12-5 昔語り・その4
「どちら様って…、顔見たら分かるだろ? お前さんの仲間だ」
《8》がそう言うと、《最後の番号》は、
「…私、あまり他の仲間に会ったこと無いんですよね。えーと、何か御用で?」
そう言われ、《8》は、
「まずは自己紹介だな。俺は《8》。《一桁》だ。それから、こっちはNo.37。シュイジン、という名前がある」
《最後の番号》はそう聞いて、
「これはどうも。私は『名奈久吾』と言う名前です。昔、お世話になった方に付けて頂きました」
《8》は、へぇ、と言いながら、
「…なるほど。No.795だから、なな、きゅう、ご、か。面白ぇな。ところで、《1》から《最後の番号》は僧侶だって聞いてたが、違うのか?」
「…それが、明治政府のお達しで、僧侶も族籍を持つ事になりまして…」
さすがに戸籍を作る訳にもいかないので、仕方なく伝手をたどって今の暮らしをしているそうだ。
「しかし、僧侶ってのは殺生しないもんだろ? 転じて猟師ってのも…」
「まぁ、表向きですしね。この近隣の皆さんに頼まれたのもありますし、昔取った杵柄なんです」
―――久吾が日本に来た時、初めて出会った『お館様』は、野盗に襲われ親を亡くした子供達を集め、皆で寺で生活していた。
食べる物も無いので、久吾は皆の為に山で山菜の他、熊や鹿、雉などを獲ってきたので、皆に喜ばれていたのだ。
今は、表向きは猟師なのだが、久吾が鉄砲など撃つはずもなく、発砲音だけ響かせながら、能力を使って仕留めている。
そう話していると、子供達がキョロキョロと辺りを見回す。久吾が、おや、と思い、
「この子達は?」
聞かれて《8》は、思い出したように、
「そうだった。それで、お前さんのとこに来たんだよ」
「?」
◇ ◇ ◇
久吾はとりあえず、皆を小屋の中に入れた。
子供達は満州語しか話せなかったので、久吾達もそれで会話する。
彼等には元々、全ての言語が設定されているので、言葉の壁が無いのだ。
「………どうだ? お前さんの見立ては」
久吾は、ふむ、と子供達を見る。しばらくの間の後で、
「末霊…、と仰いましたが、どちらかと言うと、精霊、ですかね。神霊の分霊ですから」
そう言われても、《8》もシュイジンも、良く分からない。久吾は続けて、
「既に子供達の肉体と同化してますしね。玄武様の精霊にお聞きしたら、大人ならともかく、今無理に引き剥がすと子供達の命に関わる、と仰ってますよ」
それを聞いて、シュイジンが驚いて、
「あなた、彼等と話が出来るの!?」
「ええまぁ…。時間はかかりますが、子供達が育つまで様子を見たほうが良さそうですね」
―――今のところ解決策も無いので、しばらくはこのままとなった。
とりあえず、子供達は久吾が預かる事になり、シュイジンはメンテナンスを済ませたら合流することとなった。
その間に子供達は、久吾に日本語を教わることにした。
◇ ◇ ◇
―――暖かくなり、雪が解けた頃。
日本語をすっかり覚えた子供達は、シュイジンと一緒に久吾の手伝いをしていた。
「こんちにはー!」
久吾が獲ってきた獲物を解体し、毛皮や肉などを、恐山の麓に住む『佐々木』家を介して卸している。
佐々木家の今の主人の亡母が霊力を持った女性だったので、その縁での付き合いだ。
この日も子供達と、荷車に荷物を積んでやって来た。
「おぉ、いらっしゃい」
主人の佐吉が出迎えてくれたが、この日は佐々木家に客人がいた。家の中から、女性が泣きながら出てくる。久吾が驚いて、
「どうされたんですか?」
女性は佐吉の妹で、美代という。
蓼科という家に嫁いだが、亡くなった母からもらった形見のべっ甲の櫛が、どこを探しても無い、と、ついに実家まで探しに来たという。
「………もう、あきらめます。兄さん、ごめんなさいね」
そう言って付き添いの奉公人と帰ろうとした時、シュイジンが、
「…少しだけ、よろしいかしら?」
と言いながら、美代の手を取った。
………数秒後、シュイジンは、
「…お稲、という方に、その櫛を見せましたね?」
え、と美代は驚く。
「はい、うちの奉公人です。とても気の利く、良い方でしたのに、今週いっぱいで暇を頂くと…」
シュイジンは、急いで彼女の持ち物を検めるよう進言した。
―――数日後、お稲の持ち物の中に、べっ甲の櫛が見つかったと、美代が報告にやって来た。
「ああ、ありがとう! あなたのお陰よ!」
その件以降、美代とシュイジンはすっかり意気投合し、友人となった。
◇ ◇ ◇
―――そうして数年が過ぎた頃。
すっかり日本に馴染んだ子供達は、久吾の手伝いをしながら様々な言語を教わり、特にルーは英語、フランス語など、7カ国の言葉を習得していた。
シュイジンは、親友となった美代に自分達のことを打ち明けた。
美代は話を受け入れ、その番号を聞いて「私の名前と似てるでしょ?」と、シュイジンに『美奈』の名を贈った。そして、
「ねえ、主人が貿易の仕事で横浜に行くのだけれど、美奈、あなたも子供達と一緒に来てくれない?」
言葉が堪能なことを見込まれ、仕事の協力を求められた。引越先の横浜・山手地区は、比較的戦下の影響のなかった場所でもある。
ちょうど久吾も、佐吉の元に届いた手紙から、霊薬の取引に奔走しなければならず、猟師を切り上げることになったので、
「我々は、いつでも会えますから」
と、一旦別れることになった。
―――その後、少しずつ戦争の影が色濃くなっていき、久吾の元には、天使達が送られて来た。
美奈と子供達は、《8》が持たせてくれた結界装置と、美代のいる蓼科家に守られながら、横浜で穏やかに過ごしていた―――。