16・田舎風丸焼き
宿代わりに案内された、村の西側にある広場の横にたたずむ空き家。
中に入ると、人がいなくなった場所特有の、生活の匂いが消えた静かな空間が広がっていました。
家具などは持ち出されたらしくほとんど残されていませんでしたが、リビングにテーブルと椅子が、それとベッドは二部屋にひとつずつありました。
使われなくなって久しいわりには、シーツとかも古くないのが妙ですが……。
「中はまあまあきれいですね。長い間使われてないわりには埃もほとんどないし……このベッドも、乗ってる毛布はさほど傷んでませんよ」
「村の連中が大急ぎで掃除したんだろうさ。埃まみれなところに泊めるのも気の毒に思ったんじゃないか?」
「ああ、なるほど」
「そこまでやるくらいなら、民家の空き部屋でもひとつ貸してくれたらいいだけなのによ」
「無かったんじゃないかしら」
「そうかぁ? さっき村の中をそれとなく見て回ったけどよ、村長の家と、他にもう一軒、大きめの家があったぞ? 部屋数がキツキツってこともないだろ、こんな村で」
ルーハの疑問ももっともです。
ですが、そこまで食いつくほど怪しげな事でもないと思いますけどね。恩返しはしたいが関わりたくもない、その折衷案として空き家を差し出したのだと私は睨んでいます。この空き家を選んだのも、周りに他の家がなかったからなのではないでしょうか。つまりはできるだけ引き離したいという気持ちの表れです。
コンコンッ
「……ん? 誰か来たぞ」
「ええ、私にも聞こえましたよ」
玄関の扉が二回ノックされる音。
テーブルに置いてあった兜を装着して身だしなみを整えてから開けると、そこには若い男性が立っていました。村長の甥っ子さんらしいです。
ここで作られたらしきワインの瓶を携え、どこかぎこちない笑顔でそれを差し出してきました。
「よろしければ、飲んでくだせえ」
こちらのお礼の言葉もそこそこに男性は帰っていきました。やはり怖がられている模様です。これも暗黒騎士のサガでしょうか。
「どれどれ」
「きゃっ」
なかばひったくる形でルーハが私からワインボトルを取り上げました。酒の魔力に魅了されたのでしょうか。
「銘柄なんてあるわきゃないか。こんな村で作ってんだ、どうせ地元で消費するだけの安物だろ。ま、だからって質が悪いとは限らないけどさ」
大規模なブドウ畑とか村の近辺にないみたいですしね。そんなとこだと私も思います。
ルーハは手の内から取り出した栓抜きをコルクに差し込み、ねじって引きました。
ポォンという軽快な音。
まずは匂いから味わいたいのか、ルーハが瓶の口に鼻先を近づけていきます。まだ十七の少年がやる動作とは思えませんね。
「……んんぅ?」
目をつぶってニヤニヤご満悦だったルーハの顔が、どうしたものか、真顔になっていきました。
深夜。
カーテンに隠れて窓の外に目をやると、息を潜めながら動いている人々の影がいくつも見えます。
藁の束らしきものを持つ人が多いですが、光る棒を手に持っている人も少なくありません。その棒の正体は火のついた松明です。
一様に覆面や布などで顔を隠しており、誰が誰だかまるでわかりません。そもそもこの村の人なんて誰も知りませんしね。
「──焼き討ちか。恩を仇で返すとはこのことだな」
「しかも事前に眠り薬入りのお酒をよこしておくとはね。本気すぎて笑ってしまうわ。どうしても私を生かしておきたくなかったみたいね。そんなに暗黒騎士とは許されないものなのかしら? ふっ、ふふふっ、あははははっ」
毒物などに詳しいルーハの鼻のおかげで助かりました。
でも私は一杯やりたい気持ちではなかったから、厳密には助かったのはルーハだけですね。
とはいっても、その結果、誰しもが寝静まるであろう頃になにか仕掛けてくるのではないか?と予測できたので、やはり私も助けられたとみていいでしょう。ややこしいですねこの話。
「気持ちの乗ってない冷めた三段笑いやめてくれ。かなり怖い」
「そんなことより……外の方々、ついに火をつけましたよ? 油でもかけてあったのかすぐに燃え始めましたね、あの藁の山」
「用意周到だな。この空き家を選んだのも、よそへの飛び火を恐れてのことか……」
用意周到なのは、私達もですけどね。
「うわあああああ! 村があああ! 村が燃えていくぅぅ!」
「誰か、誰か水をくれえ! 熱い熱いあづぃぃっ! 誰かこの火を消してくれぇぇ!!」
「嫌ああぁーーーー!! 我が家がああああぁ!!」
右往左往する村人。火がついて苦しむ村人。焼け出された村人。
この名前も知らない村は火炎地獄と化していました。外の悲鳴や怒号が風に乗って聞こえてきます。
自然災害や精霊による攻撃などを防ぐ、四霊障壁をここの内部に張り巡らせたので、この空き家が焼け落ちようと中の我々はコゲつくことすらありえません。息が続かなくなるかもしれませんがルーハが事前に大量の空気を『隠匿』で用意してますからそこも大丈夫。
それはそうと、なぜ村や村人が燃えているのかですが、これは私やルーハの仕込みではなく、偶然によるものです。
段々と風が強くなってきたにも関わらず、今が最大のチャンスだと判断したのか、火をつけたはいいものの次第に風の勢いは増していき、いい感じにこの建物が火に包まれた時にとうとう突風が吹き荒れ、村のほうへと飛び火したのです。村人の非道な行いに、自然に宿る精霊様も愛想を尽かしたのかもしれませんね。
村人たちの叫びも、この空き家が焼け落ちていく音に遮られて聞こえなくなり──やがて、空が白んできました。
「なんもかんも焼けたな」
ちっぽけな村は恐ろしいほど念入りに灰と化していました。信じられないことに、村中を確かめたのですが、生き残りが一人たりともいません。こんなことがあるなんて。
やはり精霊は村人たちの振る舞いを許さなかったのでしょうか……。
「縛られたまま、誰にも助けてもらえず焼け死んだのね。自業自得とはいえ流石に哀れではあるかな」
広場の一角で、苦悶の表情で生きたまま炭になった黒の申し子に、せめてもの慈悲とばかりに、鎮魂の祈りを捧げてあげました。
「酷い一日でしたね」
「今回はとんだ糞をつかんじまったな。何もかも忘れようぜ。とっとと先に行こう」
「次は恩義を持ち合わせた人々に出会いたいですね」
丸ごと火葬された村を後にして、私達は再び旅を始めました。今度こそ暗黒騎士に理解のある人々に会えると信じて。




