10・さよなら狼使い
刺客であったおじさんと標的であった私達との間にあったわだかまりも色々あってすっかり消え去り、打ち解けていました。
「──なるほどなるほど、二十代半ばくらいの浅黒い肌の男が、ガーハス。それと同い年くらいの茶髪三つ編みの女が、ミレシャか」
「男性はスキルなしの剣士で、練気はそこそこ使える。女性は曲射のスキルを持つ、弓使い……確認しますけど、これで合ってますか?」
「あ、合っでる、合っでりゅ」
「念押しするが、他の二名については本当に知らないんだな?」
「わかんねえです……」
「そうか。ま、いいさ。何も知らないよりは遥かにマシだ。これだけ分かっただけでもありがたい。礼を言うよ」
口ではそう言っていますがその目は用済みとなった道具を見ているような──いや、そのものの目です。
始末するか見逃してやるかを悩んでるのではなく、どう始末するかの方法について思案してるのでしょう。足からの出血のし過ぎで動けそうにないし、ほっといてもそのまま衰弱死しそうですけどね。
ところで。
この世には、魔法以外にも不思議な力が存在するのは誰でもご存知ですね。
そう、練気とスキルです。
練気とは、剣士や槍使いに斧使い、格闘家や武術家、暗殺者や盗賊、狩人、兵士や騎士、傭兵といった、肉体を駆使する様々な職業で用いられる、いわば生命力そのものの力です。魔力とはまた違うものですね。
誰でも使えるわけではありませんが、才能十割の世界であるスキルと比べたら、門戸は広いです。自力でも指導でも開花する可能性がある練気や魔法と違い、スキルというものはすべからく己自身を師として己の内から至るもの、独覚なのです。
ちなみにスキルの有無は鑑定の魔法でわかります。初歩の魔法なのでどこの町にも一人や二人は使い手がいるものです。
そんな稀有な能力であるスキルですが、これはまさに千差万別で、共通性はまるでなし。
ですが共通性はなくとも連続性はあるのか、親がスキル持ちなら子も同種のスキルを有しているのが普通だったりします。
しかし、親や家系のとは全く別種のスキル持ちだったり、中にはスキルそのものを持ち合わせていない子もまれにいるとか。
そうなると、我が子がスキルに目覚めたり、何もないとわかった際に、
「あの子が、そ、そんなくだらないスキル持ちだと! ありえん! ……そうだ、きっと妻の不貞によって産み出されたもので、私の血など一滴も流れていないに違いない! なんと汚らわしいことか!」
とか、
「話にならんな……まさかスキルなしの無能だったとは。お前に目をかけていた俺が間違っていたよ。跡継ぎは弟のほうにする。お前はどこへでも行くがいい。だが、俺の名は出すなよ? お前のような無才が俺の子だと知れたら恥だからな。もし口走ろうものなら殺しに行くと思え」
といった具合に、貴族や実力ある者が、身勝手な偏見や失望から有無を言わせず追放する悲劇も起きたりします。
やけに具体的な台詞だと思われるかもしれませんが、どちらもほぼ実際の内容そのままだそうです。
前者は、神殿で私の悪友だったリズのことで(彼女はある国の爵位持ちの家に生まれたそうです)、たまたま父親の部屋の前を通りかかった際、ドアの隙間から、自分のことを罵倒する父親の声を聞いたのだとか。
それを聞いたとき、リズは「これは追い出されるな」と理解し、事実、予想通り数日後に着の身着のままで家から追放されたそうです。数日の猶予があるうちに高価な物をこっそりくすねていたので、金には困らなかったそうですが。
炎を操る者ばかりの家系にいきなり現れた鍵開けのスキル持ち。まあ嫁の浮気を疑うよねぇと、彼女は笑っていました。
それからリズは、若くして亡くなった母親から教えてもらった癒しの魔法と、生まれつきの人当たりの良さを活用して流れの僧侶として生きていくうちに、エターニアの王都にある神殿で働かせてもらえるようになったと言います。
実家のほうですが、リズを追い出した直後辺りに、隠していた違法な取引や脱税の証拠がなぜかたくさん見つかり、裁きの末、お取り潰しになったらしいです。不思議なこともあるものですね。
後者は、冒険者時代に知り合い、何度も同じ仕事をこなしたこともある剣士から聞きました。
名前はロザルク。いつも苦々しい顔をした寡黙な男性で、歳は二十五だと言っていましたが、苦労してきたのか三十代後半に見える風貌でした。
私とリューヤ(過去の話なので偽名を使っていません)と彼の三人で、ある村のそばにできた武装アリの巣を潰した帰り道。
「久しぶりだな、出来損ないの兄貴」という喧嘩腰の声をかけてくる男が一人、帰り道を遮るように立っていました。
「ロスか」と、彼はぼそりと言いました。口から出たそばから地面に落ちてそのままめり込みそうな、とても低い声で。
それからも、トゲのある会話を数度交わした後、兄弟は剣を構え、本気の斬り合いを始めました。
あれはスキルの無い出来損ないだが、剣術の才はそれなりにある。なかなかの使い手になってるだろう。探しだして、見事仕留めてこれたら後継者を名乗るのを許そう。
それが彼らの父親である、龍破剣の現伝承者ダオゼルクの意思だと、弟さんは言いました。血も涙もない話です。
攻撃と共に、切れ味を有する幻の刃がいくつも現れ、同時に複数攻撃できるスキル『残像剣』を弟さんは駆使していました。並の剣士なら対処の仕様もなく討たれていたでしょう。
弟さんが不運だったのは、ロザルクさんが並ではなかったことです。
「親父のスキルに比べて刃が少ないぞ」「動きも速さも現れる方向も均一で、規則正しすぎる。読みやすい」なんてダメ出しを受けて弟さんはカッとなり、冷静な判断力を失っていきました。
ただでさえ、剣術も練気の鍛え方も、ロザルクさんが上回っているのです。
間合いの取り方や刃の冴え、武器の強度や切れ味、腕力や脚力の強化。どれもロザルクさんのほうが一枚も二枚も上手でした。
そこにきて頭に血が登ってスキルの使いこなしも鈍った弟さんに待っているのは──
ぼとり
「うっがぁあああ!!」
致命的な油断。
弟さんの利き腕が、無造作に、草むらに落ちました。
勝負あったのを見て、「兄弟の情けか」とリューヤが小声で呟いたのが聞こえました。やろうと思えば首を落とせたが腕にした、そういう意味です。
憎悪に彩られた目でロザルクさんを睨みながら、弟さんは利き腕を拾って懐にしまうと、止血をしながら後ずさりして、森の中に消えていきました。
たぶん練気による血止めも使えるから死ぬことはないと思うが、あの腕は繋がらないだろう。そうロザルクさんは言うと、事情のわからない私達に経緯をぼそぼそと話し、今度こそ黙り込みました。
ロザルクさんがいなくなったのは、王都に戻ってから、二日後のことです。
弟さんの復讐や、父親が何かちょっかいをかけてくるかもしれないことを恐れ、姿をくらましたのでしょう。あの人の性格からして、周りに万が一とばっちりがくることを嫌がったというのもあるかもしれません。
──と、なぜこんなとりとめのない思い出話に浸っているかというと、どこかから飛んできたワイバーンが結界をかじったり蹴ったりしてきて、何もできないからです。
「久しぶりに見ましたね」
「エターニアにはもういないと思っていたが、まだ生き残っていたんだな……」
一本一本が私のウエストより太い歯が並んだ巨大な口で、半透明な半円形の結界をがじがじしていますが、まだヒビも入っていません。大丈夫、私の結界だよ。
「よそから飛来してきただけだと思いますけどね。この国のワイバーンはほとんど狩り尽くしたはずですから」
「自然発生かもしれないぜ? お前がいなくなってから十日以上過ぎてんだ。結界だってそろそろガス欠だろ」
「どういう意味ですか?」
「力が尽きかけてるって意味さ」
「それはそうかもしれませんが、それより、ここからどうします?」
飛行できる魔物ってどいつも攻撃を当てづらいから、無駄に手間がかかって煩わしいんですよね。
しかも不利になるとすぐどっか飛んでいくから徒労に終わることも少なくないのがまた腹立たしい。
「こんな広い場所で何の策も無しにやるのもな……めんどくせーったらありゃしないぜ。でも、見逃してもらえそうにないしな……あーダルいダルい」
「囮でもいればねぇ」
「ンなの都合よくいるわけ……」
私とルーハの瞳が同じ方向を向きました。
こちらを何としてでも貪ってやろうともがいている前足のないドラゴンを見て、無邪気にはしゃぐ殺し屋さんのほうに。