12-2 昔語り・その1
「ただいまですメ」
「お邪魔しまーす」
羽亜人とめぇが買い物を終わらせ、今日は直接名奈家に帰って来た。
「よっ、ハート! よく来たな!」
もっちーが陽気に声をかけた。羽亜人は、ハハ、と笑って、めぇをナップザックから出すと、買ってきた物を冷蔵庫にしまった。
「ありがとですメ、羽亜人さん」
めぇが礼を言うが、もっちーが、ほけー…、とした顔で羽亜人を見ている。羽亜人は「?」と思い、
「どしたの? もっちー」
「いやー…、つくづくハートって、フツーだよな。何つーかこう…、もっと、カイゾウニンゲン感ってないの? ファリリンみたく」
「無いよ」
羽亜人は、またファリダの呼び方変わってるなぁ、と思いながら答えた。
もっちーが「何でー?」と、可愛らしい仕草で小首をかしげる。
「だって俺達の場合、大弥が育つまでの代替だし…。ほら、普通の人間でも、義手とか人工関節とか、色々あるでしょ? そういうのと一緒かなぁ…。蒼人だけ、戦闘用の代替品しかなかったから、あんなだけど」
「? …! そーいや、そんなこと言ってたな! 大弥の母ちゃんのユイゴン、だっけ?」
そうそう、と羽亜人が頷くと、貝殻ベッドが開いて、もつこが起きてきた。
「ふわぁ…、ユイゴンって、なぁに?」
すると羽亜人が気付いて、
「起きたの? もつこちゃん」
もつこがベッドを走らせて、羽亜人のそばに寄ってきた。
「羽亜人にぃに、何のお話?」
「えっと、俺達が何でこんな身体なのか、みたいな話、かなぁ?」
羽亜人が少し困ってそう言うと、もつこは「何でー?」と、さっきのもっちーと同様の、小首をかしげる可愛い仕草をした。
「えー…? 聞きたいの?」
「おう! オレっちも忘れてるから、ついでにもつこに教えてやって!」
もっちーもそう言うので、羽亜人は、
「…まぁ、時間はあるかな。長くなるけど…」
しかし、めぇがもっちーをビシッと蹄差し、
「もっちーさん、また寝ないで下さいメよ」
「ギク! ね、寝ねーよ! たぶん…」
羽亜人は、ハハ、と笑って、話し始めた。
◇ ◇ ◇
―――今から百三十年ほど前。
「おい、聞いたか? 清国の負けだってよ」
「ああ。…まさか、日本なんぞに負けるとはな」
道すがら、村人達のそんな噂を耳にしながら、水晶は旅をしていた。後の美奈である。
編笠を深く被り、小さな手荷物一つの、あてのない旅である。
日清戦争後、漢民族の不満が溜まり、段々ときな臭い話も聞こえるようになって来た頃、シュイジンはとある山間部の廃村を通り過ぎようとしていた。
(…誰もいないのかしら)
しかし、気配がある。シュイジンはゆっくりと、辺りを能力で探りながら歩いていく。
…少し離れた場所に、崩れた祠と庵があり、庵の中に人の気配があった。
(………? 子供?)
庵の前で、扉を開けようか迷っていると、向こうから開いた。やはり子供だ。十歳前後の眼鏡をかけた一人の少年が、シュイジンの気配を感じたのか、外の様子を伺うため扉を開けたようだ。
「…何か用?」
そう声をかけてきた少年に、シュイジンは、
「えーと、…あなたたちだけ、みたいね。他に誰か、いないのかしら?」
すると少年の後ろから、少し幼い、可愛らしい顔立ちの赤毛の少年が、
「いないよ。みんな病気で死んじゃった」
シュイジンはそう聞いて、何故この子供達は平気だったのだろうか、と思っていると、今度は赤毛の少年の後ろから声がして、
「おきゃくさん! ひさしぶりのオトナの人!」
女の子らしい人影が現れた。
「こら、白! まだ出ちゃだめだろ!」
赤毛の少年に似た顔立ちの女の子は、眼鏡の少年に叱られた。
シュイジンはしゃがんで、子供達に目線を合わせ、
「…ごめんね、驚かせて。私、シュイジン。旅をしているの。人の気配がしたから、誰かいるのかな? って気になっただけよ」
そう言って笑顔を見せた。すると、ボーと呼ばれた少女が、シュイジンの手を取って、
「おねーさん! 入っていいよ! ね!」
シュイジンが戸惑っていると、眼鏡の少年が、やれやれ、といった表情で、
「…警戒して済まない。俺は緑だ。何にもないとこだけど、どうぞ」
しっかり者の顔が笑って、そう促してくれた。赤毛の少年も、
「オレ、赤だよ。ボーはオレの妹なんだ」
中に入るともう一人、ルーと同じくらいの年頃の、鋭い目つきの少年がいた。ぺこりと挨拶をする。
「…青だ」
簡潔に自己紹介をしてくれた。
…中は、本当に何もない。不思議なことに、食事を取った形跡もない。
シュイジンは、一応子供達を透視で鑑定する。やはり人間だ。…が、微かに何か、不思議な力を感じる。
ただ、彼女の能力では、それが何かまでは分からなかった。
もちろん触れて、子供達の頭の中を覗けばすぐ分かるだろうが、人前でその能力をひけらかす真似は、出来れば控えたかった。
「…ここで、どうやって暮らしてたの?」
とりあえず聞いてみる。するとルーが、少しうつむいて、
「…俺達は、呪われてるんだ」
そう言うと四人とも、しょぼん、とうつむいた。