14・歓迎されると思っていました
「ふんふんふん~」
バーゲストの頭をくっつけた杖を振り振りしながら、気持ち軽い足取りで山道を登ったり降りたり。
スキップしちゃいたい気分ですが、暗黒騎士にそれは似合いません。気を引き締め、粛々と先に進むのみです。
「そんなに気に入ったのか」
「当たり前じゃないですか。見なさい、この良さげな感じ。大きすぎず小さすぎず、ほどよい威圧感と不気味さ。……そうですね、炎獣の杖と名付けましょう」
「晒し首の棒でいいだろ」
「はぁ……。全く、これだから損得と怠け癖しかない酒浸りは困りますね。外連味が無さすぎです」
「悪趣味の間違いだろ」
「なんだと」
人がいい気持ちになってるのに失礼なことを言うものですね。わからせてあげましょうか。
でもこの旅において食べ物飲み物は彼が握っていますし、喧嘩になって揉めると困るのは私のほうです。今は泳がせてあげましょう。どこか大きめの町についたら処します。命拾いしましたね盗賊坊や。
「村だ」
コロッセイア側に来てからも三度野宿を繰り返し、そろそろ屋根の下が恋しくなってきた頃、とうとう現役の建物が見えました。
どこにでもある、平凡な村。
何の名産もなければ名所もない、記憶に残すのが至難なほどに目を引くものがない村。
退屈を絵に描いたような村。
私達の目に映ったのは、そんな村でした。
「やっと友好的な人に会えそうですね」
「どーだろ。田舎ってのは余所者に対する風当たりが厳しいもんだが。ましてやエターニアから来たとなれば尚更じゃないかと思うけどね」
「その通りではありますけど、コロッセイアの民は短絡的でおおらかだと言いますから、取り越し苦労かもしれませんよ? 敵の敵は味方と言います。私達がエターニアでやらかして逃げてきたと言えば、すんなり受け入れてくれるかも」
「それ以前の話だと思うがな。ま、俺が言うよりも実際に体験したらわかるさ」
「?」
「悪いが、わしらにはわしらの守り神がおる。山や森、川に宿る精霊さまじゃ。あんたの神に改宗するような者は、ここにはおらんよ。何度来ても無駄なことじゃ」
「ほらな」
「どういうことなの……」
村の西辺りにある広場。
この村に足を踏み入れてしばらくすると、村長らしき老人を筆頭に村人が集まってきて、剣呑な態度をとってきました。中には武器を持ってる人さえいます。
私は理由がわからず困惑するばかりです。なぜこの人達はこんな敵対してくるのか。聞いていたコロッセイアの民の反応と違うじゃないですか。なんなのこれ。
「そうだそうだ!」
「村長の言う通りよ! あたしらには精霊さまがついてるんだから!」
「邪神なんぞ誰が崇めるもんかよ、帰れ帰れ! さっさと行っちまえ!」
今にも石とか投げてきそうなくらい村人達は興奮しています。少し頭を冷やしてくれませんかね。
にしても、邪神ときましたか。
大いなる奈落ならわかりますが、邪神とはどういう事なのでしょう。話が読めませんね。
「あの、何か勘違いしてません?」
誤解を解くため、私は聖典である『デルタソード・サーガ』の内容から暗黒騎士についてかいつまんで説明することにしました。
「……とまあ、こんな感じです」
「どっちにしろ災いの元ではないか!」
話が終わるや否や村長さんまでもが激昂しました。わかってくれると信じていただけにこれは完全に予想外です。
「あんたがあの胡散臭い神官の仲間ではないのはわかったが、また別の意味でわしらにとって脅威じゃ。少しくらいの食い物なら譲ってもええから、それを持ってよそに行ってくれんか」
「でも、別に改宗とかそんなことするつもりもないし、馬小屋とかでいいので一泊させてもらえれば」
「冗談言うな。馬が呪われでもしたらと思うとそんなことさせられんわい。このさもしい村では家畜の一匹すら貴重なんじゃよ」
取りつく島もありません。世間の暗黒騎士に対する悪印象はとてつもないものらしいです。
ルーハが言っていた「自分で体験したらわかる」とは、このことだったのでしょう。
悪意はないのはわかってはもらえた感じはありますが、悪いことが起きそうなので追い出したいという意思に変わりはないようです。私、呪いなんか使えないのに。
既にルーハは宿泊を諦めきっており、この先どの道を辿れば都とかに行けるか村人にそれとなく聞いていました。
私ももう駄目だろうなと諦めかけていた、その時です。
村の南、つまり正面口にあたる方向が、何やら騒がしいです。魔物でも入り込んできたのでしょうか。
交渉を中断して、我々は向かってみることにしました。
「……やっと来たか。年寄りはこれだから腰が重くて困る」
正面口にいた、怪しげな男が村長を見るなりそう言いました。
黒い布で顔を隠し、黒装束の上から真っ赤なマントを羽織り、悪魔の顔を象った金の装飾がついたネックレスを首から下げています。
あれが最近この村にちょっかいをかけてるという、怪しげな神官なんでしょうね。確かに怪しいことこの上ないです。
「ボス敵みたいな黒子だな」
ルーハが小声でそう言いました。なるほど、確かにあれは黒一色です。黒の申し子ですね。
「また来おったのか。しかも魔物まで連れてきおって……」
そう。
村長が苦々しく言ったように、黒の申し子の周りには魔物が群れをなしていました。
「仕方ないさ。私としても穏やかに信徒になってもらおうとしたが、あんたらはどうしても首を縦に振らない。そうなると、こうするしかないのさ」
両手を広げ、芝居がかったその動きには、余裕さが透けて見えます。
黒の申し子の手下らしき魔物は、ゴブリンが十五、六匹ほど。それと奥の手でしょうか、後方に、三メートルくらいの身長の、二本の角を生やした真っ青な人型魔物──邪鬼が二体もいます。
得物は、ゴブリンが短剣や棍棒というお決まりのもの。
オーガは、右が戦斧持ちで、左が槍持ち。並の人間なら両手で扱うそれも、オーガなら片手で軽く振り回せます。その代わり頭が悪いので技量は皆無ですが。
男は一応腰からレイピアを下げていますが、無駄に鎖や飾りがついていて、護身用ですらないお飾りに思えます。つまりこいつは接近戦がからきしです。
まあ、村一つどうにかするならこれだけの戦力があれば問題ないですし、自分が武器持って戦うことなどないと思ってるのでしょう。
「ぐぐぐ……」
悔しそうに村長が歯噛みします。この状況を打破するのは無理だと、従わざるを得ないとわかっているのです。
「さあ、返事を聞こう。逆らって無駄死にするか、偉大なるヌァカタ神の信徒となるか。どうする?」
「これは大変ですね」
「どうすんだ、暗黒騎士さんよ」
怯える村人達の後ろのほうで様子を見ていたルーハが、隣にいる私にぼそりと聞いてきました。
「聞くまでもないのではなくて?」
「だな」
ここであの連中を根絶やしにすれば、きっと感謝して一泊二泊、いや三泊くらいはさせてくれるに違いありません。
またいい時に脅しに来てくれたものです。これも天の采配でしょうか。ありがたや。
そうと決まれば善は急げ。さっさと潰して地面のシミにしてあげましょう。




