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僕は大丈夫だから!

「ひゃっほー!!」

 新しくあてがわれた自室につくなり、こころさんはベッドに飛びこんだ。

「すごい、部屋が超豪華ー! VIP待遇! 最高ですねー!」

「……ああそう。僕は最悪の気分だけど」

 はしゃぐこころさんに苛立ちながら、僕は隣のベッドに座る。柔らかすぎる感触が、どうしてもなじまなかった。豪華そうなツボやらテーブルやらは、僕には決して似つかわしくない。借り物の中にいる感覚だ。

 こころさんも僕の動きに応じて、ベッドの上であぐらをかくように座る。お互いの目を見て話すのは、はじめてだった。

「嘘は言ってないですよ? 二人のほうがつらいし、二人のほうが耐えられる。事実でしょ」

「僕は仲間を助けるために努力したんだよ。それを台無しにしてどういうつもり?」

「バカですか? 助けられた側の気持ち分かるっしょ、だから自分が身代わりになろうとしたんですよね? 余計なお世話なんですよ、補給もないのに死にそうになるっつーの」

 彼女は背伸びをして、我が物顔でベッドに寝転んだ。

「……いや、言い訳がましいですね。今の嘘です」

「え?」

「純粋に感動したし、一人にしたくないと思った。それじゃだめですか?」

「……ど、どうして? こころさんからしたら、僕は赤の他人なのに」

「あんたからしてもそうでしょ、カタリさん。……いいえ」

 寝そべりながら、彼女はこちらに顔を向ける。

「カタルさん」

 びくっと体が震える。体が固まった。

「はは、何で知ってんだって顔ですけど。逆にあんた、あたしのことに気づかなかったんですか?」

「ご、ごめん、どこかで会ったっけ」

「小学校でいじめられていたの、忘れました?」

 忘れるはずがない。

 子どもの戯れ程度のいじめであろうと。やられた側は忘れないという言葉のように、間違いなくトラウマとして、心の真ん中に存在している。

 あのときのいじめの主犯格。名は……寝子。夏目寝子。

 ……夏目。

「もしかして、寝子さんの……家族?」

「本人です」

「え!?」

「あんたがカタルさんだって気づいたのはつい最近です。こっそりあんただけでも逃がそうとしてたのに、まさかこんなこと名乗り出るなんて……ぜーんぶ無駄になっちゃいました」

 ケラケラと笑いながら話されたその内容。僕はどこか釈然としなかった。

「こころさん……は、僕のことが嫌いでいじめたんでしょ? 何で助けようとするの?」

 彼女は少し黙り込んだが、呆れたように、諦めたように微笑む。

「まず、嫌いでいじめたわけじゃないですよ。好きでもなかったですけど。誰でも良かったとしか言えません。最悪な女ですよね」

 ずっと聞きたかった、いじめの理由。だが思った以上に内容はなく、何も言えなかった。腹が立つ以上に、虚無。むなしい気持ちにしかならない。

 彼女は天井を向くように、再び寝返りをうつ。

「その後のことは知ってますよね。代わりに登校してきたカタリさんにボコボコにされ、そのあと標的にされたのがあたし」

 よく覚えている。

 ざまぁみろという気持ちがなかったわけじゃない。だが。

「でもカタルさん……あたしへのいじめ、止めたでしょ」

 その行動を起こしたのは、間違いなく事実だった。

 ほんの少しだが、彼女の意図を理解する。こころさんはその僕の行動に、何らかの感謝を抱いている。罪悪感もだ。

 しかし僕こそ、罪悪感で潰れそうになっていた。

「あのときは……優しい人アピールをしたくて、立派な人に見られたくて助けただけで……こころさんが感謝するようなことは何もないんだ」

 自分にひどいことをした人間を許す。そうすることで、自分のプライドを守った。

 だっていじめられている最中は、何度も彼女を殺したいと、死んでくれと祈っていたのだから。

「だとしても、です」

 こころさんは、迷いも動揺もない瞳で、天井のシャンデリアをまっすぐに見つめている。

「あたしは死刑になっても仕方ないようなことをしたんです。助けられるということが、身に余る幸福だったと理解しています。ただ……」

「ただ?」

「ここで最初に顔を見たとき、あたし、あんたのことカタリさんのほうだと思っていて……つい反抗しちゃったというか。怖くて素性がバレないようにしちゃったというか。んで、くっだらねー自己保身で、後に引けなくなっちゃったと言いますか……」

「……怒ると怖いもんね、姉さん」

 僕と姉さんは性格が全く違う。しかし、一度しか姉さんに会ったことのないこころさんは、すぐには見抜けなかった。仕方のないことだ。

 こころさんは、自分の手を見つめている。なんてことないその様子が、とても悲しいものに見えた。

「ダメですね。自分の罪を償うためにここに来たのに、相変わらず自分のことばっかでした。でも、あんたの傍にいるべきなんじゃないかって……思ったんです……」

 僕は立ち上がって、こころさんのベッドに座る。思い切って、彼女の隣に寝転んだ。突然のことに、彼女は驚いた様子で身を引こうとする。

「な、何!?」

 しかし、僕はその手を握って、引き止めた。

「話せてよかったよ」

「……え」

「あのときのこと、許せるかと言われたらそんなことないけど……でも反省してくれたんならもういい。今後は対等な仲間としてよろしくね」

「……何で。だってあたし、いじめ……」

 本当に僕は、もういいのだ。

 恐らく彼女は、僕が責めなくても苦しみ続ける。だからこそ、僕が責める必要はない。

 むしろ仲間として……その苦しみを増大させるようなことはしたくない。彼女は僕のために地獄に落ちてくれるほど、猛省しているのだから。

 彼女はしばらく気まずそうに視線をさまよわせたあと、ぎゅっと両目を握った。




 そうして、僕たちは本当に地獄に落ちた。




 命がけで戦って、補給して。部屋に返ったらこころさんと同じベッドで寝る。

 折られた腕は補給が終わってからも痛むように思えて、刺された箇所はいつまでも熱く感じる。何もされていない、何もしてない。その時間もなぜだかつらかった。

 明日も戦いがあると思うだけで、体が重いのだ。休憩時間であろうと、休んでいようと、毎日やるべきことがあると考えるだけで、気分は果てしなく沈み、死んだほうがいのではという気持ちに襲われる。それこそ、いじめられていたときと同じ思いだった。

「さあおいで、カタリさん」

 三戸さんが僕を呼ぶ声はいつも優しい。

 しかしその手をとるために、どれほどの勇気が必要か。

 自分は何をしているんだと惨めになる。ここに来なければ、夜野先輩の申し出を受け入れていれば。アンナさんを見捨てていればよかったのだろうか。答えは出ない。

 しかし。……こころさんだって、今、がんばっている。その事実が苦しく、しかし僕の気力を取り戻させる。

 負けてたまるか。負けない。改めてそう誓い、僕はいつも通り三戸さんの手をとった。


「こころさん、起きてる?」

「はい」

 言い方はそっけない。こちらを向こうともしない。しかし隣で寝ることは、いつも許してくれる。

 逆に僕は、こころさんのほうへ体を転がす。僕よりも背が高いはずの彼女の背中は、とても小さく見えた。

「三戸さんって指ボロボロにするの好きだよね」

「ですね」

「こころさんも同じ?」

「そうです」

 雑談の話題が最悪だったことに、今ようやく気づく。こんな話にも乗ってくれたこころさんに感謝しつつ、彼女に布団をかけた。

「早寝遅起きしなきゃいけないからね。体力は温存しよっか」

 時間厳守だというのに早寝遅起きが許されていることを、不思議に思った日もあった。はじめての補給の日までは。

 今からでもこころさんを逃がしてあげられないだろうかと思案していると。こころさんがふいに、こちらに向かって寝返りをうつ。

「……こころさん?」

 彼女はぼろぼろと大粒の涙を流していた。慌てて指で拭ったが、それでもなお、いつまでも溢れ続ける。

 おろおろしていると、こころさんが口を開いた。

「あたし、がんばります」

「うん、こころさんはがんばってるよ」

「もっとです。それが……無駄になったとしても」

「……う、うん」

 言いたいことがあるが言いづらい、どんな態度だ。それを感じ取り彼女の頭を撫でる。

「何かあったら言ってほしいな。一人で抱えるより楽になる。二人で耐えるために来てくれたんだからさ」

 声を噛み殺して泣きながら、こころさんは何度か頷く。

「勘違いかも、しれないんですけど……」

「うん」

「世界、滅んでるんです」

 声が出なかった。

 というより、頭の中が真っ白になり、話そうという思考が浮かばなかった。

 そんなはずがない。もしそうだとしたら、僕たちが戦う理由がない。あの平和な世界を守るために、ここまで来た人だっているはずなのだ。

 しかし同時に。こころさんの瞳は嘘を語っていないと確信した。

「何でそう思ったのか聞いていい?」

「実践の場が荒廃してるのもまずおかしいんですけど……今日上層部の人たちが言ってたんです。あたしたちが戦わないと、残された数少ない人間も死ぬことになるって」

 残された、少ない街。

 その言い草は確かに、世界のほとんどが滅んでいると受け取れる。

 だが僕がここに来る直前までは、大勢の人であふれていた。世界はきちんと機能していた。この短期間で何があったというのか。こころさんの勘違いなのではないか。

 しかし、もし。もし正しいとしたら。

 コンコン。

 突然扉がノックされた。扉を開けたのは三戸さんだった。彼女はこうして、僕たちの様子を見に来ることがある。貼り付けたような笑顔で。

 怒りや恐れもあったが、真っ先に疑問を投げつける。

「世界って滅んでるんですか」

 すぐに、無意味な質問だったと考えを改める。そうだとしてもそうじゃなかったとしても、彼女が頷くはずがない。自分の浅はかさに呆れる。

 三戸さんは、はつらつとしていた。

「ああ! 滅んでいる!」

 一番ありえないと思っていた答えだった。

「悲観的にならないでくれたまえよ! 生き残っている人たちもいるのだから! 死者にだって、ノマドとして人類の役に立つ者もいる。もちろん悪魔憑きに成り下がる愚者もいるが」

「え……ちょっと、え……?」

 唇が震える。まっすぐに声を出すことが、今はこんなにも難しい。

「ね、姉さんは……母さんや父さんは……?」

「知らないが、生きているといいな! 奇跡を信じよう!」

「っ何だよそれ!!」

 今理解した。

 はじめての実戦。見知った店の看板が落ちていた。その違和感から目を背けた自分が情けない。

 世界は、滅んでいるのだ。

「家族が死んでいるかもしれなくて……しかも何? 悪魔憑きが人間だって!? そんな世界のために僕たちは戦ってるの!?」

「そうだ。それが人類に残された希望だ。悪魔憑きがいなくなれば、人類も最初からはじめることができる……私はそのために、正義のために努力する! 君たちもがんばりたまえ!」

 殴ろうとした。

 三戸さんは避けなかった。

 だが、僕に女性を殴ることはできない。どうしても体が抵抗し、固まる。震えながら右手をおろし、爪が食い込むほど強く拳を握る。

「せめて調べて……僕の家族が生きているかどうか……」

「できない相談だな。死んでいるとなれば、君は戦いをやめてしまう」

「戦いは続けるよ、仲間を守るためなんだから……」

「信じられないから、信用を勝ち取ったらまた言ってくれ! ではな!」

 ご機嫌な様子で出ていく彼女を見て、殴らなかったことを後悔した。だが僕は、何度チャンスが回ってきても、殴れないのだろう。

 家族が死んでいるかもしれない。僕の意識を朦朧とさせるのに、十分すぎるほどの衝撃だった。

「カタルさん……」

 振り返る。こころさんは心配そうに、僕を見ていた。

「あっ……ご、ごめん、こころさん。僕は大丈夫だから!」

「嘘……」

「本当だよ。元の生活には戻れないかもしれないけど……正義の味方だから。僕がどうにかする、くらいの気概でいないとね!」

 思ってもいないことを、自分に言い聞かせるように。

 手が震える。声が震える。


『カタル! 成績があがってるな! 何で言わなかったんだ!』

『勝手に見ないでよ母さん! だって、姉さんよりも成績が低いし……』

『カタリちゃんは確かに偉いけど、前より成績をあげるというのはとってもすごいことよ!』

『何で父さんが一番はしゃいでるのさ……』

 横から、僕の頭の撫でる優しい手。

『偉いわね、カタル』

『……姉さん、僕は子どもじゃないんだけど……!』

 そっけない態度をとりつつ、とても、とても嬉しかったあの日。

 この数日で家族に何があったのか。想像するだけで、凍りつきそうなほどの寒気が背筋に走る。

 それら全ての感情をひっくるめて封印し、僕はこころさんに笑いかけた。



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