13-6 お披露目と後始末
何が起きたのか、全員があやふやな状態だったが、ひとまずパーティーは再開された。
《3》の思念波は電子機器にも影響を及ぼしていたようで、船内外にいたマスコミや、船内でSNS用に録画していた者たちも、精神支配されていた一定時間、何も映っていないことを訝しんでいた。
大弥は貴彦に連れられ、挨拶回りをしていた。一ノ瀬が貴彦に近づき、
「…いやはや、まさか渉さんにお子様がいらしたとは…」
「そうだな。私も知った時には驚いたよ。鑑定でもはっきりと、親子の証明はされたのでな。…きっと珠江が引き合わせてくれたんだろう」
貴彦が感慨深い表情でそう言うと、一ノ瀬は忌々しげな表情を浮かべたが、すぐに笑顔で、
「…そ、そうですな。大奥様も草葉の陰で喜んでいらっしゃるでしょう。…ハ、ハハ」
大弥と貴彦は顔を見合わせ、一ノ瀬への牽制は成功したようだ、と安堵の笑みを浮かべる。
―――ただ、大弥は、気付いた時には居なくなっていた『真っ白な主』が気になり、少し気もそぞろになっていた。
◇ ◇ ◇
「…どういうことだ! 楠本!」
船上の、人気のない裏側のデッキで、執事の楠本が、一ノ瀬に詰め寄られている。
「ここなら、渉さんの子供とか言う、あの小僧を消せると言ったではないか! ここのオーナーに任せておけば、間違いないのではなかったのか!?」
「お、お待ちください! こんなはずでは…。ただいま確認して参りますゆえ…」
楠本が慌てて、パーティー会場から姿を消したこの船のオーナー、ダン・ブランシュのもとへ向かおうとした時、ふわり、と甘やかな香りが漂い、二人の前に《5》が現れた。
「お、おお! ダン・オドゥール! 一体、どうなっているのですか!? ダン・ブランシュは…」
楠本の問いに《5》は、
「…彼女はもういないわ。残念だけど、こちらの思惑も失敗したのよね」
そう言ってため息をつくが、一ノ瀬は収まらない。
「な、何だと!? 貴様!! 失敗したで済む問題では…」
「うるさいわね」
《5》が一ノ瀬を一瞥した瞬間、一ノ瀬が僅かに呻き、その場に、ばたり、と倒れた。
「…鬱陶しかったから、つい…。自然死には見えると思うけど、不味かったかしら?」
《5》がそう言うと、楠本は一ノ瀬の遺体を見下ろしながら、
「大丈夫ですよ。後の処理はお任せ下さい。…ですが、失敗とは。つまり、ダン・ブランシュは…」
「ええ…。消滅したわ」
楠本は驚き、
「貴方がたに危害を加えられる者達が、この世にいるのですか!?」
「ええ。相手は天使…。我々より上位の存在だもの。…それにしても、ブランシュがいなくなってしまったから、あなた達とも今後、あまり関わる必要が無くなるかもね」
楠本は小さく微笑んで、
「何かあれば、いつでもお声がけ下さい。我々の組織は、常に貴方がたと共にありますゆえ…」
《5》は微笑みを浮かべ、船室に戻っていく。
―――何百年も前から、《5》は世界中に人間の協力者を作り、様々な情報網を展開している。楠本も協力者の一人だ。
今回の宝来家の情報も、楠本から得たものである。協力者への報酬は、《9》の錬金術で作らせた金や宝石類だ。
《5》は、以前は情報伝達のためにNo.666を使っていた。鳥や虫を伝達手段としていたが、昨今では人の使う電子機器でほぼ賄える。
よってNo.666には、今までの功に報いるため更新を促してみたが、失敗した。
とはいえ、《5》に不利益はない。…が、思惑通りにいかないのも、正直面白くはなかった。
―――ふいに《5》は、自分と同じ者の気配を感じた。すぐに自分の気配を消す。
千里眼、とまではいかないが、遠視で船内を見るくらいは出来る。
同じ気配の者は、楠本達がいた場所の反対側のデッキにいた。その佇まいに、始めは《1》かと思ったが、それとは違う全身黒のシルエットだった。
(あれは…、《最後の番号》?)
◇ ◇ ◇
久吾は一度研究所に移動して、ぬいぐるみ達をハチに預けたが、みー君とふーちゃんの迎えもあり、こちらに戻ってきた。
………が、船内に異様な気配を感じ、現在その気配と対峙している。
彼女は貴彦や一ノ瀬の周りを漂いながら、大弥に憎悪の念を送り続けていたが、それに気付いた久吾に引き剥がされ、人気のないこの場所に連れてこられたのだ。
((…おのれ! お前、何の権利があってこんな…))
久吾は静かに、
「確か…、珠江さん、でしたか。このままこの世に留まると怨霊化しますが、どうされますか?」
珠江の霊は、怒りの形相で久吾を睨んでいる。
((うるさい! あんな…、あんな女の子供など、私は認めない! 例え渉の子だとしても………。…ああ、渉…、渉さえ生きていれば………!))
「大弥さんは、あなたのお孫さんでしょう。そんなに憎らしいのですか?」
((…うるさい! うるさいうるさいうるさい!! 許さない!! お前も!! あの女の子供も!! 貴彦も!! どいつもこいつも、許すものか!!))
久吾はため息をついた。もう少し話が通じるかと思ったが、どうやら手遅れだったようだ。
「…仕方ありませんね。上に送ろうと思いましたが…」
そう言いながら、久吾は珠江の霊に手をかざし、消滅させた。
…せめてもの供養として、久吾は手を合わせる。
―――その様子を、《5》は遠視で見ていたのだが、
(…一体、何をしていたのかしら…)
霊の視えない《5》には、久吾が何をしたのか、知る由もなかった。