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やめてください、やめて!

 そして、補給の時間が訪れた。

 地下の補給室。大げさなほど重そうな鉄の扉に気圧されて、体が動かない。

 寝て待つだけ……とは聞いているが。はじめての経験というものは、僕のような弱気な人間には難易度が高い。

 千夜さんと顔を見合わせる。お互いにしばらく沈黙していたが、そのうち千夜さんはくすくすと笑い出した。

「ふふ」

 その笑みの理由が分からず首を傾げる。千夜さんは柔らかい笑みを浮かべて、僕の背を軽く叩いた。

「なんて顔してるんですか。確かに補給の内容は分かりませんが……一人というわけではないでしょう?」

 彼女なりに、僕を慰めようとしているのだろう。

 ここまで言われてぐちぐち言うなど、男らしくない……今は男ではないが……とりあえず、勇気を出さなければいけないときだ。

 その横で、こころさんが指先を顎に当てながら、思案するように首をかしげた。

「でも何するんでしょーねー?」

 アンナさんがそれに答える。

「勉が言うには、補給に耐えられるのは女だけってことだったけどなァ……」

「そうだね……」

 確かにそうだった、と頷く。

「……」

 そう、補給に耐えられるのは女性だけ。だから男はここに来られないのだ。

「…………」

 何かが引っかかる。

 ちょっと待て。

 僕は男だから……補給には耐えられないのでは!?

「おや、勢揃いだね!」

 三戸さんの声に、体が思いっきり跳ねる。まずい。男であることを忘れていたわけではないのに今の今まで結びつかなかった。僕はこの補給を受けてはいけないんじゃないか……!?

 両親の写真が、という質問をしている場合ではない。一刻もはやく、補給を回避する手段を思いつかなければ。

 ぐるぐると思考するが。

「さぁ! 入ってくれ!」

 全く抵抗できないほど強い力で引きこまれ、僕は真っ暗な補給室に足を踏み入れた。

 中の風景は……。

「……ん?」

 一瞬で、千夜さんと僕たちの間に、大きな距離ができていた。

 千夜さんは部屋の中心にいて、僕たちは少し高いところからガラス越しに彼女の様子を見ている。

 部屋にはベッドがある。ホテルの一室のように整えられている。横のソファには、ハートのクッションが置かれていた。

 行ったことはない。行ったことは一回もないが、まるで。

「なんか、ラブホみたいですねー?」

「思ったけど! 思ったけど!!」

 女子に耐えきれて男子に耐えきれない、の意味をようやく把握できた気がした。見てはいけないと理性が叫ぶが、見たいものは見たい。高校生男子であることを後悔した。見たいものは見たい。

 心中で複雑な気持ちを戦わせていると。

「可愛い部屋だろう? さぁ千夜さん! ベッドに転がるんだ!」

 三戸さんが、千夜さんに近づく。ベッドに押し倒された千夜さんは、不安そうにあたりを見渡した。

「あの、他の皆さんは」

「まぁまぁ気にしないで! 二人で楽しもうじゃあないか!」

「わ! 私はこういうことは、自分が選んだ人と……っ」

「いいからいいから」

 千夜さんは後退りし、くるっと三戸さんに背を向けた。逃げようとしている。

 僕はといえば、両手で顔を覆いながらも、指の隙間から様子を伺っていた。自分を恥じつつも、絶対に逃せられないシーンが来るのだと確信し、熱い体を抑えるように力をこめる。

 どうなるのかと、見守っていると。


 突如、

 千夜さんの足が床に転がった。


「……え?」

 状況を理解するのに時間がかかった。

 足が、落ちた。千夜さんの体から独立して、地面に投げ出されている。沈黙、自分が息を飲む音。次の瞬間。

「あ、……、あ、ぅあぁぁぁぁっっ!? あっ……あぁ……ッ あぁぁッ!!」

 絶叫。ベッドの上に血が撒き散らされる。彼女は太ももをおさえてのたうち回った。暴れている間に、どさっと床に落ちてしまう。

「いたい!! いたいッ!! あぁぁぁぁ!! 何で、何でッ!?」

 その悲鳴はあまりに悲痛で、ドッキリでも夢でもないのだということは明らかだった。涙や涎で濡れた顔を見ていると、こちらの胃まで痛くなってくる。体が震えて、僕はすぐに叫ぶことができなかった。

「逃げたらダメだぞー。はい、ベッドに転がってー」

 三戸さんは千夜さんの髪を掴んで、力任せに引っ張る。乱暴に持ち上げると、ベッドの上へと投げ捨てた。

「痛い! やめて!! あああああああ!!」

「……あ……う、うわああああ!! ち、千夜さん!!」

 僕は慌てて、一刻も早く助けに入ろうと、ガラスの壁を全力で殴りつける。だが、ヒビすら入らなかった。

 そんな悠長なことをしている間にも、三戸さんは意味不明な形の器具を取り出した。

「寝て待っててくれたまえ! 私が勝手に補給するから!」

「や、やだ、やです……なんで、なんでこんな……」

「ノマドは負の感情を補給しないと動かない。ストレスだね。精神的にいびることもあるが、この方法が一番効率がいい。つまり……」

 三戸さんはそう言いながら、メスを振り下ろす。それは皮膚を簡単に破って、千夜さんの腹部にめり込んだ。

「ああッ!?」

「ここで死んでも大丈夫さ! だからこそ、ここで死ぬほどストレスを溜めるんだ。君は寝て待ってていいぞ! 早寝遅起きは大事だな! 時間厳守!」

 べりっと痛々しい音を鳴らしながら、爪が剥がされる。千夜さんの体ががくんと跳ねた。

「まっ、待って! 痛い!! 痛い、からぁ……っ」

「指には神経がたくさん通ってるからね。爪をはいで、関節に釘打って、そのあとに潰さないともったいないだろう!」

 あまりの恐ろしさに背筋が凍る。僕はただひたすら、ガラスを破ろうと拳を打ち続けた。隣ではアンナさんも蹴りを入れている。

 それでも、ガラスは歪むことすらない。代わりに、力いっぱい叫ぶことにした。

「やめてください! 三戸さん、やめて!!」

 だが三戸さんが止まることはない。ただただ拷問は続いていく。

「あ、肉削ぎ器を忘れていた。見てくれ、ピーラーによく似ていて面白いだろう?」

「ひっ、あ、ぁ、や、しにたく、な……」

 もう叫ぶ力もなくなってきたのだろう。千夜さんの声が次第に小さくなる。

 三戸さんが、千夜さんの頬を両手で覆った。苦しみで歪められたその顔を愛おしむように、母親のような優しい表情で。

 皮肉にもそのときようやく、母と三戸さんが、全く同じ顔なのだと分かった。

「目って2つもいらないよね」

 千夜さんの両目が、頭の奥のほうへと押し込まれる。

 しばらく痙攣していた千夜さんの体が、動かなくなった。

 同時に僕は崩れ落ちる。千夜さんの死を受け入れられず、声も出なければ手足も動かない。頭の中に、単語が浮かんでは消えていく。

 死んだ? どうして? 何で? 理由は? これからどうなる? どうすればいい?

 ……ぽん、と後ろから肩を叩かれた。

「ひぃっ!」

 みっともない声をあげて、逃げるように後ずさりながら振り返る。三戸さんが、何でもないような顔で、血が垂れるのも気にせずに笑っていた。

「生き返るから大丈夫さ。また会えるよ。だから、とりあえず今は……」

 周囲にアンナさんたちがいないことに気づく。そして、僕がホテルのような整った部屋の中にいることも、ようやく理解する。

「補給を気持ちよく楽しんでくれ!」




 通夜。

 そんな空気だった。

 5人全員が『補給』したこともあって、僕たちには1日の休暇が与えられた。座学も訓練もない、実戦に行く必要もない平和な1日。

 しかし、起きてから数時間。誰も話しだそうとしない。体には傷一つないものの、心の傷を物語るかのような沈黙が、延々と流れ続けていた。それぞれ、ただ、ベッドの中で静かにしている。

 そのうち千夜さんがベッドから降りた。外に出ていったと思えば、カートを運びながら戻ってくる。そこには、5人分の食事があった。

「あの……食事はしないといけないですから……」

 彼女は最初に僕のベッドへと来た。だが、食欲など一切ない。首を横に振った。

「要らない……」

「ダメですよ、食べないと……少しでいいですから……」

「要らないってば!!」

 叫んでしまった。

 すぐに我に返るが、手遅れだった。千夜さんは驚いた顔をしていた。弁解しようと考え手を伸ばすが、彼女は泣きながら扉のほうへ駆けていく。

「……ごめんなさい……」

 先に誤ったのは千夜さんだった。そのまま、部屋の外へと出ていってしまう。

 千夜さんも酷い目に遭ったことは、僕が一番よく知っているはずだ。知っていたのに、気遣ってもらったのに。このように責めて、傷つけていいはずがない。

 僕は慌てて、ベッドから降りた。

「ごめんみんな、千夜さんを探してくる! みんなは先に食べてて……」

「俺も行く」

 意外にも、アンナさんが立ち上がった。こころさんとニナさんは何も言わず、ただ真正面を見つめている。どう声をかけていいか分からず、僕はアンナさんと部屋の外に出た。

「千夜さん、どこ行ったんだろ……」

「しらみつぶしに探すしかねぇな」

「うん……」

 会話が途切れる。だがすぐに、アンナさんが語りかけてきた。

「カタリは何でここに来たんだ?」

 返答に困る質問だった。だが嘘をついたり取り繕ったりする余裕はない。頭に浮かんだ言葉が、そのまま口をつく。

「なんとなく……成り行きで」

「そうか」

 アンナさんはいつもスタスタと先を歩くが、今日は僕と同じスピードで歩いている。

「俺は、正義の味方になりたいから来た。すごくかっけー奴がいたんだ。もう顔も名前も覚えてねぇが、弟のために世界を救うって意気込んで、何もかもを助けるような奴だった」

「……今のアンナさんに似てるね?」

「ハッ、勝手に憧れてるからやってるだけだ。ニナのことは……放置しすぎてたくらいだ。悪いことをした」

 そこまで話したところで、彼女はいきなり僕の胸ぐらを掴む。殴られるかと思ったが、ただブローチを奪われただけだった。それを自分の胸につけつつ、アンナさんは目を伏せる。

「すごくかっこいい女だった。お前と少し似てる。困ってる人間がいたら、数分後には助けてるような女。まだまだ遠く及ばねぇが、俺もそうなりたい」

 意味深で切なげな笑み。次に、中庭に向かってくいっと顎を向けた。

 その先にでは、千夜さんが座り込んでいた。花壇の前で、声をおさえて泣いている。アンナさんに背中を押された勢いのまま、僕は千夜さんに駆け寄った。

「千夜さん!」

 声をかけると、千夜さんは驚きで肩を跳ねさせた。おそるおそるこちらを見ると、すぐに視線をそらしてしまう。

 僕は彼女と視線の高さを合わせるように屈み、震えるその肩に手を置く。

「千夜さんごめん、怒鳴っちゃって」

「……でも、私を助けなければこうならなかったんです……だから……」

「違う! 千夜さんのせいじゃない、それに後悔もしてない。ごはん、ありがとう」

 彼女は再び涙を溢れさせ、僕の胸に飛び込む。僕はその背中をそっと撫でた。

 すると、背後でアンナさんのため息。

「おーおー、イチャつきやがって」

 千夜さんは顔を真っ赤にして僕から距離を取る。

 近づいてきたアンナさんの表情はいつもより柔らかく、声色もどこか優しかった。

「カタリ、お前が正しいよ」

「え……?」

「一人に寄り添うことも、精神的に救い希望を持たせることも、正義の味方の仕事……やってみるよ、俺なりに」

 胸の前で拳を握りしめるその姿は、それこそ、すべてを救う決意をした女神のように輝いていた。

「調べてるときに聞いたんだ。隊長は騎士団のシステムに異を唱えることができる。しばらく自室には戻れなくなるが」

「それなら、僕が……」

「お前は気弱そうだから無理だろ。俺がやる。ただ俺の意見が通らなかったときのことを考えて、ここから逃げる方法も考えておいたほうがいいな。そっちは任せる。じゃあな!」

 詳しく聞く間もなく、アンナさんは走り去ってしまった。

 空を見上げる。快晴だ。しかしどこか偽物のように、作り物のように見えてしまった。


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