幕間 難しい選択
「…そう。みゆきさんは、思い残す事なく成仏していったのね…」
前任のみゆきの事を、秋恵はコタツに入って拓斗達に聞いていた。
傍らでは相変わらず、桃子がスヤスヤ眠っている。
「ああ。最初にここに来た時は、大変だったけどな」
拓斗がそう言うと、シンも、
「ああ。あの男、地獄の鬼が三人がかりで連れてったしな」
◇ ◇ ◇
みゆきは、彼女に執着していた辰哉の残留思念に殺された。
辰哉が屈強な鬼達に掴まれ、地獄の門に連れて行かれるのを、みゆきは黙って見ていた。辰哉が、
「みゆき! お前も地獄に来いよ! お前、俺の子供産むくらい、俺のこと好きなんだろ!?」
鬼達に掴まれながらそう叫んだが、みゆきは、
「………裕人は、私と章夫さんの子よ。あなたの子なんかじゃない」
静かにそう言うと、辰哉の形相が一変した。怒りをあらわにしながら、
「…てめぇ!! ブッ殺してやる!!」
そう叫びながら、地獄の門を鬼達に連れられ通って行った。
みゆきは一言、「…もう死んでるわよ」と呟いていた。
◇ ◇ ◇
「………中々、ソーゼツだったよ。いやぁ、男と女って、あんなもんなのかねー」
拓斗が笑いながら言うと、シンが、
「…お前、そういやあの時、みゆきのこと泣かしてたよな」
拓斗が「え!?」と驚く。
「…そーだったっけ? 覚えてねーなぁ…」
「そうだよ。お前、事情を聞いて、『結局アンタ、ダンナ追い出して元カレと浮気したんだろ?』って責めてさぁ」
拓斗が「そうだっけ…」と、とぼけるが、シンは、
「そしたらみゆき、『じゃあ、どうすれば良かったの?』って、めちゃくちゃ泣いてたろ」
秋恵が聞きながら、
「…えーと、みゆきさんは、旦那さんとお子さんを家から出して、そのおっかない元彼と一晩過ごした、って事なのかしら?」
「そそ、そういう事。やっぱ、浮気なのかな? って思っただけだよ」
拓斗がコタツでみかんを剥きながら答える。
すると、秋恵が神妙な面持ちで、何かを考えていた。
「…どうした、秋恵」
シンに声をかけられ、秋恵は、はっ、と気づき、
「…その、ね。何ていうか…。そういう、家族全員で危険な目にあっている、っていう時に、その中の一人が犠牲になれば、他のみんなが助かるっていう、そんな状況がね」
寝ている桃子の顔をチラリと見ながら、
「私達もそうだったから…。私の旦那がね、この桃ちゃんを犠牲にしようとしたの」
シンと拓斗が「え!?」と驚く。
「その、みゆきさんは、もう大人だからね。自分の判断で、旦那さんとお子さんに危害が及ばないようにしたんだと思うけど…。…犠牲っていうか、自分が家族を守ろうとしたのかな、って…」
それを聞いて、拓斗が少し、しゅん、となった。
「私達の時は…、…私にはとても出来なかったけど、…もしあそこで、自分達が助かる為に桃ちゃんを差し出したとしたら、罪悪感で一生辛い人生だったと思うわ。…そう考えると、みゆきさんの旦那さんも、辛かったのかしらね」
それにシンが答える。
「…そうだな。でも、みゆきの旦那は、そのみゆきの行為も含めて、二人で息子を守ったんだと割り切ったみたいだ。息子に『お母さんは、お前を宝物のように愛していた』って伝えてたしな。…だから、みゆきは安心して成仏したんだろ」
そんなシンの言葉に、秋恵は
「…すごいわね、シン君。大人の人みたい」
とても感心したようだ。すると拓斗が、
「ハハ、見た目は赤ん坊なのにな」
みかんを食べながらそう笑う拓斗を見て、秋恵は、
「…拓斗君を見てると、私の息子達のことも心配になるわ。ちょうど同じくらいの年なのよね」
するとシンが、
「…いや。多分、コイツよりマシだと思うぞ」
拓斗は「ひでぇよ!」と文句を言った。
「ウフフ、あなた達は『半分』を待ってるんですって?」
秋恵が訊くと、シンが、
「ああ。オレたち三人は、そうなるな。秋恵の未練は、息子達なんだろ?」
どうやらシンのお世話係は、現世に未練のある女性が成仏までの間、任されるようだ。
「…そうね。桃ちゃんを犠牲にしようとした、私の旦那と一緒にいるはずだから、嫌な思いをしていないといいのだけれど…」
するとシンが、テレビをつける。
そこには、引っ越したのか、住んでいた家とは違う台所で、秋恵の息子達、守と翔が食事の支度をしている様子が映っていた。
「まあ! これ、子供達のことが見られるの!?」
「ああ。時々こうして様子を見るといい」
シンが言う。秋恵は息子達を懐かしそうに見ながら、
「…うちのことなんて、何にもしなかったのに…。頑張ってるのね。偉いわ」
何となく嬉しそうだ。
見ていると、そこへ隆が帰宅した。途端に、皆が無口になったようだ。
「………まだ、わだかまりは消えそうにないわね」
「………」
秋恵は、仕方ない、とため息をついた。
「…あなた達の様子は、見ないの? 半分、だっけ」
「んー、見てもしょうがないけどな。多分ゲームしてるか、大福アイス食ってるか…」
拓斗が言う。すると、シンがボソリと、
「…オレは芋ようかんなんか、食ったことないんだけどな」
「ん? 何か言ったか?」
拓斗に言われて、シンは「何でもねぇよ」と返した。
やっとみゆきネタ終了。長かった…。
次回更新遅れます。