12-3 昔語り・その2
「そこに壊れた祠があるだろ?」
ルーはそう言って、窓の外にある崩れた祠の跡を指差し、
「…あれ、壊しちゃったの俺達なんだ」
そう言って、説明してくれた。
◇ ◇ ◇
―――祠に祀られていたのは、四聖獣と呼ばれるものだった。
朱雀、青龍、玄武、白虎。有名な伝説の聖獣だが、この祠には、彼ら本体ではなく、その末霊達が存在していたらしい。
その日、子供達四人は、近づいてはいけないと言われていた祠の近くで遊んでいた。
たまたまぶつかっただけだったのに、祠は、ぐらり、と揺れ、ガラガラ…、と崩れた。
…壊れた祠の中から何かが出てきて、それぞれの身体の中に入り込んだ。
村の大人達に見つかり、子供達は長老から元々の名を奪われ、それぞれ聖獣の『色』を名として充てがわれた。
そして、この庵に隔離された。
―――以来、ここで四人で過ごしている。
聖獣の末霊を取り込んでからは、空腹を感じなくなり、病気にもならなくなったそうだ。ただ、睡眠だけは取っている。
「………ってことがあったのが、大体二十年前だったんだ」
ルーがそう言ったのを聞いて、シュイジンは、え!? と驚いた。
「…どういうこと? 年を取らなくなった、ってこと?」
するとチーが、
「ううん、ちょっとだけ大きくなったよ。ボーはあの時、まだ四つだったけど、ほら」
言われてみれば。…恐らくだが今は六、七才くらいだろうか。
「そうね…、ということは、およそ十年に一つずつくらい成長しているのかしら?」
ルーが頷く。
「俺もそれくらいだと思う。…その二十年の間に疫病が流行って、みんな死んだんだ。干ばつで作物も育たなかったしな。でも…」
ルーがそう言って、またうつむいた。シュイジンが「?」と思っていると、シンが、
「…ルー。干ばつも疫病も、俺達のせいじゃない」
どうやら、自分達の呪いのせいで、村が滅びたのでは、とルーは思っているらしかった。
聞いて、シュイジンは、
「…そうだったのね。…少しだけ、いいかしら?」
ルーの頭の上に手を置かせてもらう。
「? 何?」
ルーが少し驚いたが、大人しくシュイジンにされるままにしていた。
シュイジンは、ルーの記憶を読み取る。記憶上は、ルーが話したことと一致していた。が、知りたいのは、中にいるはずの末霊のことだ。
ところが、肝心のところで何かに阻害され、読めなくなった。
(…!? これは…)
シュイジンは手を離した。ルーが訝しんで、
「…何をしたの?」
シュイジンは慌てて、
「ごめんなさい、私も少し特殊な能力を持っているのよ。そして、あなた達と同じように…、いえ、私、年を取らないし、食事も必要ないの」
すると子供達が、え!? と驚いて、
「お姉さんも、呪われてるの?」
チーが聞いた。シュイジンは、目を伏せて、
「呪い…、そうかもね。ある意味、呪いだわ」
少し身体を震わせながら、そう言った。そして、今度は子供達の顔を見ながら、
「今、直接触れて、確かめさせてもらったわ。…どうやらあなた達は、無意識に大気中の栄養素を取り込んで、生命を維持しているみたい…。所謂、霞を食べて生きるという、仙人みたいにね」
子供達は再び驚いた。初めて自分達の状態が分かったのだ。
「ただ、私ではあなた達の中の末霊と、意を交わす事が出来なかったわ。役に立てず、ごめんなさい…」
シュイジンがそう言うと、ルーが、
「いや、そういうのが知れただけでも良かったよ。俺達、化物か何かになったと思ってたから…」
そう言われ、シュイジンは笑って、
「化物なんかじゃないわよ。…今の状態も『呪い』と思わず、末霊達の『加護』だと思えば良いんじゃない? 何も食べずに、二十年も過ごしてこられたのだし…」
子供達は、そうかな、と言いながら、呪いでないというのは、まだ受け入れられないようだった。
そんな子供達を見て、シュイジンは思いついたように、
「…そうだわ。久しぶりに、何か食べてみる? 良かったら、何か作ってあげるわよ」
「ホント!?」
ボーが嬉しそうに言った。シュイジンは頷いて、食材を探しに行った。子供達もついて行く。久しぶりの外出だった。
◇ ◇ ◇
少し離れた山で、食べられる野草ときのこ類を見つけ、野鳩を捕まえた。水は川から汲んで桶に入れたものを、シンが頑張って運んでくれた。
庵に戻る途中で、廃村の長老の家で塩を見つけ、持ち帰った。
シュイジンも人と暮らした時期に、料理をしていた。鳩を捌いて、骨やガラで出汁を取り、綺麗に濾して、鳩の肉や野草、きのこ類を鍋に入れて煮る。
「うわぁ、いい匂い」
ボーが喜んでいる。他の子供達も、久しぶりの食事に興奮気味だ。
「「いただきまーす!」」
食事が必要ない、とは言っても、やはり食事は楽しいらしい。
「美味しい!」
そう言って、自分が作ったものを食べてくれる子供達を見て、シュイジンも嬉しそうだった。
◇ ◇ ◇
その晩、皆で眠りにつく。ボーが、シュイジンに近づき、
「…あ、あのね。こっちで一緒に寝よ?」
シュイジンを引っ張って、寝床に連れて行った。
ボーは、兄とシュイジンの間に納まって、「えへへ」と嬉しそうにしながら眠った。
―――そんな風に、シュイジンと子供達の生活が始まり、数日が過ぎた。