2-1 美奈
「お気に入りの芋ようかん、手に入って良かったね」
彼は羽亜人という。時々、久吾のところに出入りして、買い物などを手伝っている。
羽亜人は、持っていたナップサックにこっそりと話しかけた。サックの口には、ヒツジのぬいぐるみの頭がひょっこりと生えている。めぇの頭だ。
羽亜人のサックの中にすっぽり体をうずめ、ぷらんぷらんと楽しそうに揺れている。
「はいメ、あとはもっちーさんの大福アイス買って終わりですメ、お付き合いありがとですメ」
嬉しそうに答えるめぇに、割って入った男がいた。
「アイツが大福とか、共食いじゃねーか」
そう言った長身の男は大弥という。羽亜人の仲間である大弥は、本日の荷物持ちだ。ちなみに《もっちー》とは、久吾達と一緒に暮らす動くアザラシのぬいぐるみである。
「ハハ、大福アイスおいしーよね」
羽亜人がそう言って笑うと、向かいの方角から数人の女子高生が談笑しながらやってきた。そのうちの一人がこちらに気付き、「あ、羽亜人サンだ」と言うと全員がわらわらと集まって来た。大弥が焦って言った。
「げ、めぇ動くなよ!」
「はいメ!」
小声で返事をして、めぇは普通のぬいぐるみのフリをする。
女子高生は羽亜人の周りに群がった。
「キャー、羽亜人サン、お買物?」
「カワイー! めぇチャンもいるー」
「アタマ撫でさせてー、御利益御利益」
そんな効果は無いのだが、めぇはされるがまま大人しくしていた。
「みんなも学校お疲れ様」
羽亜人がそう声をかけると、女子高生達はキャッキャッと楽しそうに笑う。
大弥も容姿には恵まれている方だが、残念ながら女子高生達は見向きもしない。
羽亜人のアイドル並のルックスと、柔らかな物腰の影に隠れてしまうようだ。
そんな様子を、憮然としながら大弥が見ている。
が、ふと前を見ると、向こうから一人で走ってくる女子高生が目に止まった。
羽亜人を囲んでいた女子高生の一人が、その少女に声をかける。
「あ、美那子、これからバイト?」
すると走りながら少女が答えた。
「うん、急がなきゃ、じゃあね!」
颯爽と走り去った美那子に手を振った女子高生達も、そろそろ帰らなきゃ、と羽亜人達に手を振ってその場を去っていった。
「…やっと行ったか。アイツ等に囲まれると生きた心地しねーぜ」
大弥がげんなりとしていたが、羽亜人は爽やかに笑っている。
「ごめんね大弥。さ、俺達もアイス買って帰ろうか」
そう言って歩き出そうとした時、大弥は足元に転がった何かに気付いた。
「ん?」
つまみ上げたそれは、ウサギのマスコットのキーホルダー。
「…さっきの女子高生達の、か?」
◇ ◇ ◇
「ただいまー」
広めの事務所のような部屋に入ると、正面の窓の前に豪奢な造りの机と椅子が見える。その椅子に長い黒髪の女性が座っていた。
「お帰りなさい。めぇさん、いらっしゃい」
優しく声をかける女性の目は、名奈久吾と同様の細い目だ。顔立ちもよく似ている。
彼女は美奈。久吾の姉である。姉弟なのでよく似ているが、どこか神秘的な雰囲気を持った女性だ。
美奈の机のそばに、数台のパソコンに囲まれた眼鏡の男性と、対の位置に立って書類を検分する目付きの鋭い長身の男性がいた。
めぇは羽亜人にサックから出してもらい、美奈の机の上に降ろされた。
「こんにちはですメ、美奈様」
ぴょこんと机の上で挨拶するめぇを微笑ましく見ながら、美奈は、
「あらあら、こっちにいらっしゃい」
と、めぇを自分の膝の上に乗せた。
めぇは両脇にいる二人の男性達にも挨拶した。
「蒼人サンも蔵人サンもお久しぶりですメ」
蒼人と呼ばれた目付きの鋭い男は、こくりとうなづいた。蔵人と呼ばれた眼鏡の男は「めぇさんも元気そうだね」と返事をした。
「少し遅かったわね。何かあった?」
美奈の問に羽亜人が「途中で女の子達に捕まっちゃって」と答えると、大弥が思い出したように
「あ、そうだ、こんなん拾ったんだけど」
とポケットからキーホルダーを取り出した。
「あらら、明日同じくらいの時間に通学路に行ってみようか」
羽亜人がお茶を淹れながらそう言うと、美奈がめぇを抱いたままキーホルダーをじっと見た。
「…美奈様?」
めぇが美奈に声をかける。蔵人と羽亜人も「主?」と言うが、美奈はじっとキーホルダーを見つめたままだ。
「…? コレが何か?」
大弥の問いかけに、美奈がやっと口を開いた。
「…そのキーホルダーの持主、危険が迫っているかも知れないわ」