何でこんなことしたの?
その日の訓練場に、他の団員はいなかった。
呼ばれたのは、僕のチームメイト。ローセ教官に勉先生。見知らぬ軍服の人たちに、僕。そして三戸さん。誰に見られても構わない、やましいことはしていない。そう思ってここまで来たが、実際こうなると不満が生まれた。
自分を必死に抑えつつ、三戸さんを見る。眉間にシワが寄っているのが自分で分かった。
「千夜さんたちを呼ぶ必要がありましたか?」
三戸さんは、僕の不満など素知らぬ顔で、ひらひらと右手を振った。
「君たちの場合、こういうのもストレスになるかと思ってね。がんばって強くなりたまえ!」
堂々とした出で立ち。きれいなひと。だが自分でも驚くほど、冷たい感情しかわかない。怒りと軽蔑、諦め……出てくるのは、深いため息のみだ。
千夜さんは何が起こるのか分からないと言いたげに、周囲を見渡している。そして僕の元に近づこうとしたが、軍服の集団がそれを引き止めた。
「なっ!? 何をするんですか!」
「は、はなして……!」
彼女たちの手首に嵌められた手枷は、ノマドの発現を許さない。腹は立つが、安心した。千夜さんたちにも僕を止めることはできない。
アンナさんも疲れを隠しきれない様子で、どういうことだと問いたげだ。消耗していることは、恐らくニナさんたちにも理解できただろう。
そんな騒ぎをものともせず、三戸さんは大げさな身振り手振りで演説をはじめた。
「アンナさんは言ったね? 自分が戦う、その間は仲間たちを見逃せと」
「……ああ、言った」
「だがそれを知ったカタリさんは名乗り出た! 自分が代わりになる、アンナさんより強いと証明するとッ!」
「……は!?」
誰の驚きだったのか。仲間の全員が驚いた顔を見せたから、声の主を特定できなかった。
全て聞こえないふりをして、僕はアンナさんに向き直る。右手を前に出し、アンナさんをじっと見据えた。
「来て、カフカ」
ノマドが発現する。何度か振り下ろしてから、両手で柄を強く握り、構える。
アンナさんは明らかに動揺していて、ぎゅっと自身の胸あたりをおさえて、苦し紛れの笑みを浮かべていた。
「お、お前、正気かよ? や、やめたほうが……」
「やめるのはアンナさんのほうでしょ? 隊長なんて向いてないよ、君には」
「……畢生」
彼女もノマドをとり、どこか自信なさげに構える。鎌の鋭さに怯むが、今の僕は、足を震えさせることすら許されていない。彼女を圧倒的に圧倒する。恐怖なんてひとかけらも見せてはならない。
そんな僕の態度がどう見えたのか。アンナさんも一切の私情を消し去り、僕に向き合った。
「止めても無駄なら、本気で行くぞ」
「手を抜いてくれてもいいよ。時間差はそんなにないしね」
「……宣ってろ!」
三戸さんが、僕たちから数歩離れた。そして右手を上げる。
「では……はじめ!」
ぱちんと指が鳴り……、
速攻、アンナさんに突っ込みながら、長剣を振り下ろす仕草をして見せた。
だが彼女の鎌がよりはやく、まずは防戦することになる。彼女の動きに無駄はない。自分が傷ついてもいい、そのような戦いぶりだった。恐らく次は、右半身を犠牲にした覚悟で突っ込んでくる。
やはりだ。しかし、そこを攻撃するはずもない。長剣で攻撃を受け流し、距離をとった。僕の意図に気づいたアンナさんは、悔しそうに鎌の柄を握る。
「俺にケガをさせねぇつもりか……!?」
「うん」
「ざけんな! んなナメた戦い方で勝てるとでも!?」
「うん」
彼女は地面を蹴り、飛ぶように僕に向かってくる。防御する様子はない。しかし、僕はその隙を狙わない。
防御、防御、とにかく防戦。体力は少しずつ削れていく。
「どうしたァ!? 守るだけじゃ勝てねぇぞ!」
僕は防御を続ける。無言での挑発に、アンナさんが冷静さを欠いていくのが感じ取れる。
「このバカ!!」
彼女の力に押し負け、吹っ飛ばされる。
そこで、アンナさんは、僕の首筋を狙って鎌を振り下ろした。彼女の思考は読める。間際で止めて、勝利を宣言するつもりだ。
僕は防御を諦め、無理やり彼女に向かって突っ込んだ。
肩に傷を負う。アンナさんが目を見開いた。
「なっ……!?」
彼女の足を、軽く突く。
ころんだ彼女の首筋に剣先を当て、しばらく無言で見つめ合った。
「勝者、夢尾カタリ!」
アンナさんは、弱々しくその場に崩れ落ちる。
「そん、な……」
負けたことへの落胆。
と、いうよりは。僕にケガを負わせたことを悔いているようだ。まっすぐに僕の傷を見つめて、震えている。
「何で、こんな……」
その問いかけはあまりに悲痛な声だった。僕はアンナさんに触れられる距離まで歩く。
「僕のセリフだよ。何でこんなことしたの?」
「ケガさせるつもりはなかった!! 寸止めするつもりでっ」
「そうじゃない。そっちじゃない。何でこんなことしたの?」
彼女は答えない。
答えなくてもいいと考えていたが。答えが聞きたいと、心の何処かで願っていた。……今となっては、どうでもいいが。
顔を背けて、三戸さんのほうへ歩いていく。勝ったと思って油断したことは認めざるを得ない。これからどうなるか、そのことで頭がいっぱいだった。
「ぅわっ!!」
アンナさんの声に振り返る。何が起こったのか、即座には理解できなかった。
僕の背に向かって、アンナさんが僕に向かってきていた。それは察した。今からでも僕に勝とうとしたのだろう。僕を救うために。
だが、こころさんがその鎌を振り払ったということは、全く想像できないことだった。
「この手枷の構造よくないですよー。拘束慣れしてたらすぐに解錠できます」
その一連の流れを見ていた三戸さんが、困ったように唸る。
「これは、誰が一番強いのかな?」
「あたしですね」
即座に反応したアンナさんに対し、三戸さんは肩をすくめる。
「いや君は、おいしいところを持っていっただけだろう?」
「そりゃそうですね。でもあたしがいなかったらカタリさんは負けてました。つまり、あたしとカタリさんのコンビが勝ちです」
「コンビとかいう話はないんだがな……」
「ま、とりあえず聞いてくださいよ」
こころさんは双剣のうち片方をぐるぐる回しながら、当然のことを説明するように堂々と胸を張っている。
「一人ってのは逆に効率が悪りーんですよ。あの補給は、もうひとりが必要です」
「あえてストレスをかけているんだ。心の支えは必要ないぞ?」
「と思うでしょ? でも誰かが同じ思いをすることで、よりつらくなる。しかしその誰かが心の支えになることで、より大きな苦痛に耐えられる。一人でも五人でもなく、二人が一番効率がいいんです」
「……うーむ」
三戸さんは思案しつつ、顎に手を重ねる。その答えが出されるのも待たずに、こころさんは三戸さんに詰め寄った。
「どーせアンナさんは限界なんでしょ?」
「そういうことらしいな」
「んじゃ、一回あたしに言い負けてくださいよ。試すだけ試すんです。今日から実戦で戦うのは、あたしとカタリさんの二人です」
その無茶とも言える理論に、三戸さんは。
……笑った。
「いいだろう! 古い方法に固執せず、新しい案を試していかねばな!」
当然、僕は納得できていない。こころさんに反論しようとするが、無理やり肩を引き寄せられ、口をおさえられた。
「言いたいことは分かりますって。あたしが来たら意味ないって言いたいんでしょ? でも今は黙っててください」
その思考は読めないし、まだ反論は諦めていない。
しかし、そんなことは認められないと言うより先に、僕とこころさんは別室へと連れて行かれた。