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報告しといて、誰も犠牲にならなかったって!

 後悔しても仕方ないことではあるのだが、ニナさんは僕に対して警戒心をむき出しにするようになった。

 しかもアンナさんを守ろうとしているのか、僕がアンナさんに近づくと、警戒中の犬みたいに威嚇のような態度をとる。座学中も部屋での休憩中も、お互い全く気が休まらない状態だ。同時に、自分の嘘の才能のなさに呆れて、解決に乗り出す勇気も出ない。

「最悪だ……」

 そう呟きながら廊下を歩いていると。

「一度行ったほうがいいと思うんだ」

 聞き覚えのある声がした。

 銀色の廊下の先に、二人の人物が立っていた。一人は勉先生。もう一人は、壇上でスピーチをしていた、三戸初さん。親しげに話している二人を見て、デジャヴの正体が分かった。

「母さん?」

 僕の声が届いたらしく、二人はこちらに気づいた。三戸さんは嬉しそうに駆け寄ってきて、僕の両肩を掴む。

「カタリさんじゃあないか! あのときの戦い、見ていたよ!」

「あ、ど、どうも」

「ところで何か言わなかったか? 母さん、とか何とか」

 わざわざ隠すことでもない。僕は素直に伝える。

「お二人が両親に似ていたので……」

「あら、もしかしてアタシがお父様に似ているのかしら? それともお母様?」

「勉先生が父に似ています」

「ならば私が母君に、ということか! 光栄だ!」

 こうして話してみて、性格は特に似ていない、と気づく。話し方も表情も。母は横柄な話し方はするが、ここまで自信満々に振る舞う人ではない。顔立ちが似ていて、声が似ているだけなのだ。

 自分は三戸初という人物のことは知らない、当然母と三戸さんは同じ育ち方をしていない。態度が似ていないのは当然だ。ここまで悩むことでもない。

 そこでその話は終わった。三戸さんは、銀の壁にぶつけるように大声を発した。

「ところでッ!! 君はそろそろ準備ができたところだろうか!?」

「え?」

「初ちゃん、アタシはやっぱりはやいと思うわ。反対よ。特にニナちゃんの様子はもっとしっかり見るべきね」

 反対しつつ、雑に肩をすくめるだけの勉先生に向かって、三戸さんは勢いよく食ってかかった。

「最初から難易度の高いところに送る気はないさ! 真剣さを取り戻してもらうためのきっかけでしかないッ! そして! 私にはその義務があるだけのことッ!!」

「だからって、ねぇ……」

 何の話だか掴めず、言い争う二人を交互に見やる。

 明らかに困惑が滲んでいただろう僕に対し、勉先生は困ったように眉尻を下げて、どうしたものかと言いたげに説明した。

「もしかしてカタリちゃん、聞いてないのかしら。初ちゃん含め、上層部はあなたたちを実戦に送り込む気よ?」

「はあ……、……は!?」

 意味が分からず、怒鳴るように大声を出してしまう。その結論に至る理由が理解できず三戸さんを見るが、彼女はなぜだか自信満々だった。自らの意見は正しいと信じ、一切疑っていない笑顔だ。

「アンナさんこころさん千夜さん、ここは問題ない! ニナさんは体力面ではなく精神面に問題があるのだろう、座学の成績は悪くないッ! カタリさんは一度戦っているし、成績が悪くても何とか立ち回れるだろう!」

「あら、成績悪いの?」

「首席とは思えないレベルだ。一度戦ったから心が緩んでいるのだろう。だからこそ実戦で気を引き締める必要があるのだよッ!!」

 それが実力です!! と、同じ声量で叫べればどんなにいいか。僕にはこの状況を突破する言葉を思いつけない。どうしようもない。

 勉先生は僕の気持ちを知ってか知らずか、やる気なく反対を続ける。

「んー。アタシ、協調性のなさも心配なのよねぇ。結局そこが課題なのよ。だから首席のカタリちゃんがリーダーになったんでしょう?」

 姉さんが首席。一瞬「さすが姉さん!」と誇ったが、間違いなく誇っている場合ではない。三戸さんは僕の実力を誤解しているのだ。いいほうに誤解している。つまり僕にとっては悪いほうに。

 そして疑うことを知らないのか、彼女は未だに胸を張っていた。

「戦えば絆のひとつやふたつ生まれるだろうッ! では、頑張ってくれたまえよ!」

「……初ちゃん、悪い子ねぇ」

 断る隙を見せずに、三戸さんは去っていった。ぐるぐると目を回している僕に対し、勉先生は同情の言葉をかける。

「かわいそうに……あなたたちの命が無事で済むよう、サポートするわね」

 最悪だ。

 勉先生も去ってしまい、僕は銀色の無機質な壁の間で、ただ呆然としていた。




 窓もない車の中。僕たち5人は、後部座席で向かい合って座っていた。

 輸送車……と呼ばれているが、雰囲気は護送車だ。囚人になったようで気分が悪い。手錠こそかけられていないが、逃げられないという意味では同じようなものだ。

 誰も何も言わず揺られていたのだが、アンナさんが突然立ち上がり、沈黙を破った。

「辛気臭せぇなァ! せっかくの実戦だぜ、楽しむしかねぇだろォ!?」

「え? 僕、あ、私は怖いんだけど……」

「それやめろ。僕って言えばいいだろ、中途半端に言いかけるくらいなら。つーか何が怖いってんだ、あァ!?」

 アンナさんは僕に詰め寄り、耳が痛くなるほどの声量で怒鳴った。

「武器、化け物、今までにねぇ体験、そして輝かしい勝利! 正義の味方には絶対に必要なステータスじゃねぇか! 敵を切り刻むこのときがどんなに楽しみだったか! いっそ切り刻まれてもいいんだぜ、正義の味方は死なねぇからなァ!!」

「……割と死ぬ」

 隣のニナさんがぼそっと何か呟いたが、アンナさんがそれに反応することはなく、どさっと椅子に座るのみだった。

 わくわくしているのは事実らしく。アンナさんは我慢できないと言いたげにそわそわし、問いかけてくる。

「んで? 俺らは何すんだ?」

「えーっと……」

 僕が資料を確認しようとすると、それよりもはやく千夜さんが答えた。何も持たず、何も見ずに。

「向かってる先は神奈川ですが、それ以上の情報はありません。強敵は先輩方が倒しているので、私たちは雑魚を処理するのみです。皆さん、ノマドの出し方は覚えていますね?」

 真っ先に問いに答えたのは、漫画を読み続けているこころさんだった。

「名前呼んだら出しやすい。それくらい覚えてますってー、どういう理屈かはさーっぱり分かりませんけど、ペットみたいなもんでしょ?」

 武器とペットを一緒にする感覚は理解できない。とはとても言えず、僕は「そうだね……」とだけ返した。

 問題はノマド……武器の出し方ではない。どう扱えばいいか、敵に通用するかどうか。そして僕は痛い思いをしないかどうかだ。

 膝の上で拳を握りしめる。死ぬ気はないが……いざというときは、仲間を逃がすことも考えないといけない。仮とはいえ、偽物とはいえ、僕はリーダーを任されているのだ。その決意の強さに比例して、恐怖もどんどんと膨れあがっていった。

 仲間の会話よりも、車の振動に集中してしまう。間違いなく緊張していた。

 車が止まる。運転手は外に出てはいけない決まりだ、5分経ったら僕たちは自分から外に出ないといけない。不登校児が、家を出なければいけない時間を迎えたときは、このような気持ちなのだ。僕は身を持って知っている。

 そしてとうとう、外に出る時間となった。

「……え?」

 荒廃した街が、目の前に広がっていた。

 神奈川は僕が育った場所だ。全ての街を知っているわけではないが、こんな荒れた場所があるとは思い難い。見覚えのあるケーキ屋の看板もある。もちろんそれはチェーン店のものなのだろうが、そうであったとしてもだ。この店の支店が壊されたなんてニュースは見たことがない。

 自分が今まで、どんなに平和な場所で、どんなに脳天気な思考で、どんなにありがたい生活を送っていたのか。それを身を持って知った。

 再び拳を握ると……千夜さんが、真正面を指差す。

「あれではないですか?」

 その方向には、目から血を流す、ぬいぐるみたちがいた。ぬいぐるみと言っても切り傷はリアルで、目を逸らしたくなるほど痛々しい。ゆらゆらと酔っ払いのように揺れながら、血溜まりの上を歩いている。哀れだが、同情的になればすぐ殺されるだろう。

 敵の総称は、確か。

「悪魔憑きって呼ぶんだよね……」

 何度も言われたことだ。誰も返事をしない。

 世界を救うとか仲間を守るとか、未だにピンと来ない。ただ一つ言えることは。

 死にたくなければ、やるしかない。

「来て、カフカ!」

 自身の武器の名を呼ぶと、右手にはあのときの長剣が現れる。

 他の4人も、続けて声をあげた。

「おいでなさい、エリーゼ」

「出番ですよ、馬刺しくーん」

「来い! 畢生!」

「行くよ……三日月」

 各々の武器を持ち、敵に向き合う。

 先手を打ったのは悪魔憑きだ。僕に向かって飛びかかってきたので、その挙動を読んで……剣を当てる。脇腹を殴りつけるように真っ二つにすると、悪魔憑きは少し痙攣した後、動かなくなった。

 僕のノマド。名はカフカ。この前はひどく重く感じたが、今日は軽く扱える。カフカが何かに喜んでいるかのように、仲良くなれたかのように。

「結構やりますねー」

 こころさんが軽く拍手する。

「でも、あたしたちも負けてないはずですけどー?」

 双剣を構えてから、こころさんは地面を蹴る。大きく前進しながら、悪魔憑き2体をを切り刻んだ。

 アンナさんも一歩前に出る。彼女の鎌が一振りされただけで、悪魔憑きたちは飛び上がり、地面に落ちて動きを止めた。

「やっぱ戦いってのは楽しいもんだなァ!? ニナもやってみろよ!」

「な、なんで、私が、こんなっ……」

 ニナさんは哀れなことに、巨大なハンマーを手にしていた。ふらふらした足取りで前に出るものだから、見ているこちらはハラハラどころでは済まない。

 だが、敵の攻撃を最小限でかわすと、その隙に悪魔憑きを吹っ飛ばした。心配など必要なかったのだと、僕は胸を撫で下ろす。

 そして、残った少ない悪魔憑きたちが、唐突に穴だらけになる。振り返ってみると、千夜さんが二丁の銃を構えていた。

「これで……終わりですね」

 彼女が必要最低限の弾を放つと、最後に残った悪魔憑きたちも飛び跳ね、ぴくりともしなくなった。

 先程まで音のことを気にする余裕はなかったが、いざ静寂が訪れると……安心と不安が、同時に僕を襲った。

「み、みんな、ケガはない!?」

 4人から返事はない。しかし、目に見えるケガをした人はいないようだと理解し、安堵のため息をついた。

「よかった……本部に報告して、帰還しようか……」

 そう告げつつ武器を下ろす。

 同時に、無線が入った。

 ピーッという音が鳴ってすぐ、女性の慌てた声が耳を劈いた。

「緊急事態発生! A-1部隊の戦闘可能範囲から神高級悪魔憑きが離脱! ポイントオミクロンへ移動中!」

 無線はここにいる全員が持っている。当然ながら、全員の顔色が変わった。誰かがどういうことだと問うまでもなく、こころさんが状況を整理した。

「先輩チームが危険度の高い敵を逃したってことですよね。ポイントオミクロンはここですけど、どうしますー?」

「どうもこうも、はやく逃げないと……っ、あ!」

 気づいたときには手遅れだった。

 虎と熊と狼を足したかのような、巨大で威圧感のある生き物。その悪魔憑きが僕たちの上に影を落とし、一瞬で千夜さんが押し倒された。

「くっ……!!」

 千夜さんも抵抗していたが、相手はびくともしない。武器も取り落としてしまったようで、彼女にできることはもはやなかった。

 こころさん、アンナさん、ニナさん、そして当然僕も攻撃を開始する。致命傷を与えるどころか、よろめかせることすらでいなかった。

 僕は自分たちの力では倒せないと察し、無線に向かって叫ぶ。

「こちらSー1! えっとなんて言えば……か、カタリです! 千夜さんが敵に拘束されています! 急ぎ救助を!」

 通信相手から返ってきたのは沈黙。

 次に、ため息。そして冷たい声色で告げられる。

「あなたたちは逃げなさい」

 意味が理解できず、僕は焦りのままに質問を投げかける。

「でも助けが来る前に千夜さんが食べられちゃうかもしれません! 僕たちがどうにか抑えておくから! その間に助けてください!」

「無駄よ、勝てないわ。被害を一人で抑えるためにも、はやく逃げなさい」

 最悪な回答だった。

 頭の回転が遅い僕でも、さすがに理解した。この人は、この人たちは、千夜さんを見捨てろと言いたいのだ。勝手な事情で送り込んでおきながら、困ったら切り捨てようと。

 こんなところに姉が送り込まれるところだったという事実に腹が立つ。それだけではない。千夜さん本人に聞こえているだろう無線で、躊躇いなくそんな非常な暴言を吐ける相手に嫌悪感を抱いた。

「聞こえないの? はやく逃げなさい」

 答える義理はない。僕は迷わず無線を捨てた。

「隊長として命じます。こころさん、アンナさん、ニナさん。今すぐ逃げて」

「え? 千夜は……いいのかよ?」

「いいわけない!! 報告しといて、誰も犠牲にならなかったって!!」

 返事を待たずに走り出し、悪魔憑きの前で飛ぶ。その左目に長剣を突き刺し、えぐるように回した。

 悪魔憑きが叫んでいる間に、千夜さんを引きずり出す。彼女なりに抵抗したのだろう、ひどく苦しそうに息をしていた。

「千夜さん、大丈夫!?」

「は……はい。でも足が……戦えないかもしれません……」

「戦わせるわけないでしょ! 僕がどうにかするから待ってて!」

 すぐに千夜さんを抱える。二人で走って逃げ切ることは、多分不可能だ。ならば、僕にできることは限られている。

 瓦礫の奥に彼女を隠す。そして「一応」の意味で持たされていた挑発剤を取り出した。少しの間だが、敵から狙われやすくなるという代物。

 実戦では持ち込む規則になっているから用意したが、素人は決して使うな。そう言われていた。僕自身、こんなものを使ってたまるかと考えていた。

 千夜さんから距離をとって、挑発剤を飲む。すでに痛みから立ち直っていたらしい悪魔憑きは、こちらを見て喉を鳴らしていた。

 死ぬ気はない。姉さんや両親が悲しむ。死なせる気もない。こんなくだらないルールで誰かを失いたくはない。

「本当に……」

 呟く。同時に、敵が事件を蹴って駆け出してくる。

「本当に……!」

 悪魔憑きが僕に飛びかかってきた。僕も剣を構えて、地面を踏みしめる。

「最悪!!」

 自分でも驚くほどに大きな声で、怒鳴った。



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