「そういう口はねぇ、家賃の払いを一度も延ばさなかった奴が言うもんだね」
「延ばしはしても踏み倒したことはねーぞ」
「自慢気に言えることじゃあないねぇ」
どこか慣れた感のあるやり取りが始まりました。
しばし小競り合いのような話をお婆さんとした後、逃げるようにリューヤは宿へと駆け込んでいきました。実際逃げたのでしょう。
「はっ、あたしに口で勝とうなんざ、二十年早いね」
あの逃げ方を見るに、もっとかかりそうな気もしますね。