12-8 宝来家からの使者
「………その時、俺達はこの身体になったんだ。元の身体は、ハチさんが培養液と、久吾さんの霊薬で修復してくれた。今は保存されているはずだよ」
もつこは真面目に聞きながら、
「ほえー…、タイヘンだったのねー」
と言っていたが、もっちーは、くかー…、と寝息をたてていた。
「もっちーさん…、やっぱりダメダメですメ」
めぇが呆れている。もつこは、
「ボーねぇね、会ってみたかったなー」
「ハハ、そうだね。可愛いもの好きだったから、もつこちゃんのことも気に入っただろうね」
羽亜人が懐かしそうにしながら、
「…そのあとね、もう名前を『色』で縛る必要ないだろうって、日本名を久吾さんに付けてもらったんだ。『大弥』だから、ダイヤ、に合わせて、ハート、スペード、クラブ、って…。面白いこと考えるよね」
するともっちーが、いつの間にか起きて、
「ハートは分かるけどさ、スペードとクラブ、違くね?」
「スペードって、元々剣を意味するんだってさ。それから、クラブを少しもじって蔵人なんだって。『人』の字をそれぞれ入れて、『人』として生きて欲しいってね」
ほえー…、と、もっちーは感心している。
が、めぇは気になったのか、
「…もっちーさん、どこまで覚えてますメか?」
もっちーは、ギク、と言いながら、
「ほ、ほら、アレだ! 山でハト捕まえて、料理して…」
「めちゃくちゃ序盤ですメ」
めぇが辛辣にもっちーに突っ込むが、もっちーは、
「…てか、ハトなんて食えんの? ヤバくね?」
「何も無い時代だからね。当時はご馳走だったんだよ。…でも地域によっては、まだ食べてるかもねぇ。あの時食べた山伏茸や衣笠茸なんかは、今でも結構食べられてるし」
へぇー、と言うもっちーを尻目に、もつこが羽亜人に、
「ねえねえ、じゃあ…、羽亜人にぃには、大弥にぃに、キライなの?」
そう言われて、羽亜人は、
「…嫌いなわけ無いよ。そりゃあ最初は、あんなヤツの子供、って思ったけどさ…」
そして、思い出したように笑って、
「でも、アイツ、可愛かったんだよねぇ。一緒にいるうちに、誰が父親だとか、そんなのどうでも良くなっちゃって…。何より、主が『ボーの産んだ子』って、そりゃあもう、可愛がってたしね」
もつこはニコニコしながら「そっかぁ」と言った。安心したようだ。
しかし、はた、と気づいたように、
「そーいえば、大弥にぃにのパパは、どーなったの?」
もつこは幼いのに、もっちーよりしっかりしてるなぁ、と羽亜人は思いながら、
「あー…、それがね、宝来家で決められた相手と結婚したんだけどねぇ…。新婚旅行先で…」
宝来渉は、世界一周旅行を新婚旅行にしたらしいのだが、途中で立ち寄った国で事故に巻き込まれ、夫婦ともに亡くなったそうだ。
宝来家では現在、跡目を巡る問題を抱え、色々大変らしい。
「…まぁ、今となっては、どーでもいいけどねぇ」
そう言いながら、暗くなってきた外の気配が気になり、羽亜人は「今何時かな?」とテレビを付けてみると、夕方のニュースの時間だった。
町中華の大将がどうとかに続き、天気予報が流れ、羽亜人がそろそろ帰ろうとした時、
『…先程からお伝えしておりますように、膵臓がんで闘病中だった宝来グループの『女帝』と呼ばれていた宝来珠江さんが、昨日未明に亡くなられたと…』
え、と羽亜人は驚く。ぬいぐるみ達が「?」と思い、
「羽亜人さん、ご存知の方ですメか?」
めぇが聞くと、
「…ああ、この人、多分、大弥のお祖母さんに当たる人だな、って…」
え!? とぬいぐるみ達が驚く。もっちーが、
「じゃあ、ホウライさんの家、無くなんのか?」
「いや、無くなりはしないと思うけど…。あの家は、この人の意見が強かったらしいからなぁ…。何か、嫌な予感…」
羽亜人は、渉の母・珠江が、ボーのことを、
『どこの馬の骨とも分からない女を、嫁になど出来るものか』
…と言っていたのを、噂で聞いている。
ただ、そう言っていた珠江がこの世からいなくなり、宝来家の跡取りは未だ決まっていないという。
宝来家と蓼科家は、取りあえず仕事上の付き合いはあるが、
「…正直、関わりたくないんだよねぇ」
羽亜人は、大きなため息をついた。
◇ ◇ ◇
『…では、今後ともよろしくお願いします』
『最高のショーを、日本で行えるのを楽しみにしています』
そう英語で言いながら、相手と固い握手を交わすのは、蓼科家の人間で美代のひ孫に当たる男・耀一である。そのそばには、大弥も笑顔で控えていた。
三十半ばで次男の耀一は、現在家業と離れ、海外アーティスト等の日本公演に関わるプロモーターをしている。
交渉をまとめ、相手を見送ってから、耀一は大弥の肩を叩きながら、
「いやー、ありがとな、大弥! お前のお陰で上手くまとまったよ」
大弥は照れ笑いしながら、
「俺は別に…。やっぱ耀一さん、話の持って行き方が上手いんすよ」
「何言ってんだよ。お前が英語で上手くニュアンス伝えてくれたから、助かったんじゃねぇか」
二人で交渉の成功を喜びあう。
「よし! じゃあ、何食う? やっぱり焼肉か?」
「お、いいッスね。おごられますよ」
耀一は、もちろんだ、と言って、他のスタッフも一緒に事務所を出て、食事に行った。
◇ ◇ ◇
(…食い過ぎたかなぁ)
そう思いながら、腹ごなしに早足で帰路の途につく大弥に、数人の黒いスーツの男達が近づいてきた。
「…蓼科大弥様、ですね?」
大弥は「?」と、警戒しながら顔をしかめた。
「…何だ? お前ら…」
男は三人。二人は比較的若いのだが、一人はずいぶんと老齢で、白い髭を口元に生やしている。
その髭の男が、
「…やはり、坊っちゃんに似てらっしゃる…。私、宝来家の執事で、楠本と申します」
宝来家、と聞いて、大弥は嫌な顔をした。