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一人に寄り添って一人を助けることも義務だ!

 目が覚めると、また白い天井があった。

 以前と全く同じ光景だ。情けなさを感じつつ身動ぎする。体が思うようにならず、無理に動かせば折れるのではないかと思うほどに硬かった。

 傍に誰かがいると気づいたが、寝起きだからか、目がかすんで、それが誰だか分からなかった。乾いてガラガラになった喉から、声を絞り出す。

「誰……?」

 そう訊ねると、その人物は立ち上がる。顔を近づけられてようやく、傍にいてくれたのが誰だったのか理解した。

「千夜さん……」

「……は、はい。そうです」

 僕が起きたからか、安堵の表情を見せる。しかし同時に、不安そうにも俯いていた。怒られることを心配する子どものように。

 怒ることなど何もない僕は、頭に浮かんだ疑問をそのまま問いかける。

「あれは夢なのかな、さっきまで戦ってた気がする。それとも今が夢……?」

「どちらも夢ではありません。夜野先輩が合流し、悪魔憑きは撤退しました。犠牲者はいません」

 覚えていない。叫んだ後の記憶が、食べられたかのようにすっぽり抜けていた。だが千夜さんの言葉が事実だとしたら、みんなは無事に生還できたということだ。

「よかったぁ、安心した……ねえ、千夜さん」

「はっ……はい、今回は、ご迷惑を、その……」

「ごめんね、見捨てるって無線が来たとき、怖かったでしょ?」

 千夜さんは驚いた目をして、言葉を詰まらせた。動揺を見せたあと、おずおずと話し出す。

「それは、あなたが謝るようなことではないです……どちらかといえば……」

 僕は首を横に振る。

「僕がしっかり実戦を断ってれば、こんなことにはならなかった。ごめんね。リーダーとしてもっと強くならないとね」

 今回の一件は僕に非がある。それが僕の出した答えだった。三戸さんに断りの一言を入れられていれば、千夜さんに恐怖を与えることもなかった。悔しさをぶつけるように、布団の中でシーツを握りしめる。

 期間限定とはいえリーダーなのだ。団員を守る義務がある。偽物だからこそ、より完璧にこなすべきだった。

 怒られるだろう、罵られるだろうと予測していたが。千夜さんは再び椅子に座り、切なげな表情で自身の手元を見つめた。

「どうして助けてくれたんですか?」

 想像もしていなかった問い。だが、千夜さんの声色は低く、真剣だった。

「こんな冷たい女を。どうして? 人に好かれる人間ではないのに」

 それが、千夜さんの自己評価。予想していたより、自分のことが嫌いらしい。

 茶化すことも少しは考えたが、明らかに冗談を入れる状況ではない。彼女の心が読めるわけではないが、真剣に質問していることは僕でも分かる。

 体が動かず起き上がれない。僕は、彼女に向かって手を伸ばした。

「僕が好きになる」

「……は?」

「助ける理由になるね。それじゃダメかな」

「……バカバカしい。ふざけることしかできないほどお疲れなら、私はもう戻ります」

 本気の言葉なのだけれど。彼女は拗ねたように顔を背けてしまった。

 実際のところ、助けたことに理由があるわけではない。ノリ、勢い、生きてほしいという気持ちに、嫌っていないという事実。それがあるだけだ。

「また後でね」

 彼女にそう声をかけて、目を閉じる。疲れはとれていないらしく、体は勝手に意識を手放した。

 伸ばした手を握られた気がしたが……千夜さんの機嫌は悪かったようだし、気の所為だったのだろう。




「千夜さんったら、素直じゃないわねぇ」

 勉先生の無神経な発言。私は返事をしなかったし、カタリさんの寝顔から目を離すこともしなかった。

 普段なら嫌味の一つくらい出てくるのだが、今は心が浄化されたかのように真っ白で。何を言い返す気にもならなかったのだ。

 あのとき。

 死というものを考えたことは何度もあったが、実際に死の間際で見捨てられるとなると、体が震えた。

 助けられた経験もなく、そんな想像もできずにいた。それなのに諦める勇気も出ない。自らの弱さが身にしみて分かった。

 だが。

「生まれてはじめて……助けられた気がします」

 もちろん生まれるときに誰かしらは補助してくれているだろうし、赤ん坊のときに世話をしてくれた人間もいるだろう。だがそういうことではない。

 私という人間を真正面から見たうえで、助けようとする人。

 そんな人は、はじめてだったのだ。

 カタリさんの手を握っていると。……頬がほてるのを感じた。何故って、それは。

「でもまさか」

 勉先生の声がノイズになって耳に入る。

「カタリちゃんが、男の子だったなんてねぇ」

 彼女……彼は念の為に検査を受けた。私もそこに立ち会ったため、……立派なものを見てしまった。こうして触れ合っているだけで緊張する。

 どうしよう、男の人に触れた記憶なんてないのに!

 と思いつつも、手をはなしたくないという欲が先行して、動けずにいる。好きになるってそういう意味なのだろうか? だが彼は女同士のつもりでいる。もしかしていつか、もっと触れ合うことになってしまうのでは。

「……怖いのに触れたいなんて……一体どうしてでしょう……?」

 そう呟くと、勉先生が隣に座った。

「そのことは自分で答えを見つけるしかないわね。でも、本当に秘密にしちゃっていいの?」

「は? 当たり前じゃないですか。でもノマドで撃たれたいなら話は別ですよ」

 男が入ってきたとなれば、まず投獄は当然の成り行きだ。

 その上カタリさんがリスクを負って入ってきているとなれば……なにか事情があるに違いない。借りを返すためにも、私はその秘密を守ることに決めた。もちろんそれは彼のためだけではない。

 こうして寝息を聞くことができる。その距離感を、守りたくなった。

 私たちの様子を見つめていた勉先生が、ふいに顔を背けて呟いた。

「……後悔するのは、そっちだと思うけれどね」

 言葉の真意が掴めず、勉先生を見る。だが彼は、おどけるように肩をすくめた。

「独り言よ!」




 僕は、異常なほどの居心地の悪さに、縮こまるしかなかった。

 座学や訓練、休憩時間もそうだ。受ける視線が以前より痛くなった。ただ端に座っているだけなのに、誰もが僕を見て、ひそひそと話している。

「カタリさんたち、本当に実戦に行ったのかな?」

「先輩も教官も言ってたから間違いないよ! すごい活躍ぶりだったんだって!」

 話の内容からして、昨日の実戦についての噂が流れてるのだろう。

 一目置かれるのは悪い気分ではない。悪い気分ではないが。

 僕は偽物だから、目立つのはよくないんだよなぁ……! 頭を抱えて机に突っ伏す。姉さんと入れ替わることを考えれば、もっとひっそりと生きるべきだ。

 それに、はやくここから抜ける方法も考えなければ。一年間もここにいて、なおかつ男とバレないだなんて無理に近い。投獄ももちろん嫌だが、拷問なんてもっての外だ。

 僕がどうしたものかと考えている間にも、噂話は先に進んでいる。

「ねぇねぇ、今後カタリさんに訓練してもらおうよ! 座学も教えてもらお!」

 それは非常に困る。

「カタリさん」

「ん?」

 話しかけられて顔をあげる。千夜さんが、僕の席の前に立っていた。

「報告書は無事に提出できました。私たちのチームは今晩『補給』するようにとのことです。特に私とカタリさんは消耗が激しいので、訓練にも参加するなと」

「うん、分かった。教えてくれてありがとう」

 彼女は、別に……と言いながら、恥ずかしげに目を逸らした。頬が赤い。

「……あと、報告書もありがとうね?」

「べ、別に」

「話しかけてもらえて嬉しいよ、それもありがとう」

「……う、うぅ」

 彼女は真っ赤になった顔を、資料の束で隠してしまった。意地悪だっただろうか。嘘ではないが。

 あの保健室での時間を過ごして分かった。彼女は、本人が言うほどとっつきにくい性格ではない。少なくとも僕の前ではそうだ。

 ただ相手は、僕を男と思っていないから穏やかに話せるんだろう。そう思うと苦笑するしかないが。

「そ……そうでした、補給が終わるまでは集団で行動し、戦闘を避けろとも言われました」

「ありがとう」

「んんっ……うぅ……はい……」

 戦闘を避けろ。

 そう言われても、この騎士団の中で戦闘が起こるなんて。ここにいる悪魔憑きが生きていることはそうそうないらしい。となれば、実践形式の訓練でもなければありえないことで、

「カチコミだコラァ!!」

 扉が飛んだ。

 そこから入ってきたのは、アンナさんとニナさんだ。僕は今日治療室で目覚めたし、座学は別の部屋で行われたため、あの実戦以降は会っていなかった。

 アンナさんはずかずかとこちらに近づいてくると、僕の胸ぐらを掴み上げる。

「テメェが余計なことしたせいで俺の強さが霞んだじゃねぇか! どう責任とってくれんだ、あぁ!?」

「え、えぇ!?」

「ニナが止めてきたせいでもあるけどな! お前が真っ先に駆け出したせいだ!! 一発殴らせろ!!」

 無茶苦茶な理論で殴られそうになる。だがその拳を、千夜さんが止めた。

「やめていただけますか? 私たちはあなたの戯言を聞けるほど暇じゃないので」

「あぁ!? 一戦目から無様に負けたテメェに用はねぇ!! 雑魚は黙ってろ!!」

「……は?」

 いっそ見事と言いたいほどの勢いで喧嘩が売られた。

 当然千夜さんは不機嫌になるが、言い返すことはしなかった。悔しそうに歯噛みしている。よくない状況だと判断した僕は、アンナさんの手を振り払う。

「君って正義の味方になりたいんじゃないの?」

「当たり前だろうが! 今さら聞くんじゃねぇ!!」

「じゃあ、君の中の正義の味方って、そういう風に仲間を傷つける人物像を指すんだね?」

 アンナさんに睨まれ、足の横の拳が震える。

 しかし決めたのだ。あの実戦のようなことが起こらないよう、しっかり仲間を導くのだと。アンナさんをまっすぐ見据え、冷静に忠告する。

「正義の味方は人を危険から助けるだけじゃない。人の心を癒やし、希望を持たせることも仕事に含まれるはずだ。正義だけじゃない、世界だけじゃない。一人に寄り添って一人を助けることも義務だ!」

「……俺が正義の味方に相応しくねぇとでも?」

 彼女は怒りを顕にする。僕はできる限り凛としながら、彼女の手をとった。

「仲間になったからには応援したいんだよ。だから僕の意見を伝えているだけ。君ならなれると信じる! だから、世界の一部である一人を見下すような発言はやめて」

「……」

 沈黙がのしかかってくる。部屋にいた他の団員たちも、僕たちの喧嘩の行く末を無言で見守っている。鋭い糸でしばられたかのような感覚が、長い時間続いた。

 その静寂を破ったのは、意外にもニナさんだった。

「今のはアンナが悪い……謝ったほうがいいと思う……」

 彼女から同意されるとは思わなかった。驚く間もなく、アンナさんが長いため息をつく。次の瞬間には、アンナさんがまた不敵に笑った。

「ハッ! そりゃそうだ。悪かったな千夜」

「……いいえ、別に」

 丸く収まった。心のなかでニナさんに最大の感謝を伝える。アンナさんも、ストレートに思ったことを伝えてしまうだけで、根っからひねくれた人物ではない。そう確信できた。

 アンナさんは話を終え、こちらを指差す。

「ところでお前ら、訓練には出ねぇんだよな?」

「はい。私とカタリさんはエネルギーの消耗が激しいそうです」

「んじゃひとつ頼みがあんだけどよ。まとめた資料をバラバラにしちまってな。大体二百枚くらいなんだけど、順番通りに並べるのが面倒なんだよ」

「分かった、僕やるよ」

「私もお手伝いしますね」

 ニナさんが持っていた書類が、机の上に置かれる。二百枚。大した量ではない。千夜さんが手伝ってくれるようだし、訓練を待っている間に出来上がるだろう。座学の内容を復習するよりは楽そうだ。

 資料を抱えて、訓練場に向かう。みんなが訓練している間に別のことをする。小学生のときにも思ったが、その謎の楽しさは言語化されているのだろうか。資料の中身にも興味がある。僕はどこかウキウキした気持ちで足を進めた。




 訓練場の隅で、千夜さんと共に作業を進める。広げられた書類を、たまに文章を読み進めながら並べていた。

「この騎士団について調べた書類なんだね」

 僕が雑談を投げかけると、千夜さんはそれに返すようにうなずいた。

「他の団員や教官たちについても書かれていますね。見た目よりデータを大切にする方なんでしょう」

 ふと、千夜さんが書類のうち一枚を見ながら、呟く。

「カタル……さん」

「えっ!?」

「あ、ああ、いえ。カタリさんの弟さんは、カタルさんというお名前なんですね」

 男であると見抜かれたのかと思ったが、カタルだと気づいたわけではなさそうだ。安心から胸を撫で下ろす。

 やはりこんな心臓に悪い生活は続けられない。一刻も早く姉さんと入れ替わる手段を考えなければ。そう頭を悩ませながら資料の整理を続けていると。

「え?」

 あるものを見つけた。

 僕の両親の写真。僕についてここまで調べていたのか、と驚いていたが……本当の驚愕は、その下に書かれた名前を見てからだった。

「どういうこと……?」

「カタリさん? どうしました?」

「父さんと母さんの写真……三戸さんと勉先生の名前が書いてある」

 両親の写真の下に、二人の名前。

 これではまるで、僕の両親は二人と全く同じ顔をしているかのようだ。

 千夜さんが僕の隣に移動し、資料を確認する。彼女は思案し、そのページの文章をなぞりながら読み進めた。

「勉先生と三戸さんの経歴ですね。写真は……今とは印象がぜんぜん違います。古い写真なのでしょうか」

 二人で唸っていると、ちょうどアンナさんがやってきた。5分休憩のタイミングのようだ。僕たちの様子が気になったのか、近くに座る。

「んだよ? どうした?」

 簡潔に疑問を説明する。だが彼女も、意味不明だと表情を歪めるのみだった。

「そもそもお前の両親について知らねぇからなんとも言えねぇよ。補給のときに本人に聞いとけ」

「そ、そうだね……」

 他に手段がない。そう考え、僕はどこかザワザワする胸を押さえつけた。

 遅れてやってきたニナさんも傍に座る。まだ散らばっている書類を一枚手に取ると、それを見ながら、いぶかしげに呟いた。

「魔王?」

 その言葉に、千夜さんもアンナさんに質問を投げかける。

「そういえば魔王と女神の話がありましたね。都市伝説か何かですか?」

「あー、それな」

 アンナさんは心底どうでもよさそうにしながら、水筒を開ける。

「魔王っていう悪魔憑きを、女神が倒すんだってよ。そうすると希望の願いが叶うとか何とか。信じてるやつはいなかったけどなァ」

 ゲームでしか聞かないワードだ。騎士団という単語も十分現実味がないが、魔王とまで言われると、真面目に考える気もなくなる。アンナさんもそうなのだろう、声に真剣味はない。千夜さんとニナさんも、その件についてそれ以上何も言わなかった。

「と、ところで」

 ニナさんがおずおずと声をかけてくる。

「カタリは何で千夜を助けたの……? カタリも、正義の味方になりたいの?」

「え……? いや、好きだからかな」

「えっ!? ゲホッ!!」

 隣で千夜さんがむせた。飲み物を口にしている様子はなかったのだが。

 ニナさんもしどろもどろになっている。アンナさんは、半笑い、にやにやしながら千夜さんを見ていた。

「随分とチョロいなお前。まあ同性愛も異性愛も同じようなもんだろ、がんばれよー?」

「わっ、私は異性愛者ですから! ただ友情を育んでいるだけです!」

 友達に好きだと言われたくらいでこんなに焦るものだろうか。……友達が多くないのかもしれない。僕は同情と決意から、千夜さんの手をとった。

「僕は一緒にいるからね!」

「え!?」

 千夜さんはあわわと口をぱくぱくさせたあと、僕のとなりで、借りた猫のように大人しくなってしまった。

 話の中身はうまく理解できなかったが、楽しく会話ができた……ように感じる。

 もちろんすぐにいなくなろうとしている僕が、誰かと距離を縮めても仕方のないことではあるのだが。今まではすぐに帰りたいと思っていたが、お別れは少し淋しいような。そんな不思議な変化があった。


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