12-7 昔語り・その6
―――その翌日、ボーが皆を前にして言った。
「…ごめんね、お兄ちゃん。ルーも、シンも…。私ね、この子、産みたいの」
皆が驚いた。チーが怒りながら、
「な…、何でさ! あんなヤツの子供なんて、産んでも…」
「でも! …この子、何にも悪いことしてないのよ? 何で犠牲にするの?」
ボーが言う。しかし、ルーが、
「じゃあ、どうするんだ? 結局、俺達は精霊を宿したまま生きるのか? そうなれば、どのみちその子は、俺達より先に死ぬぞ」
そう言われ、しばらく考えたボーは、
「………私が精霊達と、一緒に逝く」
「!?」
―――ルー達は、再び精霊達の意見を聞きたいと、久吾に願い出た。
◇ ◇ ◇
((我等はどちらでも構わん))
玄武の精霊の返事だ。
((…ただなぁ、清い魂と言ったはずだが))
青龍の精霊が言うと、白虎の精霊が、
((子を想う母の魂が、清くないはずないだろう))
そう言うので、それで話が終わった。…と思っていると、白虎の精霊がこっそり久吾に話しかけた。
((…皆は言わずにいるんだがね。お前、あの錬金術師に、あの子達の依代を用意するように言っておけ))
久吾が「?」と思っていると、白虎の精霊は続けて、
((百年以上一緒にいたんだ。正直、我等が離れる時の、肉体への負担は計り知れない。お前の霊薬でも、残念ながら通常の効果は期待出来ないと思う。…後はお前達で考えとくれ))
久吾はその件を、ハチと相談することにした。
◇ ◇ ◇
ルー、シン、チーは、一度冷静に話をしたい、と、渉をとあるホテルの一室に呼び出した。
渉は、自分の家の執事と一緒に、呼び出しに応じた。
「………やっぱり、お金なのかな?」
そう言って、準備した札束を積み、執事に持たせていた渉だが、ルーが、
「そんなものは要りません。…ただ、ボーは産む、と言っている。それだけ知っておいて欲しいんです」
すると、渉は笑い出した。
「…ハ、ハハハ! そうか! ハハ! …じゃあ、ぜひ元気な赤ちゃんを産んでね、と伝えて下さい。物入りでしょうから、お金は受け取って欲しいな」
そう言って、札束を積んだプレートをテーブルに置かせる。渉は続けて、
「…僕はちゃんと、彼女のこと好きだったんですよ。でも、宝来家の嫁には出来ないので…。申し訳ないとは思いますがね。…しかも、百年以上生きている、バケモノだし…」
ガタッ、と椅子から立ち上がろうとするチーを押さえ、ルーは、
「事情はこちらも分かっています。今後、お会いすることもないでしょう。…ただ、あなたには、血を分けた子供がいる事だけ、把握しておいて頂ければそれで結構です」
「分かりました。わざわざ、ありがとうございます」
そうして、話し合いは終了した。
ルー達三人は、金を受け取らずに帰った。
◇ ◇ ◇
ボーのお腹が段々と膨らんでいった。
美奈は、心配そうにボーを見る。
「特別に産婆さんの手配もしたわ。私も出産に立ち合うわよ」
美奈がそう言うと、ボーが美奈に擦り寄り、ぎゅっ、と抱きついた。
「…ありがと、主。…私ね、ずっと主を、その…、言ってもいい?」
美奈は、ボーの頭を撫でながら「良いわよ」と言うと、ボーは恥ずかしそうに、
「………お母さん、ありがとう」
それを聞いて、美奈は嬉しそうにボーを抱きしめた。
◇ ◇ ◇
蓼科家が用意してくれているマンション兼事務所の一室で、産声が上がった。ボーは、元気な男の子を産んだ。
「…頑張ったわね。おめでとう」
産湯で洗われ、真っ白な産着に包まれた赤ん坊を抱きながら、美奈がボーを労う。
ボーは、赤ん坊の顔を見ながら、
「…あのね、白虎様の精霊と、夢の中でお話出来たの。でね、白虎の守護石は金剛石なんだって。…だからね、当て字だけど、『大弥』って名前にしようと思うの…」
美奈は笑顔で、良いと思うわよ、と言った。
―――大弥誕生の知らせを受け、ハチが久吾と美奈、それからチー達三人と、ボーと大弥を研究所に招集した。
「…手筈通りにいくぞ」
ハチと久吾は、白虎の精霊の言葉を受け、準備を進めていた。
ボーは、チー達の前で話がある、と言い出す。大弥は美奈の腕の中に居た。
「…あのね、ハチさん達に聞いて、私、思ったんだけど、大弥が大きくなって、お兄ちゃん達と同じくらいになるまで、待ってあげて欲しいの。…私の代わりに、一緒に時を、歩んであげて欲しいな」
少し寂しそうに笑うボーを見て、三人がどういう事だ、と訝しんでいると、ボーは皆に背を向け、祈るように、
「…精霊様方、大変お待たせ致しました。私の魂を捧げます…」
すると、ボーの身体が淡く光り、
「…ごめんね、お兄ちゃん達…。大弥をよろしくね」
そう言って、そのまま倒れ、ボーの身体は崩れ始めた。
瞬間、チー、ルー、シンの身体に、激痛が走る。
「…あ、あ! 痛…! な、何だ!?」
「…っ! あ! 体が、崩れ…!?」
叫ぶ三人に久吾が、用意した霊薬をそれぞれの口に含ませる。
少し痛みが和らぎ、身体の崩壊が止まったようだが、三人は気を失った。
「急いで運べ! すぐに手術だ!」
久吾の念動力で、三人の身体は、ふわり、と浮き、台座に並べられた。