13-8 メッセージ
「………あ、主………。ハチさん、主は………」
蔵人の問いに、ハチが重々しく口を開く。
「………すまねぇ。美奈のヤツ、全部分かってたんだ。…ただ、自分の死に際は、お前らに見せたくねぇってな…」
羽亜人がうろたえながら、
「う…、嘘でしょ? あの、ギメルって女を倒せば、主は助かるんじゃなかったの!?」
「《3》は実は、美奈の死には直接関わってねぇんだ。正直、美奈よりお前らのほうが危なかったんだよ。…だから、天使達に感謝してたぜ」
みー君とふーちゃんが、力なく頷いた。
大弥が棺に向かい、眠るように横たわる美奈に、
「………冗談、だろ? 主…、主! 起きてくれよ!!」
その様子を見ながら、ハチがおもむろにスクリーンモニターを開く。
「…美奈のヤツがな、最後にお前らに向けて、メッセージを残したんだ」
ハチが再生する。モニターに美奈が映った。
「…主!」
◇ ◇ ◇
『…蔵人、羽亜人、蒼人、…大弥。…ごめんね、こんな形になってしまって…』
モニターから、美奈が語りかけてきた。
「「あ、主!」」
四人が一斉に叫ぶ。モニターの中の美奈は続けて、
『…本当はね、ハチが延命措置を勧めてくれたんだけど、私はもう、充分過ぎるほどの時を過ごしたから…。でも、この能力のお陰で、自分の死期が前もって分かって、良かったと思ってるのよ』
モニターの中の美奈は、笑顔だ。蔵人達は黙って聞いている。
『大弥…。宝来家の件は、悪かったと思ってる。でも、賢介さん達と相談して、貴彦さんとも話をして、彼なら任せられると思ったのよ。…ごめんなさいね、《3》のこともあって、相談する時間はなかったのよ』
大弥が、ぐっ、と息詰まる。
『蔵人…。私の資産、最近はあなたに運用のほとんどを任せてしまっていたわね。…元々、あなた達のためのものだったし、名義は既に変えてあるわ。自由に使ってね』
蔵人が「主…」と呟く。
『蒼人…。あなたには、蓼科さん達の護衛や情報収集、それから、諜報活動…。危ないことばかりさせて、申し訳ないと思っていたのに、あなたったら喜んでやりたがるんだもの。…これからはあまり、無茶をしないでね』
蒼人は黙っているが、必死に涙をこらえている。
『羽亜人…。…以前ボーも言ってたけど、私達よりも料理上手になっちゃったわね。お茶を淹れるのも、他の家事も…。それだけじゃないわ。…知ってた? 蓼科家では、あなたのお客様への応対を、皆で真似して参考にしてたのよ』
羽亜人が、涙ぐみながら「そんな…、主…」と呟いていた。
『…私ね、造られてから、長い長い、…本当に長い時を過ごす中で、あなた達と出会ってからの、この百年余りが、一番幸せだったのよ…。本当は面と向かって言えれば良かったのだけど…、あなた達を前にしたら、私、きっと、ちゃんと言えなくなるから…。だから…、ごめんね。…今まで、本当にありがとう』
そうモニター越しに言われ、四人は涙を止めることが出来なかった。
『緑、蔵人…。青、蒼人…。赤、羽亜人…。白も、四人とも、…私に、母親のように接してくれて、…母親のような気持ちを持たせてくれて、ありがとう。…大弥、白の忘れ形見…。あなたを育てていた時間は、私にとって、本当にかけがえのない時間だった…。幸せだったわ。…ありがとう』
大弥は泣きながら叫ぶ。
「…お、俺だって! 主に…、あなたに育ててもらって、本当に良かったと思ってるよ! 俺も…!」
モニターの向こうの美奈は、笑顔のまま、
『………最後に、私から、あなた達にお願いがあります。…蔵人、蒼人、羽亜人。…あなた達は、元の身体に…、人間に戻りなさい』
「「!」」
『ハチの手術を受けて、人間に戻って、人として生きていきなさい。良い女を見つけて結婚しても良いし…、…普通に生きて、普通に年をとっていきなさい』
美奈は少し寂しそうに、しかし笑顔で言った。
『…私からの、最後のお願いよ。…蔵人、蒼人、羽亜人、…大弥。…幸せになってね』
…メッセージは、そこで終了した。
「主…、………母さん!」
四人は棺を囲んで、しばらくの間泣き続けていた。
◇ ◇ ◇
―――久吾とハチは、日の沈みかけた屋外のテーブルに移動した。動力炉では、まだ四人が棺を囲んでいる。しばらくの間、彼等だけにしておいてやりたかったのだ。
ハチはワイングラスを三脚持ち、テーブルに置く。
「…ロマネ・コンティですか」
久吾が言うと、ハチが、
「美奈が好きだったからな」
そう言いながら、それぞれのグラスにワインを注ぐ。
「………なあ、久吾」
「はい」
二人で飲みながら、ハチは、
「…同じ死でも、美奈の死に方…、俺は、少し羨ましかったよ」
久吾は静かに微笑みながら、
「…私もです」
…美奈は、寿命を受け入れ、自分の死後の取り決めまで完璧にこなし、逝ってしまった。
久吾は既に、更新を済ませていた。千里眼は便利だが、慣れるまでしばらくかかりそうだ。
―――美奈の遺言通り、蔵人達三人はこの後手術で人間に戻る。数日はかかるだろう。
…ただ、三人が人として生きることになった数日後、ハチの研究所に大きな変化が訪れることに、ハチも久吾も気付いてはいなかった。
あと一話、後日談入ります。