11・拾い食いはやめましょう
殺し屋のおじさんは飛竜に食われました。
自発的ではないにせよ、私達のためにその身を捨ててくれたことには感謝しかありません。時代や場所を問わず自己犠牲とは尊いものです。
次は真っ当な人間として生まれ変われますよう天に祈りましょう。
それはいいとして、旅の僧侶である私と旅の盗賊であるルーハは、大きな岩陰に隠れてワイバーンを見張っていました。
ルーハが『隠匿』していた陽光を一気に放ち、ワイバーンの目をくらませてから、私が結界を解き、幸せそうにしているおじさんを残して全速力でその場から離れたのです。ルーハほどではないにせよ、私も練気は少しかじっていますから、脚力強化もお手の物だったりします。
やがて視界がクリアになったワイバーンの前に残されたのは、無防備な赤ちゃんみたいなおじさんだけでした。嫌な赤ちゃんですね。
こうして、恐怖に怯えることもなく、おじさんはぼんやりした気持ちのままワイバーンのお口の中に消えていったのです。
「あれっぽっちで満足するかね」
「おやつくらいの感覚だと思いますよ。あの体格なら人一人くらい軽くペロリですもの」
「もう二、三人ほど喰わせられればよかったんだがな」
「餌付けしてるんじゃないんだから」
「あんなの飼ったら破産するぜ」
全長十メートルを越える大きさですからね。低級とはいえドラゴンの一種なだけはあります。
低級なドラゴンには、他にも、地中に潜むワームや海に住むサーペントなどがおり、その大きさはゆうにワイバーンの倍以上あります。動きは鈍いですが、代わりに攻撃力や生命力が高かったり特殊能力を持ち合わせていたりしますので、単純に優劣をつけるのは難しいですね。
戦った感想としては、有利な領域に逃げられないうちに思いっきり叩けば、どれも大人しくなるといった感じです。徹底した暴力は後腐れの無い最善の解決策とはどこの誰の言葉だったでしょうか。名言ですね。
それからも私達が隠れて様子を見ていましたが、ワイバーンはどこかに行こうとしませんでした。
少しずつ少しずつ距離を広げて逃げたいのですが、他に隠れられそうな岩はまばらすぎて、その内のどれかに着く前に見つかるのは確実です。
狼さんたちは一匹もいません。
手下として使われていたに過ぎない獣が主の仇討ちなどするはずもなく、キャンキャン鳴きながら散り散りになり、死んでそこらに転がってた狼も、ワイバーンに長く大きな舌で舐め取られるように食べられました。
そのうち、狼の群れを退治してほしいという依頼が近隣の村からギルドに出されるかもしれませんね。
「俺たちのことは諦めてよそに行かないもんかな」
「それはあちらの気分次第ね」
ずっと膠着するのもわずわらしいので、あまりにしつこく居座るならこちらから先手を取って速攻を狙うのもアリです。
忘れてならないのは、私達は他国へ逃げる真っ最中という事です。急ぎなんです。とてつもなく急いでいるんです。
正直どうでもいいんですよワイバーンなんて。ほっといたせいで被害が出たとしても、それは今の聖女の結界がしょぼいせいですからね。
だいたいこうなったのも、あの逆恨み令嬢がろくに結界の維持ができなくなって、大きな綻びが生まれたせいなのでは……
「ん?」
ルーハが妙な顔をしました。
「あれ?」
数秒遅れで私もです。
ワイバーンの様子が、なにやらおかしいのです。
かすかにふらついているように見えます。同じものを長い間見続けて目が錯覚を起こしたものかと疑いましたが、やはり首がふらついています。
「おねむでしょうか?」
「この時間にか? ワイバーンに限らず、ドラゴンって種族はどれも夜行性ではないはずだぞ。こんなところで寝そうになるのはおかしいって」
「でも船を漕いでいるように見えますよ」
「まあそうなんだが……いいや。眠りそうなら好都合だ。ぐっすりしたのを見計らってから逃げればいい。あの様子ならそう長くかからんだろ」
その意見に同調していると、ワイバーンはさらにおかしな真似をし始めました。
荒れた地面の上をゴロゴロと転がり、地響きを鳴らしているのです。子犬が嬉しさのあまり飼い主の前でやるように、実に楽しげに。サイズは天と地ほど違いますが。
「もしかして餌付けの効果があったんでしょうか」
「なわけあるか。あれはどう見ても完全におかしくなってる」
「何の前触れもなくですか?」
「あったろ」
「?」
「さっき、あいつが何を食ってたかもう忘れたのか?」
「何って……………………」
あっ。
「わかったか?」
口の端を吊り上げて笑うルーハに同じ笑いを返して、理解したことを告げました。
お薬をたくさん飲み飲みさせられた殺し屋さんを食べたことで、その効果をワイバーンも受けてしまったのです。
つまりおじさんは囮であると同時に毒入りの生き餌でもあったことになります。怪我の功名でしょうか。なんか違う気もしますけど別にいいや。
「そうだ、思い返せば、さっき結界を解く前にも何か飲ませてましたよね?」
「ああ。薬の効果が弱まって正気に返られても困るから、追加で色々とな。それがまさかあの巨体に効くほどとは思わなかったが」
「何度も試して、どの組み合わせをどれくらいの量飲ませたら適切かわかれば、ワイバーンだけでなく他のドラゴン種にも有効な手段としてギルドに売り込めそうですね」
「アホかあんたは」
不意にアホ呼ばわりされました。顔は平静ですが杖を持つ手に力がこもります。このやろう。
「薬の材料忘れたのか?」
「あ」
なるほどね。これは私が悪いです。
確かにアホでした。
違法な物品のごった煮みたいな薬物の作り方なんて口にしようものなら即兵隊呼ばれて牢獄行きに決まっています。我々二人だけの秘密にするしかないですね。
「私が浅はかだったのは認めましょう。それで、あの浮かれワイバーンをどうします?」
倒すのか、それとも無視か。
今ならどちらも容易です。
「倒そう。いつまで薬が持つかわからんし、逃げた矢先に正気に戻って追ってこられたらウザくてかなわん」
「同感ですね。ならさっさと済ませますか」
私とルーハはほぼ同時に岩陰から飛び出るように駆けました。
「グエッ、ギャゲッ!?」
ルーハが高速で打ち出した長槍がワイバーンの両目に命中しました。まず視界を奪います。
次に両翼に長槍を二本ずつ。これで飛んで離れることもかないません。
狙いを定めたり、翼を撃ち抜くだけの力や速さを溜める時間が必要だったりするため、ワイバーン相手に本来なら当てることも難しいのですが、頭の働きが弱ってる今ならそれもご覧の通りです。
あとは私にお任せあれ。
「よいしょ」
杖の先端に『円盾』ではなく『防壁』を複数重ねがけします。
いくら魔法の壁とはいえ、ここまでやると流石にふらつきますね。円盾の時のように軽々とはいきません。
おっとと。
我ながら動きが危なっかしいです。久しぶりに使いますが、やはり練気を使わないと駄目ですね、これをやるときは。
「使い勝手が悪いですね、やはり……」
練気で強化した身体でバランスをとりながら、見えも逃げもできずにもがくワイバーンに近づき、頭部めがけて大振りの一撃を……!
どっごぉ!!!
ワイバーンの頭が半分消し飛びました。
しばらく使っていませんでしたが……まあこんなものでしょ。
「……数年ぶりに見たけどさ、やっぱヤバイ威力だな……その、『竜叩き』はよ」
ゴブリンどもを蹴散らした『ハエたたき』でも顔色ひとつ変えなかったルーハが、口を半開きにして顔をしかめていました。
人の事は言えないと思いますけどね。あなただって『隠匿』とはまた違う、危険極まりないスキルをもう一つ持ってるくせに。




