11-1 桃源郷の噂
((…ええ。龍脈のほうは、今しばらくは大丈夫かと))
久吾が精神感応で話している相手は、美奈だ。
((…そう。ところで、久吾…。最近、ハチと連絡取った?))
((いえ、先日のバーベキュー以来ですね))
((そうよね…。千里眼で見ても、研究所にいないみたいなのよ))
((………確かに、気配が感じられません。これでは、瞬間移動も使えないですね))
久吾の瞬間移動は、見知った相手がいる場所か、知っている場所でないと使えない。未知の場所へは行けないのである。
不在となれば、転移門で行っても意味が無い。
((何かあったのかしら…))
美奈が心配するが、どうしようもない。
((向こうから連絡が来るまで、どうにもなりませんね。待つしかないでしょう。ハチさんのことですから、多分無事ですよ))
そう言って連絡を一旦切る。そう言ったものの、久吾も少し心配だった。
◇ ◇ ◇
天気のいい昼下がり、めぇは庭の掃除をしている。
小さなめぇが、一生懸命ほうきで庭を掃く姿は、可愛らしく、微笑ましい。
その庭の壁の上に、猫が現れた。
「ニャア」
めぇは、驚いた。
「メ? ネコさん? ………メ!? 結界、作動してませんメか!?」
慌ててほうきを打ち捨て、中に入ろうとすると、声をかけられた。
「やあ」
めぇが振り返ると、自分の主人と同じ顔の男が、先程の猫を抱いて壁の上にいる。迷彩柄の服を着ている。
「メ?」
めぇが困惑している様子を見て、迷彩服の男は、
「《最後の番号》、いるかい?」
◇ ◇ ◇
先程の迷彩服の男が、応接間でお茶を飲んでいる。
「…それで、ミャマさん、でしたか…。どのような御用件で?」
久吾が尋ねる。ミャマと呼ばれた迷彩服の男は、
「俺の元々のNo.は、666なんだ。面白いだろう? 『獣の番号』と呼ばれるこの番号の俺が、動物達と意思疎通出来るってのがさ」
久吾がNo.666と会うのは、これが初めてだ。
久吾の家には結界が張られている。それを許可なく踏み越えてきた。当然、久吾は警戒した。
そもそも久吾自身が知っている仲間は少ない。
日本からほとんど出たことのない久吾が実際に会っているのは、1・8・37・432の四人だけだ。
後は《一桁》だが、会ったのは自分が誕生した時と、《0》が目覚めた時くらいだ。
「…そんなに警戒するな。動物達に協力してもらって、やっとここまで辿り着いたんだ。まさか樹海のど真ん中に家があるとはな」
ミャマは、にこやかに笑って言った。
「…《8》の消息を知りたくないか?」
「!? ご存知なんですか?」
久吾が聞くと、ミャマは、
「恐らく、ってとこだな。俺は普段、マサイマラの保護区にいるんだが…」
マサイマラ国立保護区。そこは、ケニア南西部に位置する動物達の保護区だ。久吾は、
「…それは、随分と遠い所から…」
「だろう? 苦労したよ。…ただ、君の協力が欲しくて、こちらも必死だったんだ」
「…と言うと?」
「《8》は恐らく、現在『桃源郷』と呼ばれている場所にいる」
「………桃源郷? 中国の?」
本で読んだことはある。伝説では、中国・湖南省にあったとされる『桃源郷』。
俗界を離れた理想郷とも言われ、桃林に囲まれた、人が老いることのない世界。
…だが、今現在、現実にあるとは思えない。
久吾が訝しんでいると、ミャマは、
「今、噂の桃源郷は、中国・虎跳峡の先、ミャンマーの国境付近で目撃情報があるんだ」
ほう、と久吾は言った。ミャマは続けて、
「そこは、様々な植物に囲まれ、老いることのない、同じ顔をした人間達が、寄り添って暮らしているらしい」
久吾は、少し考えて、
「………もしかして、我々の仲間がそこにいる、ということですか?」
ミャマはニッコリ笑って、
「流石、察しがいいな。…《8》は多分、そこに行ったまま帰れないでいるんだと思う」
久吾は考える。
「…何か、問題が発生したんですかね」
「だろうな。俺も大体の場所は分かるんだが、彼らのいる場所に辿り着けない…、というか、入れない。かなり特殊な結界が張られているみたいなんだ」
特殊な結界と聞いて、久吾はまた考える。精神感応も遮断するような結界…。一体、どのような型の結界なのか、興味も湧いた。
「…ということで、是非一緒にそこへ行ってもらえないだろうか。頼むよ」
ミャマはそう言うが、正直久吾は、不信感が拭えない。だが、ハチの行方も気になる。久吾は、
「ミャマさん。ここまで、どのようにしてやって来たんですか?」
するとミャマは、
「まあ、人間の交通機関を利用したり、色々だな。俺も少しは瞬間移動出来るしな。目視出来る範囲、2〜3km以内くらいはな」
ハハ、と笑いながら言う。つまりは無賃乗車のようなものだろう。飛行機などにこっそり乗り込んでは、何食わぬ顔で空席に座っていたらしい。
「………」
久吾はどうしようか、と考える。
そのような正当でない方法で目的地に向かうのは、気が引けるのだ。とはいえ、普段から交通機関など、そもそも久吾は使ったことがない。
「…仕方ないですね。瞬間移動は使えないので…」
久吾はミャマのそばに寄り、自分とミャマを透明の球体に包んで印を結んだ。
「え?」
ミャマが驚くそばで、久吾はめぇに、
「ちょっと行ってきます。今回は時間がかかるかもしれません。何かあれば、美奈さんのところに相談して下さい」
するとめぇは、
「分かりましたメ。行ってらっしゃいませ」
球体が宙に浮き、久吾とミャマは、ものすごいスピードで空を翔けていった。
めぇは手を振って、二人を見送った。