9-3 新しい噂
「え…? せ、先生!?」
倒れた密華に、日渡が駆け寄る。
「…あなた、先生に一体、何をしたの!?」
詰め寄る日渡に、久吾は困った顔で、
「あなたの『先生』は、普通の人間だったので、少しの間だけ、視えなかった世界を見せて差し上げました。意識が戻れば、元に戻っていますよ」
日渡は、ぽかん、としていた。
「…先生が、普通の、人?」
久吾はそんな日渡を見て、
「日渡さんは、何故この人をそんなに信用されていたんですか?」
「………」
日渡は、話し始めた。
◇ ◇ ◇
「…私、付き合っていた男がいたんです」
―――日渡によると、その彼に貯金の三百万円を貸し、そのまま行方をくらまされたそうで、困っていた時に、龍幻密華に出会ったそうだ。
「…先生が占いで仰った場所に、彼がいたんです。お金が無事に戻ってきて、私、すっかり先生を信じてしまって………」
久吾は言った。
「恐らく、その男とこの人は、仲間だったんでしょうね。…そのお金は?」
「謝礼として、先生に百万円お支払いしました。それから、私にも修行をして下さると言うので、もう百万円…」
完全にカモだ。とりあえず久吾は、
「あなたが何を信じるかは、あなたの自由ですからね。別に構わないと思いますが…」
すると、日渡が、
「いえ! 今のを見て、私、目が覚めました! 私、あなたに弟子入りしても、よろしいですか!?」
そう言うので、
「お断りします」
そう言ってから、続けて、
「…それから伊川さんですが、彼は私にとって大事な客なんです。今後、伊川さんに余計な手出しは無用ですので、私的に関わらないようにして頂けますか?」
それを聞いて、日渡が何かに気づいたように、はっ、として、
(………大事な人、………大事な、恋人!?)
顔を真っ赤にして、モジモジし出した。
「え」
久吾は、何か不味いことを言ったような気がした。日渡が、
「そ、そうなんですね! 分かりました! 私、お二人を応援します!」
…何を? 応援する、と?
久吾はそう思ったが、「…では、私は失礼します」と帰ることにした。
(………日渡さん、何かとんでもない勘違いをしているようですが、…まぁ、私はもう会うこともないでしょうし、章夫さんには、厄介な件を持って来たお返しって事で、少し困ってもらいましょうかね)
そんな事を考えながら、久吾は家に帰って行った。
◇ ◇ ◇
―――給湯室では、女子社員達がまた噂話をしている。
「ねえ、ちょっと聞いた!? 伊川課長!」
「聞いた聞いた! スキンヘッドのイケオジと恋仲だって!」
「うっそー! 課長、そっちの趣味だったの!?」
「マジで!? リアルおっ◯んずラブじゃん!」
―――上司の部長が、章夫に声をかける。
「………という、おかしな噂が立っているんだが、ホントかね?」
「はぁ!?」
章夫がびっくりした。
…この噂が収束した頃、派遣の日渡さんは、別の職場に派遣されて行った。