14-4 《6》
「………来たみたいですよ」
モニターに囲まれた薄暗い部屋の中で、アームチェアに座る《6》にそう言われ、傍らに立っていたファリダは一瞬反応したが、すぐに無表情に戻った。
《6》は嬉しそうに、
「《3》が消滅し、《一桁》が欠けるという事態が起こっても、問題にならない、ということが分かりましたからね。つまり、私が《8》を吸収しても、問題ないでしょう。…彼レベルのPKと『鑑定眼』が手に入れば、今以上に実験が充実しますね」
そう言いながらモニターを見る。
画面には、久吾とハチが基地内に入ってくる様子が映っていた。
◇ ◇ ◇
―――《ヲスナズ》というのは、捨てられた部隊だ。既に国からの援助も無く、辺境で燻っていた。
超能力研究も、それほどの成果に繋げられず、強引な手段を用いても廃人を生み出すだけだった。
《6》はそこにつけこんだ。彼にしてみれば、体の良い実験場であった。
武器の提供はもちろん、そもそも平気で人体実験をしていたような部隊だ。兵士の身体を改造することも厭わなかった。
ただ、前回《6》は別の場所にある自分の研究所で作業を行っていたため、基地の防御態勢は手薄であった。
そのため今は転移門で研究所を基地と繋げ、基地内外の態勢を整えていた。
現在基地内には、兵器を身体に取り込んだ半機械人間兵士が50体ほど配備されている。
「……………」
ファリダは、自分を参考に造り直された兵士達を見ながら、何やら考え事をしていた。
◇ ◇ ◇
―――その日、ファリダはハチに文句を言っていた。蔵人達を人間に戻す事に反対していたのだ。
「何で人間なんかに戻す!? この身体の方が、よほど便利だ!」
「お前なぁ…。美奈の遺言だって言ってんだろ」
ファリダには、せっかくの素晴らしい身体を、わざわざ元の人間の身体に戻す、という行為が理解出来なかった。ハチは、
「…何つーか、上手く言えねぇけどさ。せっかく人間に生まれたんだろ。だったら人間として、普通に生きた方が良いんじゃねぇかな…」
それを聞いて、ファリダは、
「…普通? 普通って、何なんだ? 私が人間でいた頃は、弱い者達はみんな蹂躙され、殺されていたんだ。私は、またあんな風になるのは絶対に嫌だ!」
そう言うと、研究室を出て自分の部屋に引きこもってしまった。
(………まぁ、アイツの場合はそうだよなぁ)
現在の平和な日本と、未だ戦火に見舞われているファリダのいた国とでは、歴然の差がある。
ハチはそう思い、しばらくファリダをそっとしておく事にした。
…そのため、ファリダがいつの間にか研究所から姿を消した事にも気付かずにいたのだ。
◇ ◇ ◇
―――ファリダはステルス機能を発動させながら、当てもなく砂漠上空を飛んでいた。
(…あんまり飛んでると、エネルギー無くなっちゃう)
そう思い、砂漠に降り立つ。
砂を蹴りながらステルスを解除し、歩き出す。
(………美奈も、ハチのヤツも、何で私の気持ちが分からないんだ)
そんな風に、モヤモヤしながら歩いていると、上空を何かが通って行った。
ファリダは気付かずにいたが、一旦通り過ぎた何かがこちらに戻って来て、ファリダの近くに降り立った。
「………?」
それは小型の飛空艇だった。
中からハチにそっくりな男が下りてきた。黒のローブを纏っている。
一瞬、ハチが迎えに来たのかとファリダは思ったが、その頭には『ו』の刺青が入っている。別人だ。
男はファリダの側にやって来ると、
「…先日のお人形さんじゃありませんか。《8》のところに戻ったんじゃないんですか?」
ファリダは顔をしかめながら、
「…何を言ってるんだ? お前は誰だ?」
そう聞くと、男の後ろから見覚えのある顔の男が下りてきた。ログノフ大尉だ。ファリダは、
「お前…! この間の!」
攻撃態勢を取ると、大尉は両手を上げ、
「ま、待て! 戦うつもりはないぞ!」
そう言うと、ハチにそっくりな男がファリダの前に進み出て、
「…ええ、戦うつもりはありません。先日は申し訳ないことをしましたね。…どうやらあなたは、《8》と何かあったんですね? 深刻な顔をしておいでです」
「……………」
ハチにそっくりな男が、何だか優しい言葉をかけてくる。ファリダは少しだけ、警戒を解いてしまった。何しろハチにそっくりだ。男は続けて、
「私は《8》と同じ《一桁》で、《6》と言います。私で良ければ、話を聞かせて下さい」
そう言って、ファリダを飛空艇に入るよう促した。
◇ ◇ ◇
「………それは非道いですね。あなたは他の皆さんのことを思って言ったというのに…。人間であることにこだわるなど、まさしく愚の骨頂…」
「分かるか。お前、良い奴だな」
飛空艇の中で、ファリダと《6》は意気投合していた。
《6》はファリダに、
「実は先日の基地にいた兵士達も、皆あなたと同じ身体になりたいと言うのですよ。…どうでしょう、あなたの仲間を増やすため、協力して頂けないでしょうか」
―――仲間が増える。
それを聞いて、ファリダは嬉しくなった。喜んで《6》の申し出を受けてしまった。
そして、《6》は《8》…、即ちハチを自分が吸収するつもりだと言った。
「あなたが《8》を慕っていらっしゃるのは知っていますよ。…私と《8》が融合すれば、今まで以上にあなたを大事にする事が出来ますね」
…《6》はハチよりも、自分に優しくしてくれる。
自分の気持ちを理解してくれる。
ファリダは、多少の不安な気持ちを押し込め、《6》の言葉を信じることにしてしまった。