2・めでたく追放となりました
「いだっ、いだぃ、ぎぃいっ、あぎぎいぃ」
言葉にならない悲痛な呻き。
関節が倍くらい増えたような右腕の付け根を押さえながら、ダスティア様が絶えず苦しんでいます。
やり過ぎたかなと思いましたが、もうやったものは仕方ないので、反省だけしておきましょう。
「こんな、いくら何でもここまで! なんて事を!」
フールトン様は顔面蒼白です。
さっきまで興奮して真っ赤でしたが、愛する女性が可哀想な事になったのがよほど効いたのでしょう。
あるいは、次は自分がこうなりかねないという恐怖からかもしれませんね。
「先に手を出したのはそちらでは?」
私は平静です。むしろ清々したので血色が良くなってるかもしれません。
だいたい、聖女の仕事なんか嫌気が差していましたからね。渡りに船です。
朝に神殿の中心部で祈りを捧げて結界を維持して。
ポーション作れというから作ったら出来がいまいちと嫌味を言われ。
神職としての作法や言葉使いがあまりなってないと陰口を叩かれ。
聖なる加護を武具に与えてくれというから与えたら効果がいまいちと文句を言われ。
晩に神殿の中心部で祈りを捧げて結界を維持する。
そのくせ食事は肉の少ない質素な献立。お酒などもってのほか。
娯楽など皆無。素行のよろしくない若い女神官と干し肉やワインを賭けて、バレぬようにこっそり石並べを楽しむくらい。
温かいお風呂は三ヶ月に一回。
外出は高位の神官数名の許可を事前に取らないと不可。
聖女が散財とか聞こえが悪いので、買い物するときの使用額はささやかなもの。だいたいお給金がしょっぱいんだから散財なんてできるわけない。
これで尊敬とかされてたらまだやる気も保てるが、世間の評価は『結界張るしか能がない壁聖女』という有り様。
──ん?
……なんで私、こんな役目を引き受け続けていたんでしょうね……。
説明では「朝晩祈れば後は好きにしてもいい。報酬もこんだけ出すよ」との事でしたが騙しやがりましたねあのデブ神官。最初だけだったじゃないですかその条件。
(注・クリスティラはまんまと騙されたと思っていますが、実は聖女を快く思わない者達の嫌がらせによるものです)
辞めようかなとほのめかしたら周りが、「あなたの結界でしか守れない命があるんですよ」なんて、良心に刃物突きつけるような脅迫めいたこと言ってくるし……。
ですがそれもこれまで。
もう私は自由です。そこで苦しんでるおバカさんに全て任せて羽ばたきましょう。
救いようがないほど実力不足でしょうが、そこは本人の努力でどうにかして下さい。
「もう他に用件もないようですから、失礼させていただきますね」
「こ、こんなこどじで、だだで済むど、思っでぇ」
ついに痛みを克服したのか、ダスティア様が恨み言をぶつけてきました。頑張りましたね。
彼女の腕を見ると、ぼんやりと白く光っていました。
治癒魔法の光です。
ただ、折れた腕が治らない辺り、初歩の治癒魔法のようですね。つまり、技量もその程度しかないことになります。
質も量も微妙って、それでよく聖女になろうとしたものですね、あなた。
「そ、そうだ、その通りだぞ。クリスティラ、彼女の言う通りだ。聖女でなくなったお前が貴族に刃を向けるなど……断じて許されないことだっ!」
「あら、どこの誰がそのような真似を?」
「しらばっくれるな!」
「もしかして、上流階級の方々の間では、平手打ちを食らいそうになるのを『刃を向ける』と譬えるのですか?」
「ぬぐぐ…………だ、だとしても、彼女にここまでの大怪我を負わせたのはやり過ぎだ。正当防衛にも限度がある。最低でも国外追放はまぬがれんぞ!」
「そうですか。ではそれで構いません。この国の平和の行く末は、そこのお方にお任せしましょう」
もう飽きてきたので私はそそくさとフールトン様の私室から立ち去りました。背後で二人が何やらわめいていましたが無視です無視。
扉を閉じ、封印の魔法をかけてから王宮を後にします。
この国から高飛びするまで、あの方々に邪魔されたくありませんもの。
解除に時間がかかりすぎて干物になったらまずいでしょうから、封印はそこそこの強度にしておいてあげます。優しいですね私って。
さあ、のんびりしてはいられません。
やるべき事をできるだけ残さずやって逃げないと。
神殿に戻り、怪しまれない程度の早足で自分の部屋に向かいます。
金品をカバンにしまい、かつて冒険者だった頃の衣服を着込むと、フードを深く被り、裏口から逃げようとしたのですが──友人に鉢合わせしました。
「クリス、そんなカッコでどうしたの?」
「あ、ああ、リズ。これはその……」
夜な夜な、ひそかに食べ物をかけたギャンブルに精を出していた悪い女神官の一人、リズです。
「ははーん、もしかして、家出ってやつ? 聖女様も、ここでの待遇についにブチ切れちゃいましたかー?」
「ちょ、声が大きいですよ。もっと静かに」
「はは、ごめんごめん」
悪びれずにリズが笑います。
屈託のないその笑顔を見ると、なんだか怒ったり注意したりする気になれなくなるんですよね。
「いーよいーよ。あたしがうまく誤魔化しておくから、さっさと行きな。急いでんだろ?」
(なら会話で足止めしないで欲しいのですけどね)
とは言えないので感謝しておきます。これが今生の別れになるでしょうから、せめて綺麗に話を終わらせたいので。
「ありがとう、リズ。あなたに会えたのが、ここでの唯一の幸いでしたわ」
「なによ、かしこまっちゃってさ。どういう風の吹きまわし?」
「たまには素直に感謝を伝えるべきかなと」
「ふーん、ならあたしも素直に受け取っとくわ。こちらこそ、ありがと。……ってホラ、さっさと行きなさいな。うるさい年寄りどもに見つかっちゃうわよ?」
「そうね。バイバイ」
「バーイ」
友人に別れを告げ、私は今度はあそこへ向かうことにしました。
そう、血気盛んな若者の憧れにして、真っ当な職業につけなかった難アリ人種の溜まり場──冒険者ギルドです。
そこに行けば、きっと彼がタコみたいに奥のテーブルに突っ伏してダラダラしているでしょう。
私の、かつての相棒である、リューヤが。