11-2 植物の主
「…ハ、ハハ。すごいな。《最後の番号》が規格外ってのは聞いていたが…」
ミャマは驚いた。時速500kmは超えているだろうか。二人を包んだ球体は、凄まじいスピードで海を越え、既に韓国圏内に入っている。
「おや、そうなんですか?」
知ってか知らずか、久吾はそう言った。ミャマは、
「日本まで行くのに、丸四日はかかったんだぜ。これなら5〜6時間で…」
「…困りますね。まだそんなに時間かかりますか」
そう言うと、久吾はさらにスピードを上げる。
「うわ! ウソだろ…」
日本から虎跳峡あたりまでは、およそ三千七百km余り。さらに海を越え、中国圏内に入ってから、久吾はミャマに方向を確認しながら、4時間ほどかけて噂の場所までやって来た。
◇ ◇ ◇
「…いや、凄いな、君は。こんなに短時間でここまで来れると思わなかったよ」
ミャマはしきりに感心していた。久吾は、
「そうですかねぇ。ここまで遠すぎますよ。やはり転移門は偉大ですね」
時間がかかったことに、少々不満だった。
到着した場所は、一面緑に囲まれた森だ。
その一角に、緑の壁とも言うべき、草木の立ちはだかった箇所がある。
「…これですかね?」
ミャマは、そばにいたネズミのような小動物と、何やら話をしてから、
「…そうらしい。ここ、壊せるか?」
「やってみましょうか」
久吾は手をかざし、火球を放つ。
ボウッと緑の壁が燃える。が、すぐに再生した。
「…一発では無理ですか。なら…」
今度は連続で火球を十発ほど放った。通路が出来た。が、再生しようとしている。
「面倒ですね。通路が塞がらないうちに通りましょう」
火球を放ちながら、二人で通路を抜けていく。
「…いやぁ、君がいると便利だなぁ。助かるよ」
久吾は通路を通りながら、ハチの気配が近づくのを感じた。やっと壁を抜け、開けた場所に来る。
そこには、様々な果樹が立ち並んでいた。木漏れ日を浴びながら、どれも競うように実をつけている。
「…すごいな、ここは。桃だけじゃなく、様々な果物があるのか」
ミャマが驚いていると、人の気配がした。
「………緑の結界を破ったのは、お前か?」
そこには、ゆったりとした白いローブを羽織った、自分達と同じ顔をした男が、とても不機嫌な表情で現れた。
久吾も、少し険しい表情になる。
「申し訳ありませんでした…。が、こちらにハチさん、いらっしゃいますよね? 私は彼に会いに来たんです」
ローブの男はため息をつき、仕方ないと言って、久吾達に背を向け、
「ついて来なさい」
ミャマと二人で、男に促されるままついて行った。
◇ ◇ ◇
「何だお前、来ちまったのか」
ハチの開口一番は、それだった。
そこは、やはり草木を組んで作ったような、広めに造られた家屋の中だ。久吾は、
「美奈さんが心配してましたよ。研究所からいなくなったって…。連絡もつきませんでしたからね」
「…悪かったよ」
そう言ってハチは、頭を掻く。
ここには、先程の男とハチの他に、同じ顔の男が四人、同じ顔の女が三人いた。皆、焦燥した表情でこちらを見ている。
「ハハ、これだけ同じ顔が揃うと、圧巻というか、不気味というか…」
ミャマが笑って言った。が、皆それを聞いて顔を背けた。
そこへただ一人、違う顔のファリダが現れた。
「ハチ、やっぱりダメだった…、!?」
久吾に気がつき、ファリダは驚く。キョロキョロと辺りを見ながら、
「久吾が来たのか。子供達は?」
「私と、このミャマさんの二人です。子供達は、残念ながらお留守番ですよ」
それを聞いて、ファリダは「そうか」と言った。
「…で、何がダメだったんですか?」
久吾が聞くと、ハチとファリダはうなだれて、
「………来な」
久吾を案内した。
◇ ◇ ◇
通された部屋には筵が敷かれ、その上に、やはり久吾達と同じ顔の男が寝転がっている。ピクリとも動かない。
「これは…」
「コイツはNo.533だ。俺らの心臓と言うか、永久機関部分だが、…残念ながら永久じゃねえんだ」
どうやら、No.533は、死亡したということらしい。思わず久吾は、手を合わせた。
ハチはNo.533の亡骸を抱え、隣の部屋へ移動した。そこには大きめの穴が掘られていて、中に数体の他の同胞の亡骸が積まれていた。
ハチは、そこに新たな亡骸をそっと放り込む。
「俺がここに来てから、これで四体目だ。《三桁》の寿命は短いと言うが…。こう立て続けだと、さすがに参っちまうよ」
「………」
久吾はここでも手を合わせる。同胞の死に立ち会うのは初めてだ。
ふいに、ファリダが、
「久吾。お前の霊薬は、コイツらに効かないのか?」
そう言われて、久吾は首を振る。
「…無理だと思います。我々人造人間には、霊薬は効きません。魂色も視えないんです。…やはり、人間とは違うんでしょうね」
そこへ、先程ここまで案内してくれた、ローブの男がやって来た。ハチが、
「久吾。彼はここのリーダーだ。No.93。美奈と同じ、《二桁》の生き残りで、緑の結界でここを護ってる。植物を操作する能力を持っているんだ」
No.93は、久吾をじっと見る。最初に会った時と変わらず、不機嫌そうな顔をしている。
彼は、久吾に明らかな嫌悪感を持っているようで、
「…《最後の番号》。君には来て欲しくなかったよ」
久吾に向かって、そう言った。