1・聖女、やめさせられました
「あの、本気ですか?」
第三王子の後先考えない発言に、驚きのあまりつい聞き返してしまいました。
危うく、正気ですか、と言ってしまいそうになりましたが、そこはぐっと堪えます。
「二度も言わせるな。聖女クリスティラ。この国を守り続けるのはお前ではなく、この、真の聖女ダスティアだ。彼女こそが聖女という立場に最も相応しい」
ダスティア……どっかで聞いたことありますね。
伯爵家のご令嬢でしたっけ。侯爵家かもしれませんがどうでもいいです。爵位とかよくわかりませんもの。
「うふふ、そういうことですから、貴女はもうお役御免となりましたのよ」
豪華なドレスに身を包み、香水の匂いを撒き散らす美少女が、私に微笑んで──いえ、私を嘲笑っていました。
年の頃は十七、八というところでしょうか。私より三つほど下ですね。第三王子が私の一つ下だったはずです。
「これで理解したか? お前のような覚えの悪い平民でも、二度も言えば嫌でもわかるだろう?」
「はぁ」
……彼女が最も相応しい、ですか。
無理そうですけどね。
こうやって目の当たりにしても、彼女の内に宿る聖なる力がさほど感じられません。
そこそこの量はありそうなので結界は張れることは張れると思います。でも、国の隅々まで行き渡らせるどころか、ここ王都くらいしかカバーできないのではないでしょうか。
そう、結界です。
このエターニア王国は、二百年も前から聖女の結界によって守られています。
魔物のスタンピード。
他国からの侵攻。
流行り病。
自然の災害。
よその国々が頭をひねりにひねってどうにか対策を練らなければならないそれらの害悪にも、この国はほとんど無縁でした。
大陸の聖域と呼ばれているほどです。
ですが、聖女もやはり人間に過ぎず。
完全無欠な結界など張れるわけもなく、どこかに綻びが生まれるのは仕方ない事。
それを塞いだり、その隙間をぬって王国に潜り込もうとするものを撃退するのが、騎士や兵士、冒険者、僧侶や魔術師といった方々です。かくいう私もその一人、野良の僧侶でした。
しかし、その不完全さによる綻びが、この方──第三王子であるフールトン様には、どうしてもお気に召さなかったようです。
「お前程度では無理だろうが、彼女ならばこの国をあらゆる災いから守り抜けるだろう。なにせこの俺が見初めた聖女だからな! はっはっはあっはっはぁ!」
色香に惑わされたの間違いでは?
「フールトン様の信頼を裏切らぬよう、このダスティア、存分に聖なる力による繁栄をもたらそうと思いますわ」
「無理ですよ」
あっ。
油断していました。
もうどうにでもなればいいやと捨て鉢になっていたせいで、つい本音がポロリと転がって真の聖女様の耳元にコロコロと。
「……それは、どういう意味ですの?」
ああ、ムッとしてるムッとしてる。
先に言っておきますがこちらはいつでもヒスを起こせますよ、という雰囲気です。
からかいや煽りに耐性のない方はこれだから困りますね。
「フフ、なるほどね」
「フールトン様?」
ダスティア様は、不思議そうにフールトン様の顔を見ています。私もそうです。
「つまらない嫉妬はよすんだな。お前に出来ないことでも、彼女なら不可能ではない。呪いじみた言葉を吐くのはそこまでにしておけ」
はいはい、そういうことですか。
私が苦し紛れに後任である彼女を見下したと言いたいのですね。
「まあ怖い。ついに本性を現しましたのね。こんな方が、今まで聖女の地位にいたなんて……」
わざとらしくダスティア様がフールトン様にすがりついてきました。凄いわざとらしさです。
そしてそれを全く気にしないフールトン様の鈍さ。こちらも負けじと凄いです。
「心配しなくていい。君には俺がついているからな。この女には指一本触れさせやしないぞ」
「あぁ、フールトン様……」
二人は私を蚊帳の外にして、蜜月の時間に突入したようです。
胸焼けしそうな三文芝居が始まりました。
それと、頼まれても触りませんよ。欲の塊なんかつついたら指が汚れますからね。
「お忙しいようですから帰りますね」
「……!? ま、待て。まだ話は終わっていないぞ!」
一応一声かけてから愛の巣と化した第三王子の私室を出ようとすると、呼び止められました。
そのまま陶酔してくれていたらよかったのに。
「ですから、私は聖女を辞めさせられて、後釜にそちらの方がつくのでしょう? 他に何か?」
「謝罪もだ」
「は?」
「穴だらけの結界しか張れなかった己の至らなさと、そんな未熟さで聖女を名乗っていた愚かさを、皆の前で詫びてもらおうか」
何言ってんですかねこの人。
それで詫びないといけないなら、歴代聖女は全員詫びることになるじゃないですか。
「そうですわね。それは名案ですわ」
これを名案と思える辺り、やはりこの方もまともではないようです。
こんな方々……連中の相手を真面目に奥ゆかしくやるのも、もうそろそろ限界ですね。
素になりましょう。
「嫌ですよそんなの」
「「えっ」」
二人の声が見事に重なりました。
「どんな結界でも人の為すことなんですから完璧なはずがありません。現に歴代の聖女の方々もそうでした。なのになぜ私だけがそのような辱しめを?」
「何を開き直っているのだ!」
「正論ですよ? 嘘だとおっしゃるなら他の方々にお聞きになられては?」
「偉そうな事を抜かすな! 平民上がりの二流聖女が!」
「話になりませんね。私は身支度を整えて神殿を去る準備をしなければなりません。これ以上の問答は時間の無駄です。ではごきげんよう」
「お待ちなさい!」
今度はダスティア様のほうが声を張り上げました。
「何でしょう?」
「自分の未熟さを棚に上げるだけならまだしも、歴代の聖女様達まで持ち出して馬鹿にするなど、不敬にも程がありますわよ!」
「馬鹿にしてるのはそちらでは?」
「まあ!」
「そもそも、先程から聞いていれば、真の聖女だの完璧な結界だの、あなたこそ調子に乗りすぎではありませんか? あなたのどこにそんな実力があると?」
「ぶ、無礼な! 貴女ごときに何がわかると……」
「実力があるというのなら、神殿に物申して、大神官様の前で披露してみれば済むことです。第三王子を利用したのは、それが無理だからではないのですか?」
「ぐっ……!」
この推測は適当でしたが、案外正しかったようです。
ワナワナと震え、いまにも爆発しそうだったダスティア様が、矢で射られたように顔をひきつらせたからです。
「図星のようですね」
勝ち誇るように薄く笑ってやりました。
すると、ダスティア様はオーガ顔負けの形相で私を睨み付け、つかつかと近づいてきます。まあ何がこの後起きるかは容易に想像がつきますね。
「この腐れ売女が!」
仮にも聖女である私に対して最大級の暴言を吐きながら、ダスティア様が大振りの右手を繰り出してきました。
狙いは私の左頬です。
ボキメキャバキィィッ!
いくつもの枝を同時に破壊したような音が、フールトン様のお部屋に鳴り響きました。
当然ですが私の頬が張られた音ではありません。私のほっぺたはそれなりにモチモチしてますから。
「ぎぃやぁぁああああっ!!」
伯爵だか侯爵だかのお嬢様が床でのたうち回っています。美しかった顔は涙と涎と鼻水にまみれ、もはや汚泥と大差なくなっていました。
私が使った防壁の魔法に思いっきりビンタをした結果、腕が複雑骨折したのです。
並の術者の防壁なら手にヒビが入るくらいで済んだでしょうが、私は並ではありません。なのでここまでの反動ダメージになりました。
「お気の毒さま」
次からは相手を選んで叩くことですね。勉強になったでしょう?
新連載です。
面白い、続きが気になる、そう思われたら
ブックマーク登録や★(評価ポイント)を入れて応援よろしく!




