15・あなたとは違うんです
「──お待ちなさい」
「んっ? 誰だか知らんが黙って見ていた方が身のため…………なぁっ!?」
村長や村人達の前に颯爽と現れた私を見て、黒の申し子がすっとんきょうな声を出しました。
こんな可憐な用心棒がいるとは予想すらしてなかったと見えます。
「な、何者だ、貴様!」
私を指差してる男だけでなくゴブリンやオーガまで後退りしましたが、暗黒騎士たる私の漂わせる雰囲気に恐れをなしたのでしょうね。
「見ての通りですよ」
「声こそ若い女だが、そのおぞましい服装……絶対にこの村の者ではあるまい。一体どこの邪神の手先だ!」
「それはこちらの台詞ですよ。魔物なんか率いてこんなちっぽけな村を脅すとは、お里が知れますね。ヌァカタ神とかいうのも、きっとろくでもない神なのでしょう」
「ちっぽけ……」
かすれた老人の声。きっと村長ですね。
そんなに気にしないで下さい。とるに足らない村でも、人がいるなら村に変わりはありません。それにあなただって、ここをさもしい村呼ばわりしたじゃないですか。
「貴様……我が神を侮辱する気か?」
「手段を選びなさいと言ってるだけです」
「減らず口を……貴様もどうせ、この村を足掛かりに信徒を増やすクチだろう。手段だの何だのとほざいてくれるが、同じ穴の狢ではないか!」
「あのですね、だから私は……」
「……ふん、いずれにしても、この村を譲るわけにはいかんな。貴様のような邪神の息がかかった者が相手だろうと、引き下がってはヌァカタ神の神官として名折れというものだ。この場で始末してやろうじゃないか」
「話を聞いて下さいってば」
どうして。
さっきからなんでそんな突拍子もない誤解を受けないといけないんですか。
どこをどう見たらこの姿が邪神を崇める者に見えるっていうの? この神官も後ろの村人達もお目目がお腐りあそばしてるのではなくて? 癒しの魔法でもかけてあげましょうか?
「やれ! その異常者を血祭りにあげるのだ!」
「自分を棚に上げてよくも……」
悪態をつく間もなく、黒の申し子の号令に従って緑色の弱い奴らが群がってきました。私の威圧感に勝てず躊躇してるのも数匹いますが。
今襲って来なくても死ぬ順番が多少後になるだけですがね。
ルーハはまだ静観してるようだけど、あの抜け目ない性格からして、私を囮にして油断を突く機会を待ってるのでしょう。ないとは思いますが酒飲みながら見物してたら半殺しですけどね。
彼がどう動くかは置いといて、まずは小鬼を弾きましょう。
「えいやっ」
ぱぱぱぁん
ちょうどタイミングが重なったのか、一打で三匹まとめて仕留めました。
さっきまで汚ならしい笑いを見せながら元気に飛びかかってきた三匹が物言わぬ緑の残骸に成り果て、仲間のゴブリンたちが「えっ?」という感じになりました。
主である黒の申し子のほうをチラチラと見たり、困ったような悲しいような顔をしています。「俺らじゃとても無理っす」とでも言いたいのでしょう。
「何をしてる、早くお前達もかかれ」
残りのゴブリンの大半が涙目になりました。
拒否すれば、命令に従えない雑魚など後に控えるオーガに粛清されるか晩御飯にされるかしか未来はなく、了承したら私にどつかれてバラバラに。なんというチェックメイト。
救いの手など差しのべられるはずもありません。だってゴブリンですもの。価値のない命とまでは言いませんが意味のない命ですね。
「ギヒィッ!?」
絶望に耐えきれずここから逃走しようとした一匹が、頭を押さえて地面に膝をつき、苦しみだしました。
突然の頭痛……ではないですね。なんか黒く輝く模様が毛のない頭に浮かんでますもの。呪いかしら。
「ギギャアアアッ!!」
苦しむゴブリンの頭部にある穴という穴から血が吹き出し、ばたりと前のめりに倒れて、そのまま動かなくなりました。
やはり呪いでした。
「……さあ、ああなりたくなければ戦え。己の手で未来を勝ち取るのだ」
「不可能なのがわかってるのにやらせるんですか? ダメダメな主人ですね。いい年して手下の使い方も満足にこなせないなんて馬鹿みたい」
「なにぃ?」
「そっか! あなたは馬鹿だから社会になじめなければ居場所もなくて、神様の力を借りて呪いをかけるしか取り柄がないんですね。かわいそ……」
男の体がブルブルと震えてきました。無論、寒さではなく怒りと屈辱によるものです。
「図星でしたか」
そこまで言い終えた私が、駄目押しでプッと吹いた時、男が限界を迎えました。
「お前らやっちまぇりゃぁぁあああ!!」
怒りのあまり呂律がガタガタになった馬鹿神官が背後のオーガ二体に抹殺命令を下しました。
ドスドスと地面を重く鳴らしながら青色の巨体が得物を振り上げ突進してきます。その目は私にしか注意が向いていません。
つまりどうなるかというと。
ドシュドシュッ!!
「グオッ!?」
「ゴハアッ!!」
私の後ろから、風を切り裂きながらやってきた二本の長槍がオーガの胸板へと見事に突き刺さりました。相変わらずいい命中率ですこと。
「意識がそっちに向いてたから楽だったぜ。こっちを警戒されてたら、ゴブリンを盾に防がれてたかもな」
既に村人たちの最前列にいたルーハが、私のそばにやってきました。
「あなたの高速解放なら、そんな肉盾のひとつくらい楽に貫通するでしょ?」
「俺は慎重派なのさ。念には念を入れて石橋を叩くタイプでね」
「叩くの面倒なんで酒飲みながら誰かの確認待ちタイプの間違いじゃないんですか?」
「盗賊ってのはそのくらい不真面目で臆病じゃないとやってけねえよ。勤勉で勇敢な盗賊とかいると思うか?」
ごもっともです。
「な、なんだこれは、なんなんだお前らは! オーガを一瞬で、馬鹿な、なんでこんな、私の計画が! なんという事だ!」
虎の子を二匹まとめておじゃんにされた男がやっと我に返ったのか、内心の混乱をそのまま吐き出しました。
「なんなんなんなんうるせー奴だな……もうわかるだろ? お前さんは終わりなんだよ。この村は邪教に染まらない。俺たちは死なない。死ぬのはお前らだけ。オーケイ?」
「神に弓引くか……! 呪われろ、この外道ども!」
「そんな脅し、鼻で笑う気にもならないな。こちらにゃ麗しの女神様がついてるんでね。いくらでも引いてやるよ」
「照れますね」
「お前じゃねえ黙ってろ」
「……こ、こんな真似をして……許されると…………神を恐れぬ……ふ、不届き、者ども…………」
広場に何本か建っていた柱の一つにくくりつけられた馬鹿神官が、この期に及んでまだ強気なことをほざいています。あれだけ殴られたのに元気ですね。
「吠えるのも結構だが、命乞いしたほうが利口だと思うがな」
「ですわよね」
オーガ1と2が呆気なく死んだあと、手持ちが怯えるゴブリン十匹ほどしかなくなった黒の申し子は、逃げるかと思いきゃ腰のレイピアを抜いて私にかかってきました。びっくりです。
びっくりはしましたがそれだけでした。
横槍を入れてきたルーハにレイピアを叩き落とされ、足払いで体勢を崩されると、村人達のほうに投げ出されました。
第一回、村人総出による黒の申し子ボコボコ大会の幕開けです。
そちらは村長さん達に任せて、私とルーハは残りの緑色を処理することにしました。
そうして、魔物が一匹残らず絶命したのを確認してから、衣服もマントも引き裂かれ顔面も酷く腫れ上がった男を、村人達が広場の柱に縄でぐるぐる巻きにしたのです。
「これまでの無礼、真に申し訳ない。あなた方には感謝してもし足りませぬ。重ね重ね礼を申します」
村長や村人達は、あれほどガッチガチだった態度をゼリーみたいに軟化させ、私に対して愛想笑いまでするようになりました。
「感謝はいいんで宿のほうを」
「でしたら、あちらの空き家はいかがですかな?」
村長が手で示した先には、まだガタのきてなさそうな木造の一軒家がありました。
空き家かぁ……とも思いましたが、馬小屋にすら泊まらせないと拒絶されてたのに比べたら段違いなので、まあ、よしとしましょう。誰もいないほうが逆に羽を伸ばせる気もしますからね。
さあ、今日は夜空ではなく、木の天井を見上げながら眠るとしますか……。




