2-3 色欲の魂色
(…フン、下手に社員になんてならない方が、世の中上手く行くもんなんだよ)
ここ数年、肝島はそう思っている。
バイトリーダーを務める駅前リサイクルショップのビルは、彼の父親が所有していた。
その縁で、専門学校生の頃から肝島はここでアルバイトをしていた。
『…今回は御縁がなかったということで、―――貴方様の今後のご活躍をお祈り申し上げます』
就職試験は失敗続きで、結局アルバイトをズルズルと続けているうちに、店一番の古株となった。
「…ただいまー」
「……………」
帰っても妻に無視される。いつものことだ。
肝島の年上の妻は、いつまでもアルバイトの身に甘んじている夫に呆れている。
実際、自分の方が収入は上で、この結婚自体、失敗だと思っている。
「パパ! おかえりー!」
「いっくん、こっちにいらっしゃい。どうせパパはお部屋にこもってゲームするんだから」
「はぁい」
(………クソッ、クソッ、…バカにしやがって…)
家ではそんな扱いをされるため、職場では自分が主のように振舞っている。
―――数年前、肝島の父親が倒れた。
「親父…、今のうちに親父の資産、ボクの名義にしておこう。税金の問題もあるしさ…、へへ」
そうしてビルの所有権を引き継いでからは、それがさらに顕著になった。
ショップの本部では、この店舗のアルバイトの定着率が悪いことを問題視していた。店長に通達するのだが、
「ボクのやり方の方が効率良いんですヨ! あなたよりボクの方が、この店のこと、良く知ってるんデス!」
ビルのオーナーでもある肝島にそう言われ、自信を無くしたりやる気を無くしたりで、店長も長く続かず辞めてしまう。
美那子は先程の若いスタッフと同様、今月中にアルバイトを辞めようと考えていた。店長にもすでに伝えてある。
仲良くしてくれた先輩の女性スタッフが、何も言わず辞めてしまったのを始めは疑問に思ったが、最近の肝島の自分を見る目を見て、何となく理由が分かってきていた。
「…今週いっぱい頑張ったら、もう行かなくて済むんだ。他のスタッフさん達には悪いけど、やっぱり気持ち悪いもんね」
◇ ◇ ◇
大弥と久吾が美奈の事務所に戻ってきた。
「お疲れ様」
美奈に声をかけられ、久吾が帽子を外しながらやれやれと美奈の前にやって来た。つるりとした頭がのぞく。
「道すがら大弥さんにも話しましたが、キーホルダーの持主の美那子さんという方、とんでもないのに目をつけられてますね」
久吾がやれやれ、と言った。
「あら、私と同じ名前の子なのに。可哀想…」
「ええ、あんなに色欲まみれの男、あの魂色は心底おぞましいですよ」
魂色は久吾にしか見えていない。大弥達もどんな色か気にはなるが、見たくはないと思った。
「そうなの。…見せてくれる?」
美奈が久吾にスッと手を差し出した。その掌の上に久吾の手が乗る。
情報転送である。
久吾達の一族は皆、ある程度の精神感応能力が備わっている。久吾も相手の考えていることは何となく分かるが、美奈のそれは桁違いだ。
こうして接触することで、触れた相手が見聞きした人物の情報を解析出来る。標的を絞れば、その相手の考えていたことも解析出来るのだ。
久吾が見たまま送った情報の中に一人、まるで臓物のようなピンクに赤黒い血が混じった色の、ヌメヌメしたグロテスクなもやに包まれた、ヒョロッとした長身の眼鏡の男がいた。
(…これが久吾が見た色欲の魂色…。気色の悪い…)
美奈はこの男と、もう一人久吾が注視したレジで会計をしていた男に標的を絞り、解析を始めた。
待つこと数分。美奈の切れ長の目がゆっくり開き、とても不機嫌な表情で口を開いた。
「………この連中、殺した方がいいかしら」
とても物騒な一言を放った。