10-3 彩葉と久吾
久吾は、彩葉が通うという学校をこっそり見るつもりだったのだが、到着してみると何だか物々しい。
(…何かあったんですかねぇ)
そう思い、学校は見たので帰ろうと思ったところで、「久吾おじ様!」という声を聞いた。
振り返ると、光栄と同様の、突き抜ける青空のような清々しい魂色の少女が走り寄ってくる。その顔には、懐かしい面影があった。
自分の懐に飛び込んできた少女を抱き止めながら、久吾は、
「…もしかして、彩葉さんですか?」
と聞くと、彩葉は嬉しそうに「はい!」と答えた。
「よく私のこと、分かりましたね。最後にお会いした時、あなたはまだ小さかったはずですが…」
「忘れる訳ないわ。おじ様、全然変わらないんだもの」
それはそうだが、それでも覚えているとは。
久吾は不思議だったが、彩葉がこっそりと、
「…実は、ひいおばあちゃんと良くお話してたんです。おじ様のこと」
ウフフ、と笑ってそう言った。
ひいおばあちゃんとは、みねのことだ。彩葉が生まれる前に亡くなっているはずなのだが、
『…孫の彩葉は受け継いでいたみたいですよ』
光栄がそう言っていたのを思い出した。
久吾はなるほど、と思い、にっこりと笑って、
「そうでしたか。…彩葉さん、大きくなられましたね。お若い頃のみねさんに、よく似てらっしゃる」
「そうですか? 嬉しい! 今、私ね、この学校に通ってて…」
そのまま彩葉と久吾は、積もる話をしながら歩いて帰路の途についた。
◇ ◇ ◇
裕人は、そんな彩葉の様子を、ぽかんとした表情で見ていた。
「…誰だろ。親戚の叔父さんとかかな」
蓮にそう言われて、裕人は、はっ、と我に返った。そして、蓮に「じゃあ!」と言って手を振り、車に乗り込み帰ろうとする月岡に走り寄って、「月岡さん!」と声をかける。
「裕人君か。何事も無くて良かったな。気をつけて帰れよ」
と月岡が言うと、
「あ、あの、違うんです。…月岡さん、あの人…、名奈さんの住んでるとこ、知ってますか?」
すると、月岡が「?」という顔をして、
「いや、それは、君のお父さんの方が知ってるんじゃ…」
しかし、裕人は首をブンブンと振り、
「お父さんには内緒で、あの人とお話したいんです。お願いします!」
そう頭を下げるので、月岡は仕方なく車を降り、先に行ってくれと、車を出す。
「…今、ちょうど久吾さんのとこに行ってる奴がいると思うんだよな。連絡してみる」
そう言って、スマホから電話をかけてくれた。
誰かと話をしている。
「………そうか。…? え? 今、帰ってきた? ………ああ、分かった」
そう言って電話を切ると、月岡は裕人に向かって、
「…裕人君。時間あるなら、今から行くか? 一緒に行ってやるよ」
ちょうど部活も中止になっている。裕人は「はい!」と、元気よく返事をした。
◇ ◇ ◇
月岡と裕人が開ける前に、その玄関は開いた。
「こんにちは。いらっしゃいませ」
そう言ってニッコリ笑うのは、ふーちゃんだ。
「…裕人くん、大きくなったねー」
自分より小さな女の子にそう言われ、裕人は不思議に思いながら、中に案内されていった。
中には、ヒツジのぬいぐるみを抱えた女の人がいる。そのぬいぐるみが、動いて喋った。
「メヘ、裕人さん。よくいらっしゃいましたメ」
裕人が「え!?」と驚いていると、
「裕人さん、ここでのことは、他言無用でお願いしますよ」
そう声がした。この家の主、久吾だ。
「月岡さんがいらっしゃるなんて、珍しいですね。どうしたんですか?」
久吾が続けてそう言うと、月岡が、
「さっき、ちょっとした事件がありましてね…」
月岡によると、凶器を持って裕人の通う高校に侵入した男は、別の家で空き巣に入り、住人と出くわして、そのまま学校へ逃げこんだらしい。
ナイフを持ってはいたものの、それほど凶暴な男ではなかったようで、すぐに確保出来て良かったとの事だ。
風月が聞きながら、
「誰も怪我しなくて良かったですね。非番で良かった〜」
と、めぇをスリスリしていた。久吾が、
「そうでしたか。何があったのだろうと思っていましたが…」
「え? 久吾さん、いらしたんですか?」
月岡が訊くと、裕人が思い出したように、
「そ、そうだ! それで、あの、僕、訊きたいことが…」
久吾が、ほほう、と裕人を見て、「何でしょう?」と言うと、裕人は、
「あ、あの…、な…、久吾さん? って、名執先輩と御親戚なんですか?」
名執、と聞いて、月岡が訝しむ。久吾は、
「名執さんには、随分と昔からお世話になっているので、時々お会いしています。…ああ、そうだ。これどうぞ」
久吾はお土産の信玄餅を、月岡と裕人に差し出す。風月はめぇと一緒に、既に食べていた。
「何でも、お孫さんがあの高校に通ってるとのことで、ちょっと見に行ったんですがね。あの様子だったので、何事かと思いました。たまたま彩葉さんともお会い出来たので…」
「そ、それ! 彩葉先輩、『久吾おじ様』って呼んでて…。…その、久吾さん、彩葉先輩と、仲良いのかな、って…」
裕人が真っ赤になってそう言うので、久吾は笑って、
「そうですね。お会いしたのは十年ぶりくらいですが、よく覚えてて下さったと感心しました。裕人さんも、彩葉さんと仲良くしてあげて下さいね」
そう言われて裕人は、そういうことか、と納得して、「はい」と返事をした。
すると月岡が、ずっと何かを考え込んでいる。
「…どうかしたんですか? 月岡さん」
久吾が訊くと、月岡は、
「…山梨、…名執。………今その子、住んでる場所は?」
「ああ、親戚のお家から通ってるって言ってましたよ」
裕人が言うと、久吾も、
「そうですね。『雨宮』さんという方の所に御厄介されてると聞きましたが…」
「やっぱり! あの光栄さんのお孫さんってことか!」
興奮気味の月岡を見て、全員が「?」という顔をした。