10-4 外堀を埋める裕人
「…いや、実はその雨宮さんは、俺の叔母なんです。俺の親父の妹でして…」
意外な親戚筋だった。久吾は、
「そうでしたか。光栄さんの妹さんが、確か雨宮さんに嫁いだ、と言ってましたから、月岡さんの叔母様のお姑さん、ということですかね」
月岡は頷く。
「親父は一時、遠縁のはずの光栄さんに、金銭的に随分助けてもらったと言ってましたからね。恩人だそうです」
久吾は、ほほう、と頷く。
恐らくその金の出処は、久吾が納めていたものであろう。そのことを月岡に伝えるつもりはないが、久吾は懐かしさを感じて、
「…昔、光栄さんの九代前でしたかね。当主だった宗右衛門さんに色々教えて頂いたのが、御縁の始まりなんですよ」
◇ ◇ ◇
―――今から二百五十年程前、江戸中期頃であったか、当時僧侶の姿で旅をしていた久吾は、死にかけた病人や怪我人を見かけると、そばにいる元気な縁者から寿命を抽出しては、他言無用と言いながら霊薬を与えていた。無論、それで報酬など得ていなかった。
その時も、宗右衛門の娘の命をたまたま救ったのだが、
「お坊様、その薬はおいくらですか?」
と聞かれ、命はお金に替えられませんから、と答えると、
「それはいけない! その薬は、きちんと対価を頂くべきものです!」
宗右衛門はそう言って、しばらく久吾を家に滞在させ、お金の大切さを説いて聞かせたのだ。
―――それから久吾は、霊薬にきちんと価値を持たせるため、対価を頂くようになった。
その教示の礼に、久吾は名執家に、定期的に金銭を納めている。
久吾自身が金を使うことは、ほとんどない。だが、こうして巡り巡って、月岡の父を助けていたことに、不思議な縁を感じていた。
◇ ◇ ◇
裕人は聞きながら、頭が混乱していた。
「…え? えーと…、久吾さん、って、一体? 何歳、なの?」
すると風月が、
「不思議な人なのよ、久吾さんって。だから、ここで見たり聞いたりしたことは、他で言っちゃダメなのよ」
確かに、動くぬいぐるみといい、不思議なことだらけだが、思い返してみれば、自分が誘拐されたあの時も、不思議なことだらけだった。
(…まあ、いいか。彩葉先輩があんなに懐いてる人だし、お父さんとも仲が良いみたいだし…)
そう思い、裕人は、
「分かりました。誰にも言いません。…あ、そういえば」
ふと、裕人は気がついて聞いてみる。
「彩葉先輩もこのこと、知ってるんですか?」
月岡も疑問だった。どれくらいの人間が、この人のことを知っているのだろう、と。久吾は、
「雨宮の家には、伝わっていないはずです。名執家の光栄さんとみやびさん御夫婦は知っていますね。彩葉さんは…、光栄さんは伝えてないと仰ってましたが、恐らくご存知ですよ」
多分、彩葉はみねから聞いているのだろう、と思った。みねは彩葉が小学校を卒業する頃、成仏したと言っていた。それまで彩葉は、みねの思い出話に付き合っていたようだ。
裕人は、そうか、と思いながら、何となく彩葉先輩と秘密を共有したような気がして、ちょっと嬉しかった。
しかし、久吾が、
「ああ、でも、彩葉さんはまだここにいらしたこと無いですからね。我が家のことは、内緒でお願いしますよ」
人差し指を口元に当てながらそう言うので、裕人は「分かりました」と答えた。
◇ ◇ ◇
―――こうして裕人は、彩葉の親類縁者と親睦を深めたが、彩葉本人と親密になれるかどうかは怪しいものだった。
翌日からはサッカー部もしっかり活動が始まり、一年の裕人がマネージャーとゆっくり話をするような機会はなかなか無い。
それでも裕人は、彩葉先輩を眺めているだけで嬉しそうだった。
「…彩葉先輩、今日も可愛いなぁ」
蓮と一緒に、美人マネージャーに憧れの視線を送っていた。