12-4 昔語り・その3
(…こっちだな、気配がする)
白いスモッグを着た一人の男が、子供達の庵の近くまでやって来た。
シュイジンは、子供達の湯浴み用に井戸水を汲んでいたが、途中で自分と同じ者の気配を感じた。慌てて手を止め、無駄だと分かっていても、庵の中に入った。
その様子をルーが見て、
(…? どうしたんだろ)
と思っていたら、一人の丸坊主の男が道の向こうからやって来た。シュイジンと同様、切れ長の細い目をしている。旅人にしては随分と軽装だが、縦長の何かを引いている。近隣の村人にも見えない。
ルーは警戒して、戻ろうとしたが、
「すまねぇ。ちょっと聞きたいことがあるんだが…」
男に呼び止められた。
「危害を加えるつもりはねぇよ。俺は《8》っていうんだ。弟妹を探してる」
「…きょうだい?」
ルーが聞くと、《8》は、
「ああ。俺に似た感じの者がいる気配がするんだが、知らねぇか?」
ルーは、確かに似てるな、と思ったが、シュイジンの慌てぶりを見たので、やはり警戒する。
「………」
《8》は、出来るだけ優しく話しかける。
「…そんなに警戒するな。約束する。非道い目に合わせるとか、そんな事はしねぇよ。…いるんだろ?」
「…待ってて。聞いてくる」
ルーは、庵に走って行った。
◇ ◇ ◇
「…また、ずいぶんと特殊なのが生き残ってたもんだな。他の《三桁》達の情報や噂を辿って、見つけるのに数年かかったが…」
《8》はシュイジンを見て言った。シュイジンは観念して、大人しくしている。《8》は、やれやれ、とため息をつき、
「安心しろ。今俺は、生き残ってる連中の保護を目的に動いてる。お前も俺の研究所で、一旦メンテナンスをしとけ。他の《一桁》の連中には、絶対に渡さねぇからよ」
シュイジンは相手の気配を探る。噓を言っている感じはしない。信用出来そうだ、と判断した。
「………分かったわ。でも、子供達が…」
すると、《8》は、
「ああ。一緒に連れて来ていいぞ」
シュイジンは、え? と驚いた。
「…いいの?」
「可動式転移門があるから、すぐに行き来出来るしな。ただ、人間用の設備は無ぇから、そこだけ注意してもらえりゃ…」
そう言われてシュイジンは、子供達の事情も話した。
◇ ◇ ◇
「…なるほどな。こいつらも特殊なんだな。でも、逆に都合がいいじゃねぇか。研究所に居ても問題ねぇな」
「そうね…」
シュイジンも同意する。しかし、《8》は腕を組み、
「…ただなぁ、その末霊ってのが、気になるな…。そういうのに詳しい《1》が今、一大計画に関わってて、手が離せねぇんだが、…もう一人、アテになりそうなのが、隣の日本にいるらしいんだ」
「? 日本?」
「ああ、《最後の番号》っつってな。俺もまだ会ったことはねぇんだが…」
シュイジンは考える。今現在、清国内の満州人は、こぞって日本に避難しているらしい、という噂も聞いていた。
中国における、いわゆる『辛亥革命』は、この数年後に起こるのだ。
「…ちょっと待ってて」
《8》が「?」と訝しむ。シュイジンは、能力を使い、千里眼で日本中をくまなく視る。自分達と同じ人造人間の気配は、日本には一つしかない。
その気配は、今現在、東北・下北半島、恐山付近で感じられた。シュイジンには、猟銃を持った《8》にそっくりな男が、熊を背負って森の中を歩く姿が視えた。
「………見つけたわ」
《8》が、え!? と驚く。
「ホントかよ…、こいつは驚きだな」
「ええ。その…、可動式転移門? 設定すれば、すぐに行けるのかしら?」
「いや、設定ったってよ、座標が特定出来ねぇと…」
するとシュイジンは、《8》の手を取り、情報を送った。《8》はさらに驚く。
「…凄い能力だな。これだけ鮮明な情報を読み取って、他者に記録として送りこめるとは…」
「…多分、人間相手には無理よ。同じ人造人間なら上手くいくんじゃないかと思ったけど、やはり出来たわね」
《8》も納得する。人間から情報を読み取るだけなら可能だろうが、同じ構造の者でなければ、情報を送り込むことは不可能だろう。
《8》は可動式転移門の座標位置を合わせ、
「いつでも行けるが、子供達はどうする?」
シュイジンは、子供達の方を向き、
「…あなた達、どうする? ずっとここに居たいなら、無理には…」
「オレ、行ってみたい!」
「私も!」
チーとボーが言う。ルーとシンは、
「俺達も行くよ。ここにいても、何も変わらないしな」
「ああ。初めての旅だな」
嬉しそうにそう言うが、《8》は苦笑いしながら、
「…片道0分の旅だけどな。戻ろうと思えば、いつでも戻れるから、安心しな」
そう言って、皆で可動式転移門を通って行った。
◇ ◇ ◇
紅葉に染まったその山の中で、《8》とシュイジンは気配を探る。
すると、少し先の小屋の前で、熊を解体中の《8》にそっくりの男がこちらを見た。
「…お前さんが《最後の番号》か?」
《8》がそう言うと、《最後の番号》は、
「………どちら様ですか?」
そう聞いてきた。