26・大会に出る意味、無くなりました
お金持ちの家で勃発した背徳はさておき、そちらはもうそちらで解決していただきたい今日この頃。
我々は手元にあるこの大金の使い道についてあれこれ考えております。
「王都の大会、出る必要ありますかね」
「ないな」
ルーハがきっぱりと断言しました。ですよね。私も同感です。
荒くれ者が裸足で逃げ出すような王女のため勝手に一肌脱いで恩を着せようと思っていましたが、この金を元手に贅沢しないでやりくりすれば、夢のほのぼの生活を送れそうな気がします。
ポーションとか作ったり……はしなくてもいいですね。暗黒騎士にポーションなど似合いませんもの。なら何なら似合うんだよと言われたら困りますが。
う~ん……ダークポーションとか?
飲むと体力がガタ落ちする……でもそれはただの毒薬ですよね……。
「灰になった村の生き残りや、あの黒子野郎の仲間がお礼参りに来ることもなかったし、この件は終わったと思って良さげだな」
「逆恨み聖女の差し向けてきた追っ手もあれから来ませんし、こちらも逃げ切ったとみていいのでは」
「それについてはまだ確実ではないけど、ほぼそう見て間違いはないかな。でも目立つと殺し屋を引き寄せかねないぞ。……ま、まあ、今のお前が普段着てる衣装は、悪目立ちしすぎて逆に疑われない域に突入してるが」
「暗黒騎士ですから」
私が自慢げにそう言うと、ルーハは凪のように安らかな顔で黙っていました。なにその態度。
「いつになったらその呼び名に相応しい邪悪さが根付くのかはさておき、だ」
金貨を一握りして、ゆっくりと持ち上げ、指を開いてばらばらと手の内から落とすのを何度もルーハは繰り返しました。
宝石とかでもやると楽しいんですよね、この仕草。自分の物になった実感とか満足感が刺激されて気持ちいいんですよ。ろくな値もつかないクズ宝石でしかやったことないですけど。
「これだけの額だ。二人で分けて半分の額でも余裕で畑つきの家が買える。流石に都とかでは厳しいが、さほど賑わってない町なら問題なく手に入れられるはずだ」
「そして追跡者は現れそうにない。来ても私が聖女クリスティラ本人だと気づく可能性は薄いと、そういうことですね」
「イカれた格好してるからな」
「殺しますよ?」
「そう怒んないでくれよ。あんたは俺に対してだけやけに手厳しいよなぁ」
そういう苦情は年上への敬意を持ってからほざきなさい。
「叩き潰しますよ? のほうがよかったですか?」
「結果が変わらないんですがそれは」
「死亡と死にかけではだいぶ違うと思いますよ。そんな事はともかく、私の当初の目的は達成できる……そうですよね?」
「人の命をそんな事扱いって……けど、あんたの言う通り、十中八九その願いは叶うんじゃないかな」
ルーハから異論反論が出ないのを確認したのち、私は椅子からはね飛ばされたように立ち上がりました。
「じゃあ…………大会辞退しますか! そもそもエントリーすらしてませんけどね!」
「そ、そうか、丁度良かったな! よっしゃ、これからは手頃な家でも買って過ごすといいさ! 俺は近場のギルドでダラダラしてっからよ! ちょくちょく寄らせてもらうかな!」
「「アッハッハッハ!!」」
昼下がり。
安宿の一室にて、男女の馬鹿笑いがこだましました。
意見が一致したことで仮面武闘祭の出場は取り止めとなりました。ハイハイこの話はもうやめやめ。
大勢に見られてあることないこと好き勝手言われるのは懲り懲りでしたからね。
それでも時と場合によってはやらなきゃいけないのが世の中ですが、今回は回避できそうなのでパスします。愚かな民衆の好奇心や嫉妬心に絶えず噛みつかれる人生とかマジ息苦しいですもの。エターニアの歴代聖女って完璧人間か被虐嗜好のどちらかだったのでは?
話し合いも終わりお腹も空いたので、そこそこの混み具合をみせるレストランで朝食兼昼食をとってから、私達はあてもなくベーンウェルの町をぶらつきました。
やって来てまだ数日なので土地勘など何もなく、光と活気に満ちた迷宮をさまよっている気分です。自分が異邦人だと実感するこの一時が癖になるんですよね。これを味わいたいがために流浪の旅をする人までいるらしいですが、そこまでやるのは理解できませんね。引きます。
「やっと我が世の春がきましたかね」
「それは言い過ぎな気もするけど、風向きが変わったのは確かかな」
お隣の国まで逃避行しながら降りかかる火の粉を払い落としていくうちに、やっとツキが回ってきたようです。
想定外の大金をうまく運用することでそこそこに栄えてる町の隅にでも居を構え、念願のスローライフ生活を満喫しようではありませんか。
……とは言ったものの、実はそこまでこだわってるわけでもないんですが。
常に見張られてるような居心地悪い環境にずっといたから、その反動で、勝手気ままにやりたいことやる日常に憧れてるに過ぎないのではないか。冷静に客観視するとそんな結論が出てくるんですよね。
ルーハもそれに勘づいてるのではないでしょうか。ただ、私が楽しそうに傾倒してるのもわかるので、うるさいことを言わずに黙ってるような気もします。
たまに気を使ってくれるんですよね彼。たまにですけどね。ええ、本当にたまに。
「……と思った矢先に、向かい風とはな」
「もう少し追い風が吹き続けるかと思ってたんですけどね。ままならないものです」
行く手を阻むように目前に立つ、二人の少女。
上着についてるフードを被り、仮面までつけてるので、顔も髪型もまるでわかりません。ですが身長の低さから見るにルーハよりも三つ四つは下ではないでしょうか。
赤と黒で彩られた不吉そうな衣服と、短めのスカートから伸びる健康そうな足がアンバランス過ぎて違和感凄いですね。
こちらから見て右の子が、優雅な翼の模様が描かれた仮面で、そして左の子が、頑丈そうな鎖の模様が描かれた仮面で、それぞれの素顔を隠しています。
無意味な絵柄とは思えませんね。この年頃の子には恵まれた才能やスキルをひけらかす手合いが結構います。己の能力や特技にちなんだ絵柄と見ていいでしょう。
ちなみにルーハはひた隠しにするタイプです。
「来たよ、ピオ」
「来たね、ミオ」
鎖の仮面の子が、翼の仮面の子に話しかけました。
楽しくて仕方ないという声色で、互いの名を呼んでいます。どうせ偽名でしょう。覚える価値はないですね。
さて、どう出るのかしらね。まずは向こうの動きを待ちましょうか。
「見に回るのはいいが、あまりどっしりとは構えるなよ? ただでさえ重みのあるケツなんだ。出遅れるぜ?」
「一言多い」
炎獣の杖がしなりながら盗っ人小僧のケツに炸裂し、それを目の当たりにした仮面の少女ペアがまさかの同士討ちに面食らってビクリと震えました。




