12・無意味な出来事
ワイバーンをやっつけました。
大物狩りは手間がかかることが常ですが、やっぱり楽しいですね。
毒持ちじゃないので肉を切り取ってルーハのスキルで保存しようかとも思いましたが、おじさんの薬が混じってたら嫌なので仕方なく放置します。勿体ないですけどワイバーンの二の舞を演じるのもね……。
「ミイラ取りがミイラになるのはごめんだからな」
「え? ミイラって、あのミイラですよね」
冒険者の間で言うミイラとは、古い遺跡だったり、あるいは墓地に発生したダンジョンなどに潜む、布を巻かれたアンデッド──マミーのことを指します。
強さはたいしたことないのですが呪いをかけてくるのが厄介なんですよね。なのでマミーがいそうなところに挑むときは、事前に聖なる守りの呪文をかけてもらったり、お守りなどを所持するのが定石です。
「あんなの捕まえてどうするんですか?」
「気にするな」
「ねえってば」
「しつこいな。もういいだろ」
長槍を回収しながら、ルーハがうんざり気味に話を打ち切りました。殺し屋おじさんの足に刺さったままの短剣は諦めたようです。
「おっさんごと噛み潰されてるだろうし、やめとくわ。ンなもんわざわざこいつの腹をかっさばいてまで見たくないぜ」
私も見たくないので助かりました。
無惨な遺体など冒険者をやれば飽きるほどお目にするので自然と慣れていくのですが、それでも見たいかといわれたら誰しも首を横に振るでしょう。好んで見たがるのは死霊術師くらいのものです。
「だいぶ時間を食ったな」
面倒な客人への対応や後片付けも終わり、再び山道を進みます。
「そうですね。本来の予定ではもっと先まで到達するはずでしたが……」
「狼の群れを操る殺し屋にワイバーンまでやって来たんだ。予定が狂ってもやむなしか」
「単独で来てくれたのは幸いでした。あのおじさんに仲間が付いてきてたら、こちらが負けはしないにしても、取り逃がす可能性はありましたから。そうなれば後々しつこく絡んでくるのは避けられないでしょうね」
「その件はそうだが、こちらにもう誰も来ないとは限らないぜ」
「あの口振りではそれも無さそうですけどね。でも予期せぬことが起きるのが人の運命ですから、さっさとコロッセイアに行くのが吉です」
「それが最善か」
「最善とは往々にして地道で地味なものですよ。派手なやり口は人を引きつけるだけのハリボテに過ぎないか、大成功と大失敗の危うい二択を撰ぶことになるかのいずれでしょうね」
数々の成果を上げた名将の息子が華々しく登用されたが、如何せん中身が伴っておらず、敵国のベテラン指揮官に翻弄されて大敗した逸話が喜劇にされるほどです。愚金と賢石でしたか。
取り返しのつかない失態は悪名と共に残り続けるから怖いですね。
……ふふ、フールトン王子と聖女ダスティアも、私を追放したせいで、後の世ではそうなったりして。
かつて人々に使われていた名残でしょうか、荒れた山道をひたすら道なりに進んでいくと、ぽつんと廃屋がありました。
「ここで一泊……は、したくないな」
「今にも崩れそう」
ルーハがやる気のない冒険者として鳴かず飛ばずのまま過ごしていた二年間、ずっと寝泊まりしていたあの安宿がまともに思えてくるボロっぷりです。
中に入った途端に屋根が落ちてきても驚きません。いや驚きはしますねやっぱり。予感してても本当にそうなったらまあそりゃねえ。
「もう少し丈夫さが残ってくれてたら良かったんだけど、無理な話か」
「どう見ても放置されて一年二年ってレベルじゃないもの。ここまでくると恐れ知らずのお馬鹿さんを餌食にするための罠よ」
「まだ明るいしな。もっと先に行けば、まだ寿命を迎えてない建物があるかもしれん。なければないでいつも通り野宿でいいさ」
とか話していたらなんか山道の向こうから見たことある緑色の小さいのがこちらに来ますね。
「ギィギィ!」
「ギギャッ!」
また雑魚ですか。
どこにでもいるんですねこいつら。
「こんな何もない場所でどうやって生きてきたのかしら」
「わからん。わからんけど、生きてきたんじゃなくて、よそで縄張り争いに負けたか討伐から逃れたのがここまで流れてきたとかじゃないのか?」
「ないこともない話ですね」
「で、来たのはいいがろくに食い物もなく、餓死しては、しばらくしてまた似たような理由の奴らが来て……とかよ。この理屈、結構的を得ているんじゃね?」
だとしたらなかなかに悲惨ですが、どうせゴブリンなので同情の余地は猫の額ほども無いですね。
「理屈をこねるのはそのくらいにしましょう。ほら、汚ならしい得物を振り回しながら突っ込んできましたよ?」
「ほーい」
三匹来ましたが真っ先にルーハに仕掛けた奴がすれ違いざまに喉をかっ切られて倒れました。でしょうね。
どうやら最初の犠牲者は三匹の中でも一番強かったのか(私達からしたら誤差です)残りの二匹はビビッて停止しています。持ってた武器も二匹が木の棒なのにこいつは手斧でしたからね。
自分達もあんな風になるとわかったのでしょうか。二匹はルーハから距離を起きました。
どうするのかな、と見ていると片割れが私のほうへ。
あらあらまあまあ。
魔法のかけられた杖をひと振り。
こちらに来たゴブリンの胸辺りが、パッと緑色の肉片になりました。
頭、両腕、お腹から上がなくなった下半身が地面にどさりどさりと落ちていきます。
三匹目はガタガタと震え始めました。どうしようもないほどの死の予感を悟ったのでしょう。
得物を捨てて泣きながら走りだし、なんとあの廃屋に飛び込んでいきました。
恐怖のあまり、どこかに隠れて息を殺すしかないという極めて単純な思考しか働かなくなったのかもしれません。思いっきりその一連を見られてるから意味ないのですけど、そこはまあゴブリンですから。
ガララ……
「「あっ」」
廃屋がゆらゆらと蠢き、その揺れは強まって──
ズ……ズシャアアアアァ………………ン!!
こうして三匹目は自分もろとも廃屋にとどめを刺しました。
「さあ行くか」
「そうしましょう。まだ先は長いです」
秒で今の出来事を忘れることにして私とルーハは歩みを進めることにしました。もうコロッセイアは目と鼻の先でしょう。
新天地での暗黒騎士生活も近いです。




