11-8 報告
ミスターに連れられ、ハチ達は無事研究所に到着した。
―――現在No.93は台座に横になり、No.666からのデータを移行中だ。ミスターとハチで様子を見守っている。
「何と…。No.666は、昆虫まで操っていたのかね」
「そうですね。データを見る限り昆虫に関しては、予め相手に命令を植え付けて行動させていたみたいです。動物に関しても、大まかに命令して、状況に応じて個別に指示を出すという、効率の良いやり方をしていたようですね」
ミスターは、ふむ、と頷き、
「…成程。No.666も優秀な者だったようだが、残念だな。更新を条件に、《7》に協力を求めた、という事か?」
ハチが「そうらしいです」と言うのだが、ミスターは考え込んでいる。
ハチは気になり、聞いてみる。
「…何か、思うところが?」
「いや…。そもそも、更新は通常《一桁》しか行わないものを、No.666が自分から求めたと言うのがな…。誰かがそれをNo.666に唆しでもしない限り、起こり得ないと思ってね」
言われてハチも、「…確かに」と答える。
「…我々以外の者が動いている、という事ですか?」
ハチがそう言うと、ミスターは驚く。
「我々以外に、誰がいると言うんだね?」
ハチは、む、と唸り、
「…《9》に探りを入れてもらいますか? 彼女なら、上手く動いてくれると思いますよ」
「頼めるかね。…助かる。が、万一の場合、私が直接行かねばな」
ミスターはそう言って、ため息をついた。
「…で、ミスター。No.93の更新の内容ですが、制限と調整は…」
「そうだな…。動物達との連携は、多少数と範囲を減少させた方が良いかも知れんが、No.93もNo.666も、本人の能力と言うより、上手く指示を与え、植物・動物の持つ能力を引き出しているようだな」
ふむ、とハチが調整を加えた。続けてミスターは、
「…特にNo.93に至っては、強固な緑の結界は植物達の能力を増強して、自らの能力と合成していたようだ。『共存』を重んじたNo.93との、信頼関係の賜物だな」
「それもすごいですね。効率も良い」
更新は順調に進められていく。
…ハチがおもむろに、ミスターに尋ねた。
「…《0》の目覚め、まだですかね?」
ミスターがため息をついた。
「…可能性は低い気もするが、大天使の目覚めと関係があるのかも知れん。久吾に預けたミカエルが、覚醒を拒否している気配がある」
ハチが「え!?」と驚いた。
「ミカエルは、大天使達のリーダーでしょ? …ああ、でも、久吾達の様子を見ると、そうかも知れないですね…。みー君は、あのままでいたいと…」
「そうだな…。あの守護者達と毎日楽しく過ごしているのだろうが…。しかし、このまま《0》が目覚めなければ、最悪の場合、そのまま永眠という可能性も…」
「そんな…!」
「…まぁ、考えてみれば、既に彼は三千年ほど生存している事になる。潮時かも知れん。ただ、大天使達と何かしら関連しているとなれば、可愛いあの子達がどうなるか…。それに、《一桁》達も問題だ。《3》など、既に好き放題している者が、更に歯止めが効かなくなる」
ミスターは頭を抱える。
《0》が眠りについている間、《1》と《8》以外の《一桁》は基本的に《0》のそばに控えている。
過去、アララト山に居を構えていた彼らは、千年ほど前から今現在まで、拠点を南極に移し巨大な氷の中に宮殿を造って住んでいる。
ただ、時々気まぐれで地上に姿を現し、《6》のように人間に技術提供をする者もいれば、《3》などは見目麗しい人間の少女を、人間の組織に攫わせては自分のそばに侍らせていたりする。
要は『暇つぶし』をしているのだ。
《0》という、ある意味『枷』が無くなれば、『暇つぶし』はさらに拍車がかかるかも知れない。
「…問題が多いですね」
ハチが苦笑いしながら言う。
「本当にな。私は魔法の研究に没頭していたいんだがね。…そうだな、この研究所の結界にも、ルーンを刻んで…」
「…いや、今のところ間に合ってますよ」
先日結界を構築し直したばかりだ。これ以上複雑にして負荷がかかるのも困る。
ミスターは残念そうにしていたが、ふと、思いついたように、ハチに向かって、
「…そういえば、彼女…、美奈であれば、No.666の記憶を千里眼で読み取れるのではないかね?」
すると、ハチが押し黙り、しばし考えて言った。
「………その、美奈ですがね。さっき連絡を取った時に、相談がある、と…」
おや、とミスターが訝しむと、ハチは、
「…どうやら彼女、自分の死を予知したようです」
「!?」
◇ ◇ ◇
―――《7》は南極にある宮殿の、自分の領域に戻った。
そこに、《2》が待ち構えていた。
「《7》。何処へ行っていた?」
ギクリ、と《7》は《2》を見る。
自分と同じ黒のローブを身に纏い、やはり頭の右側に『ב』と刺青がある《2》が、無表情でこちらを見ている。
「………」
「《5》が、『《7》が《最後の番号》を連れてくるかも知れない』と言っていた…。どういうことだ?」
《7》は押し黙っている。…が、少し考えて言った。
「…私は、《最後の番号》には関わらない方が良いと思う。奴がその気になれば、この地球が消し飛ぶかも知れん」
それを聞いて、《2》は顔をしかめ、
(《最後の番号》…。それほどの力がある、ということか?)
そう考えたが、《0》が目覚める可能性があるうちは、自分が《最後の番号》の下に赴く訳にもいかない、と思っていた。
「………それから」
《7》が続ける。
「No.37は現在、日本にいるらしい」
「!」
《2》は驚く。が、表情が変わったのは一瞬だった。
「………そうか」
そう言って、《2》は自分の領域に帰って行った。
―――《7》はひとまずホッとして、
(…しばらく静観に回るべきだな)
そう考え、石造りの冷たい自室に戻っていった。