20・美味しさと危なさ
不意に閃いたアイデアでしたが、難癖つけられることもなく好評をいただけました。
「──悪い考えではないんじゃないの。急ごしらえにしてはさ」
「でしょう?」
我ながらそう思います。
胸を反らせ、ふふんと鼻を鳴らしてご満悦になってしまうのも仕方ないことです。
でも、この体勢だと私のよく育った二つの膨らみが強調されてえっちですね。ルーハはともかく他の人の前で調子に乗るのはなるべく控えましょう。仮にも聖女だった者が男の劣情を焚き付けるスケベアーソニストになるのもどうかと。
でも暗黒騎士となった今ならむしろやるべきなのでしょうか……ここら辺はさじ加減が難しいところです。
欲望を煽るのか絶望をもたらすのか、私のあるべき立ち位置やいかに。
「……優勝してお姫様の代わりに婚約の無効を求める。見返りにお前は安住の地を頂戴する。誰も困らない案だ」
婚約解消されたヘタレ王子様にはいい面の皮だろうがな、とルーハは笑いました。
「例えばだけど、わざと決勝とかで負けてやる代わりに……って取引をお姫様と事前にしておくのはどうなんだ?」
「自分の力に自信を持つ人がそんな取引に応じるとでも? ましてやこの国の王族ですよ? こざかしい小細工など不要と啖呵切られるのが関の山です」
「あー…………」
「そういった手合いは一度ぶっ叩かれてからじゃないと交渉してくれませんからね。叩くのが得意な私にうってつけです。誰も彼も張り倒して優勝まっしぐらといきますよ」
「杖をブンブン振るな」
「値段のわりには小綺麗ですね」
玄関の汚れが少ない安宿を選びましたが、やはり正解でした。
掃除ができてるところは値段に関わらずだいたいまともなんですよね。駄目なところは瓶の破片とか犬の骨とか酔っ払いとか転がってたりしますから。
そんな宿でも平然と寝泊まりしてましたけどね。冒険者なんて職業についてると、建物の中で寝れればラッキーって心境に誰しもなっていきますから。
……浮浪者とさほど変わらない心境ですね。
「良心的ってこともあるが、治安もそんなに悪くないんだろ。ろくでもない客しかいないなら、宿側の対応もそれに合わせてぞんざいになるしな」
「お高い宿ならそうでもないですけどね」
「当たり前じゃん。そもそもそんな宿にチンピラなんか泊まりゃしない」
「言えてる」
そんな面白くもないのですが二人でケラケラ笑っちゃいました。危険と隣り合わせの仕事についてると、下らない話でもつい笑いたくなるのです。冒険者あるあるですね。
辛いことや腹立たしいことが頻繁にあるので、軽口叩いて前向きにやらないとやっていけないのです。私とルーハみたいに心臓に毛がモサモサ生えてるような、笑い飛ばすタイプも少なくありませんが、ごく稀に、本当に笑いの感覚が幼児からほぼ成長してない方もいたりします。
「晩飯どこで食う?」
「適当に散歩して目についたとこで構わないでしょ」
部屋の確保はできたので、夕食をどこで摂るか吟味しますか。このレベルの町ならいい感じの定食屋さんがそこらにありそうです。
楽しみですね、フフ。
「あの、ちょっとよろしいでしょうか」
二階からロビーに降りてきたところで深みのある渋い声をかけられました。
「こちらの宿に高名な呪い師の方がお泊まりになられてると聞きました。こうしてお目にかかれて光栄です」
待ち受けていたのは、いかにも長年仕えてきた老執事という風情の人物です。物腰の柔らかいこと。
「え、誰のことですか」
「はは、お戯れを」
こっちのセリフですよそれ。
どっからどう見ても暗黒騎士じゃないですか私。どこに呪い的要素があるのか教えてもらいたいものですね。失礼な老人です。
「魔獣の頭を飾り付けた杖をお持ちになられているのが、何よりの動かぬ証拠ではございませんか。凶暴な魔物を仕留め、他者の呪術避けに用いるのが一流の呪い師のたしなみと存じておりますぞ」
嫌なたしなみですね。
「……仮にそうだとして、何のご用件が? そのような汚れた物事とは縁がなさそうに見えますが」
「詳しい事情はここで私からではなく、我が主から直接お聞きになっていただきたい」
はいはい、大っぴらに出来ない系統の話ですねわかりますわかります。冒険者やってるとたまにこうした依頼が舞い込んでくるんですよね。
で、たいがい金払いがかなりいいんですよ。
何でって?
そんなの口止め料込みだからに決まってるじゃありませんか。
その分、普通の依頼より臨機応変に頭を使ったり、確かな実力がないと達成できなかったりするので、大抵はベテランが引き受けることになります。依頼する側も無名の若造なんか選ばないですから当然なんですが。
私達はすこぶる有能だったので、若輩ながらもそういった美味しい話が来たことが何件かあります。詳しくは語りませんがね。他言無用という約束ですから。
気をつけないといけないのは、稀にですが口止め料どころか口封じしてくるタチの悪い依頼人がいることです。いました。
この場合の『いました』とは、そんな体験をしたという意味と、地獄に送ってやったからもういないという意味の二つが込められています。素直に報酬を渡せば私もルーハも全て忘れてあげたのに馬鹿な貴族でした。なんたら男爵でしたっけ。覚えてませんね。どうでもいいや。
こうして勘違いされたまま、私達は老執事らしきお爺さんから聞いた住所へ、早めに晩ごはん食べてから悠々と向かうことにしました。
まだ大会──仮面武闘会には時間の余裕がありますからね。
長期にわたりそうな依頼ならお断りしたらいいだけです。なんという冷やかし。
「ねえルーハ」
「なんだ……って、まあ察しはつくけどな。罠だったりしないかなって言いたいんだろ?」
「話が早くて助かりますね」
「十中八九ないね。今から行くお屋敷ってのは、ここらでも有名な金持ちだ。貴族との深い付き合いもある。あのチンケな村や邪教の神官と関わりがある可能性は薄いよ」
晩ごはんをさっさと切り上げていなくなったと思ったら聞き取りしてたんですね。ちなみに私はデザートまでじっくり食べてました。
「エターニアとは?」
「それはまあ、ないとは限らないが、にしても伝達が早すぎる。俺たちがこちらにいるのが把握できてて、しかも馬鹿令嬢の親の息がかかった金持ちがたまたま現地にいる……」
「ないわね。絶対とは言えないけれど……仮に本当に罠だったとしても、巧妙なものを張り巡らせるのは時間的にも無理じゃないかしら。やれても、屋敷にお邪魔したら武装した雇われどもがお出迎え……くらいだと思うんだけど」
「あとはあれだ、あの狼使いのおっさんの仲間が何人かいるかもってくらいかな」
つまり歯ごたえはないという事です。
「──迷わず行くがいい、向かえばわかるものだ」
「何ですか急に」
「ん? ああ、昔聞いた名言でな。故郷の有名な格闘家が言ってた言葉さ。よく覚えてないがこんな感じだったはずだ」
「いい言葉ですね」
「あんたならそう言うと思ったよ」
とにかく行ってみなきゃわからんだろって事ですね。うーん…………浅そうで深いですね。よし、これから私の座右の銘にしましょう。
とか言ってたら着きました。
まともな依頼か、まともじゃない依頼か、はたまた待ち伏せか。結果は次回を待て!




