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ごめんなさいね、もう聖女やってられないんですよ   作者: まんぼうしおから
第三章・祖国没落

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106・身の振り方

「──そういうわけで、言うまでもありませんが……私があなた方に優先して教えるべきことは、これにて完了しました」


 立派な聖女になるため、乗り越えなければならない壁。

 狭い範囲しか守護できないオレンティナさんと、自分しか守護できないルミティスさん。優秀なこの二人をもってしても、これらは手強く立ちはだかる難所でした。

 どう攻略したらいいのか、きっかけすら、これまで掴めていなかったのです。


 その険しい壁を(教え方がとても良かったのもあるでしょうが)まさか二人とも一日で踏破するとは。

 私には後輩育成の非凡な才があったようです。これは意外でした。


「なので、祖国ウィルパトに戻りたいのなら、それでも構いませんよ?」


 もう教えることありませんもの。


「どうします?」


「戻るつもりは、ないです」


「私もですわ」


「若輩の身であるこの僕には、まだまだ足りないことばかり。無二の師であるあなたから、より多くのことを学ぶべきだと思っています」


「やっと一歩踏み出せたに過ぎませんもの。さらにその先、神聖魔法の真髄を理解するため、お姉……お師匠さまの指導を受け続けたいです」


 なるほど。

 二人の気持ちは、よくわかります。

 神殿にいた頃さんざん悩んでいた問題点が一日足らずで霧散したんですからね。

 戻って修練するより、ここで私に教わり続けたほうがさらなる成長を見込めると考えるのは、当然のことでしょう。


「あなた方がそう言うのなら、それでいいですが……」


 オレンティナさんはいいけど、なんか、ルミティスさんがね……。

 物憂げな潤んだ瞳でこっちを見てくるのが、得体が知れない怖さがあるんですよ。ほろ酔いみたいな顔してるし、妙な言い間違いしてたし。

 師匠に対してする目つきには思えないのですが……如何なる心情なのか……。


 そんな曖昧な不安はあるものの。


 ──かくして、二人は本題が片付きはしましたが、弟子としてここに残る道を選びました。

 あとは適当に私の経験則を教えたり、含蓄のあるようでないようなことを適当に言っていればいいでしょう。

 この子達は優秀ですから、それくらいお気楽にやっても大丈夫なはずです。

 勝手に好意的に解釈して己の糧にするに違いありません。


(……それにしても、この私が聖女見習いを鍛えることになるとはね)


 因果なことです。

 暗黒騎士になろうと、聖女だった過去は消え去ることなく、影のようにどこまでも追ってくるのでしょうか。

 まあ、このくらいの因果なら別にいいですけど。

 また聖女やれと言われたら全力で抗いますがね。旨味が薄すぎますからもうこりごり。二度とやりません。





「──護衛、ですか?」


 不思議そうに、オレンティナさんが聞き返してきました。


「そうです」


「隣国であるエターニアまで、ポーションを運ぶ……その隊商を守れと?」


 再確認するように聞いてきたのは、ルミティスさんです。


「はい」


 我が家の一階にある広い居間。

 二人の難題が解決し、その後もしばらく住み込みの弟子になることが決まった、その日の夕方。

 居間でテーブル囲みながら、例のポーション運送の件について二人に説明することにしました。


「なぜそのような事を、と思うのはわかります。しかしこれには理由がありましてね。まあ最後まで聞いてくださいな」


 私が詳しい説明を続けると、お弟子さん二名は黙って耳を傾けました。


 外は、ぽつぽつと雨が降り始めてきました。

 水に不自由しないエターニアと違い、年中カラッと乾いているこのコロッセイアにおいて、雨は『命の滴』とも呼ばれています。

 昔に比べ、貯水や井戸堀りの技術が向上したらしい、現在のコロッセイア。

 それでもやはり雨は最大の供給源に変わりありません。今頃、この国の人々は各地で大喜びしてるでしょう。

 よそから来てまだ時間が経ってない、我々外様には共感しづらいものがありますね。



「……そんな危機的な事になってるのですか。よりによって、聖女が失踪したとは……」


 驚きを隠せないオレンティナさんと、


「冷遇したせいで逃げられたうえ、その事をそっちのけで王族同士で武力衝突してるだなんて、愚かすぎません? 開いた口が塞がりませんわね」


 失笑するルミティスさん。


 結界の消失と内戦。

 聖女の守りが消えた領地の、至るところに現れ始めた魔物。

 その魔物どもを退治して、金と名声を得ようと集まっている冒険者。

 現在エターニアが置かれているこれらの状況について、二人に大雑把に教えてあげたのです。

 隠す意味もないですし、そろそろ国外でも周知されるでしょうからね。


「護国の守りがまともに機能しなくなり、魔物が各地に侵入してくる。そうなれば兵士や冒険者など、数の力でカバーせざるを得ない……」


「魔物と戦う機会や人数が増えれば、怪我人も大きく増える。ポーションの需要も。だから大量に輸送して、現場で傷ついた人々を一人でも多く助けたい…………素晴らしいお考えですわ!」


「……そうでしょう?」


 驚きから立ち直り冷静に推測するオレンティナさんをよそに、なんか怖くなるくらい喜んでいるルミティスさん。

 そんな彼女に、私は感情の込もってない、生返事をしてしまいました。


 人助けとかどうでもいいのです。

 単に世情に乗っかってボロ儲けしたいだけ。

 偽善。


 これが本音です。

 ですが……それを正直に語りはしません。語るとちょっとね……。

 人々の窮地を利用した金目当てだとハッキリ言い切ったら、二人の熱意とやる気が地の底まで落ちそうな感じがしますから。

 だから白々しく誤魔化しました。

 暗黒騎士がそんなもの気にするべきではないのですが、弟子の意気込みを潰すのも、師匠としてどうなのかと思いますからね。


「そういうわけですから、準備ができ次第、ここを発ちます」


「それって、いつになるんですか?」


 オレンティナさんが私に問います。


「たぶん数日後ですね。出発するまでに何のトラブルも起きなければ、ですが」


 ま、そこら辺は大丈夫でしょ。

 問題なのは目的地に着いた時と、その後です。

 私の正体がバレないことに注力する必要がありまくりです。バレたら民衆にすがりつがれるか吊し上げになるかのキッツい二択が待ってますから。

 とはいえ、黙って吊られるほど、私は殊勝な女じゃありませんけどね。


「わかりました。未経験ですが、これもまた修行のうちですね」


「あら、オレンティナ、乗り気じゃないなら残ってもいいのよ?」


「よく言うね、ルミティス。君こそ護衛なんてガラじゃないだろ? 人助けしようという気持ちは立派だけど……向いてないよ、君には」


「勝手に決めつけないで欲しいわね」


 ほっとくとすぐ揉めますねこの子たち。

 水と油とはこのことです。


「──それだから君は──」


「──うるさいわね、もう!」


 そろそろ止めますか。

 それとも、もうちょっと静観して、お互いの溜まった鬱憤(うっぷん)を吐き出させても──


「表に出なよ」 


「望むところですわ」


「待ちなさい待ちなさい。落ち着いて」


 売り言葉に買い言葉。

 熱くなって決闘を始めかけた二人を私が慌てて止めた頃。

 天からもたらされる命の滴は、いよいよ本降りになってきていました。

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