28・翼と鎖
許されざる挑発行為を行ったクソガキ二名に厳しめのお仕置きをすべく、人目もはばからず町中で戦闘が始まりました。
往来で武器を振り回していれば警備兵を呼ばれるのも時間の問題になるので、その前に手早く決着つけねばなりません。刃物ではなく杖なら殺し合いではなくまだ喧嘩の範疇と見なされ多少は大目に見てもらえそうですがね。
だからさっさと私に叩かれろ。今なら特別に円盾一枚だけでぶっ飛ばしてやるから。元聖女の慈悲だぞありがたく思え。
「いきなりかよ」
いつもと違って私のほうが積極的に攻めたので、ルーハも軽く驚いてる様子です。普段は私が後列ですものね。
「きたきた、邪悪そうなのがこっちに走ってきたよ、ピオ」
「そうだね、何も考えずに突っ走ってきたよ、ミオ」
「僕らのスキルを見せつけてやろうよ」
「僕らの実力を味わわせてやろうね」
「余裕ぶって交互に話すのもそこまでですよ。闇の鉄槌を喰らいなさい!」
「やーだよ。ほい『疾風』っ♪」
翼の仮面が、鎖の仮面の肩にトン……と手を当てると、その体がぼんやりと青い光に包まれていきます。
間を置かず翼の仮面本人も同様に青くなりました。
「さんきゅ~」
鎖の仮面が私を迎え撃つべく駆け出し──速い!
明らかに私より速いです。さっきのは速度向上のスキルだったのでしょうか。近寄られたらまずいですね。
「てやっ!」
当たるとは思えませんが、牽制もかねてバーゲストが宿る魔の杖を一回転しながら横に振ります。
外れました。
届かなかったのではありません。こちらに急接近しながら、勢いを殺さず身を屈めてきたのです。
「ほい、タッチっと!」
「ひゃあ!」
そのまま私の背後に抜けながら、お尻をペシンと叩かれました。素直に叩かれるどころか逆に叩くとはどこまで反逆する気なのでしょう。
ダメ元で、ろくに見もしないでまたくるりと回転薙ぎ払いしましたが、既に鎖の仮面はルーハの元に向かっていました。獲物を逃した炎獣の杖が虚しく空を斬ります。
「さらに『重圧』っと!」
鎖の仮面がそう言うと、今度は彼らではなく、なんと私の体が土色に光りだしました。
今の平手打ちで私にスキルの効果を与えたのでしょう。なるほど、他者には触れなければいけないようですね。
その効果は名称からしてきっと──
──全身に、予期していた通りの『重さ』が来ました。やはりそうですか。
これはしんどい。練気を使ってもなお動きが鈍くなっています。もっと鍛えておけばよかったですが今更嘆いたところで後の祭り。今は後悔より対策を考えねば。
「スキありっと!」
「ひぃん!」
またやられました。一度ならず二度までも!
普段の軽やかなボディの面影もなくなった私へ、今度は翼の仮面が死角から尻叩きをお見舞いしてそのままルーハの方向へ走っていきました。人のお尻を何だと思ってるんでしょうか。
「叩かれるのは不慣れなんだね、お姉さん!」
「当たり前です! もう!」
愛らしくも不気味な姿が、小馬鹿にした捨て台詞を吐いて風のように駆けていきます。
慣れるはずないに決まってるでしょ、私は叩き専なんですよこの悪ガキども!
「おら、しっかりしろよ角兜のねーちゃん!」
「そうだそうだ! 俺はあんたに賭けてんだからよ! ノロノロしてないで頑張れや!」
「げはははは! あの女、ケツ叩かれてるだけじゃねーか! いかつい見た目のわりに大したことねーなぁオイ!」
周りの人々は逃げたり怯えたりするどころか面白そうに見物していました。流石はコロッセイア、各地に闘技場がある国なだけはありますね。
警備兵を呼ばれるかもと焦っていましたがこの調子なら案外大丈夫そうかもしれません。
……下品な歓声がなければもっといいのですが。
「おいおいなんだ、二対一かよ。てっきり乱戦か、あっちとそっちで同時にタイマンやるのかと」
「んふふ、重そうなお姉さんはもっと重くなってもらって」
「きひひ、素早そうなお兄さんから先にやっつけようかなって」
「意外に頭使うんだな。嫌いじゃないぜ、そういう戦術。スキルを雑に使うだけのバカよりはるかにいい」
経験者は語るという奴ですね。
まだ、私と彼が知り合ってほとんど発作的にコンビを組んでしばらくの間、ちょくちょくその手のおバカさんに絡まれたものでした。
大体はまだ二十歳にもなってない、一人前と半人前の中間くらいの若者ばかり。さほど場数も踏んでおらず、そこそこの才能やスキルだけで安い仕事を成功させて無駄に自尊心を高める時期です。
そんな、冒険者という職業の本当の厳しさをまだ知らないイキリちゃんが先達ぶって知った風な口を聞いてきては、私に張り飛ばされたりルーハに『隠匿』していた炎で炙られたりして身の程を身体で理解し荷物まとめて田舎に帰るのが五度繰り返された頃、誰も私達をからかわなくなりました。
中にはわからされても懲りずに絡んでくるしつこいのもいましたがね……まだ生きてて現役なのかしら、あのお調子者の槍使いさんは。
「これじゃ助太刀するのも一苦労ですね。まずは自分を助けないと」
解呪の魔法を自分にかけてみます。スキルは呪いとかではないから無理な気もしますがどうなるか。
「退け、悪しきもの……失せよ、しがみつくもの……」
陽光のように温かい輝きが、私の体を蝕む地味な光を弱め、かき消していきます。
成功しました。
人間、ごちゃごちゃ言わず実際にやってみるものですね。
「さて、自由の身となったことですし、どちらの骨をへし折ってやりましょうかね」
一応手足を動かしてみますがいつも通りです。あのずっしりとした重みは完全に消えました。確認ヨシ!
「あらら、解かれちゃったようだよ、ピオ」
「あらら、これは驚いちゃったね、ミオ」
こんなにあっさり私が元通り軽くなるとは思わなかったようですね。
「早くこっちを仕留めないとね」
「早く負けを認めさせないとね」
等と、どこまでも面白がっているような喋りですが、その動きには焦りが隠せません。
加速してる状態で二人同時に攻め立ててるのに、目の前の敵が全く劣勢にならないからです。
「速いことは速い。コンビネーションもなかなか堂に入ってる。練気もまあまあだ。それだけだがな」
弟子の成長を楽しそうに見極める師匠みたいに、ルーハが仮面少年達の高速攻撃をゆらりゆらりといなしています。
二人が振るう短めの木剣が一発も当たらず、鎖の仮面の子がスキルを使おうにも触れもしません。
なんであの動きで避けられるんでしょうね。やっぱり尋常じゃないですよ、あなた。
「モヤみたいな動きだね!」
「煙のお化けなのかな!」
「つまんねえ減らず口が出てきたじゃねえか。打つ手もなくなってきたか? なら終わらせるぞ?」
ここでルーハが攻勢に出ました。
「あうっ!?」
「な、なにこれ!?」
回避しながら足元から射出したのは、握り拳ほどの大きさの石がそれぞれの端に縛りつけてある縄でした。
ボーラという、狩猟にも戦闘にも使える武器です。振り回すことで飛距離や威力を増すだけでなく、絡みつかせて動けなくする効果もある優れもの。作るのにさほど知識も道具も必要としないうえ使い勝手もよく、ケチのつけようがありません。
でも大抵の冒険者や兵士は使いませんけどね。魔法や戦闘向けのスキル、もしくは弓矢のほうが便利なので。
「きゃっ!」
「やんっ!」
不意を突かれて呆気なくボーラが足に絡まり、なんかえっちな声を出しながら石畳の上に転がる仮面少年二名。
すかさず私が距離を詰め、今にも火を吹きそうな魔犬の頭を鎖の仮面に突きつけ、ルーハが翼の仮面の首根っこを掴みました。誰がどう見ても勝負ありです。
さあ、待ちに待ったお仕置きタイム突入といきましょうか。何本折ってやりますかね、ウッフフフフフフフフッ。




